第44話 乗り込む準備

 僕が病院に駆けつけた時には既に菜月の手術は終わっていた。先生が手を尽くしてくれたこともあってか、菜月は一命をとりとめることができた。それでも、今は面会謝絶の状態だ。僕は菜月の病室の前で通報してくれた同級生と一緒に下を向いて落ち込んでいた。


「キミが……救急車を呼んでくれたんだね。ありがとう」


 菜月と同級生の少年。名前は神木 太陽と言うらしい。


「すみません。俺にはこんなことくらいしかできなかった。犯人を前にして足がすくんで……なにもできなかった」


「そんなことはない。もし、菜月が1人だったら、菜月は……」


 僕はその先の言葉を言うことができなかった。口にするだけで想像するだけで恐ろしい。その最悪な事態が一歩間違えれば起こっていた可能性もあるのだ。


「ナイフが……ナイフが見えたんです。あの時、僕は……菜月……さんを庇って、犯人を止めなければ」


「そんなことは考えなくても良い! キミはまだ子供なんだ。大人だってそういう状況で動けるとは限らない。キミは何も悪くない。悪いのは……犯人だ」


 犯人は一体どんな人物なんだ。全く想像もつかない。なぜ、菜月を狙ったんだ。それは今警察が事情聴取をしていることで、いずれ僕の耳にも入ってくるだろう。今は一刻も早く菜月が回復することを祈ろう。



【本日、桜枝さくらえ市にて小学生の女児が通り魔に刺される事件があった。通り魔の男は探索者で警察の事情聴取に対して「なにもわからない」と供述をしている。探索者の男に薬物検査をしたところ、違法ドーピングのRe:Birthの陽性反応がでた模様】


 Re:Birth。通称RB。探索者の間で流行っているドーピング。これを服用することによって、探索者の心身を蝕む。幻覚作用があり、今回の事件もこのRBが原因だと言うのが警察の見解だ。


 僕は気づいたら、ある男と連絡を取っていた。先日一緒にダンジョンに潜った榎本だ。


「よォ。どした? オレと話がしたいだなんてな」


「僕もあの組織を潰す仲間にしてくれないか?」


「ほォ……なるほどなァ。くくく。仲間がいた方がなにかと都合がいいからなァ。歓迎するぜ。しかし、なんでまた急に組織を潰す気になったんだ?」


 菜月が刺されたのは間違いなく例のドーピングの中毒症状が原因だ。僕はそれが許せない。あの薬が更に出回れば、また菜月のような悲劇が起こりかねない。だから、それを防ぐために元を断つんだ。


 僕は自分が恥ずかしい。知らなかったとは言え、例の組織に加担するところだった。たまたま、エージェントビオラがダンジョンで倒れたことで、事実が明るみになった。そうでなかったら、僕自身が菜月のような不幸な被害者を増やしていたところだった。


 もうこの悲劇は繰り返させはしない。だから……僕は……!


「すまない。理由までは言いたくない」


 菜月はまだ存命であるが故にプライバシーに配慮されて報道でも名前が出ていない。わざわざ、あのニュースで刺された女児が自分の娘であることを言う必要もない。そこまでの仲でもないし、どこから情報が洩れるかわからない。菜月お今後の人生を考えたら黙っておくほうがいいだろう。


「ふーん。そうかァ。まあ、オレとしては理由がどうあれ、仲間が増えるのは心強いなァ。手を貸してくれてありがとよ」


 こうして、僕はまた榎本と手を組むことになった。



「ねえ、篠崎さん。なんでそいつが一緒にいるの?」


 篠崎さんがなぜか榎本を連れてダンジョンに入って来た。確かに、マネージャーは同行者を連れていくことはできる。そして、モンスターも同行者もお互いに危害を加えることはできない。


「まあまあ、そんな邪険に扱うなって。オレとお前の仲じゃないか」


「お前って言わないで! 馴れ馴れしい」


「ルネさん