第45話 製薬工場にのりこめー^^

 私はダンジョンにて、ワタキセイグモの映像を見ていた。映像には榎本が映っていて何やら待ち合わせをしている様子である。そして、しばらく待っていると待ち合わせに来た相手を……組み伏せて気絶させた。


「ふう。大したことねえなァ。待ち合わせの相手だったからどんな屈強なやつがくると思ったら、戦闘力皆無のやつかァ」


「榎本さん。この人は一体?」


「ああ。エージェントビオラと待ち合わせていたやつだ。指定の場所にエージェントビオラが現れなかったら何かしら組織に連絡するかもしれねえって思ってなァ。そうなったら、俺たちが例の組織に潜入する時の邪魔になるからなァ。だから、ここで眠っていてもらう」


「にゃるほど」


「よし、日下部のところに戻るぞ」


 榎本はネコのぬいぐるみを抱えて走り出した。かなり乱暴な走り方で画面が上下左右にゆらゆらと揺れてなんというか酔う。ううう……私は一旦視覚の情報を断ち切ることにした。


 視覚情報の共有を再び入れると、そこには日下部ともう1人小さい男の子がいた。この子には見覚えがある。確か、神木 太陽君だ。このダンジョンに来たことがある。


「おいおい。日下部さんよォ、なんだこのガキは」


「榎本。悪いな。後をつけられたみたいなんだ」


 日下部が頭を抱えている。一方で太陽君が木刀を振り回している。


「お、俺だって! 戦えるんだ! あの深緑のダンジョンのボスフロアまで行って生き残ったことだってあるんだ」


 まあ、確かにそれは事実だけれども。でも、私と戦ってはいないんだよね。


「なんだと……あのアルラウネと戦って生き残ったのか?」


 榎本は口をあんぐりと開けて驚いている。まあ、そりゃあそうか。なにせ榎本は実質、青葉ちゃんに負けてるからね。そんな榎本が青葉ちゃんよりも強い私と戦って生き残った子供を見たら驚かないわけないか。ふふん。


「神木君。菜月のことを想ってくれているのは嬉しい。けれど、おじさんはなにかあった時にキミを守り切れるとは限らないんだ。それ程までに危険な場所なんだ。もし、万一のことが起きたら、僕はキミのご両親になんて詫びていいのかわからない」


「菜月? 日下部の娘のことかァ。なんだァ。お前、こいつの娘が好きなのかァ? ガキの癖に色気づきやがって」


「そ、そんなんじゃないやい!」


「あはは、照れるなって!」


 子供相手に本気でからかっている成人男性……


「おい、榎本。あんまり子供をからかうもんじゃない。神木君。わかってくれるな。ここから先は大人の世界だ」


「で、でも。俺は……これ以上犠牲者を増やしたくないんだ」


「へん。ガキの癖によォ。立派なことを言うじゃねえか。いいぜ。オレが守ってやる。だから、付いてこい」


「おい! 榎本!」


「ほ、本当か? おじさん」


「お、おじさん……まだ若いつもりだけどなァ。まあいいや。こいつは仮にもダンジョンに潜ってボスフロアまで辿り着いた男だぜ? いざという時の貴重な戦力として役に立つかもしれねェ。根性とガッツ。そこらの大人より断然上だぜ?」


「……僕は止めたからな」


 なんか知らないけど話がまとまったみたい。子供を巻き込むなんて人間って結構鬼畜なんだなあ。


「とりあえず、ドーピングRBを製造している工場を突き止めた。まずはここを機能停止にまで追い込む。その後、近くにある事務所。そこに全ての元凶である周防の野郎がいるはずだ。そいつをとっつ構えてボコボコにしてやる。いくら苛ついても半殺し程度に留めておけよォ?」


「榎本。お前じゃあるまいし、そんな野蛮なことはしない。僕はただ工場を機能停止にさえ追い込めればそれでいいんだ」


「ああ。そうだなァ。周防は最悪逃がしても良い。アイツは資金源であり販路ルートを確保しているだけに過ぎない。問題は宇藤の方だ。こいつは絶対に逃がすなよォ。こいつがいる限り、ドーピングは作られ続ける。周防がいなくなっても代わりはいるが、宇藤。技術研究者の代わりは早々いねェ。宇藤が生きてる限り新しいパトロン見つけて活動再開するだろうよォ」


「ちょっと。逃がしても良いだなんてなに言ってるの! 約束が違うじゃない!」


 私は思わずワタキセイグモを通じて榎本に話しかけてしまった。通信機能まで強化で付けることができるから腹話術みたいな感じになってる。


「ん? その声は……アルラウネさんか。ぬいぐるみを通して話しかけてきたのか」


「私は! アンタが周防と宇藤の2人の魂をくれるって言うから、貴重なSPを使ったんだよ! だったら、逃がしちゃったら私との約束が守れないじゃない!」


「ああ、そうだな。まあ、約束は極力守るつもりでいるさ。でもさ、万一ということもある。その時は仕方なかったと思って諦めてくれ」


「んな! なに言ってんの! 約束を破るなんて、その……最低なやつのすることなんだからね!」


「まあ、別に最低野郎でもなんでもいいさ。だって、ダンジョンから出られないお前にオレを咎める手段はないだろ?」


「え?」


 なに言ってんのこの人。


「オレが2度とダンジョンに入らなければ、お前はオレに手出しをできない。その理屈の意味がわかるな」


「えっと……つまり、アンタ! 約束を破るかもしれない前提で動いてたってこと!?」


「まあ、そう怒んなって。それは最悪のケースの場合だ。オレだって、周防と宇藤を許すつもりはない。だから、この2人は意地でも捕まえてボコボコにしてダンジョンに送ってやるよォ。100パーセントの保証はできないけどな」


「そこはちゃんと保証してよ!」


 こいつ……どこまでも身勝手な……!


「まあ、とにかく、そろそろ製薬工場に乗り込むぞ。この工場は24時間稼働している。まあ所謂3交代制ってやつだ。責任者である宇藤は16時間この工場にいて、残りの8時間を休憩室で過ごすという情報がある」


「それは……とんでもないブラックな労働環境だな。労基に引っかからないのか?」


「まあ、別に宇藤は事業者側の人間だからな。労働者ってわけじゃねェ。労働時間に制限はねェってことだ。オレはそんな生活死んでもごめんだけどなァ」


「うん。俺もそう思う。将来はそんな仕事に就かないようにしようっと」


 あのー。ここにほぼほぼ休みなしでボスモンスターやってるブラック環境の人がいるんですけどー。って思ったけど、私の場合はダンジョンに人があんまり来ないから全然休める環境だった。てへ。今だってこうして映像見ている余裕あるし。


「それじゃあ、警備が手薄な裏口から行くぞ。しっかり付いてこいよ」


 こうして、榎本、日下部、神木君、ネコのぬいぐるみの奇妙な編成で製薬工場に襲撃をかけることになった。大丈夫かな? ちゃんと周防と宇藤の魂を回収してきてくれるんだろうか。


「ルネ様。神木 太陽。彼までこの作戦に参加するようですね」


「そうだね、翠華君、やっぱり心配?」


「いえ。全く心配していません」


「ええ。それはちょっとひどいんじゃない? 仮にも見知った仲なんだから」


「そういう意味ではありません。太陽が持っている木刀。魔界樹の木刀。それは恐らく、切り札になりえると思います。ルネ様がお渡しになったものですよね? ならば、その性能の程はご存知なのでは?」


「へー。その木刀。そんなに凄いんだー。知らないであげちゃったよ」


「え?」


「え?」


「ルネ様……はあ……もういいです」


 翠華君は私を信じられないものを見るような目で見てきた。ちょっとしたお土産感覚で渡したものなのに。そんなに凄かったのかな。ちょっともったいないことしたかも。

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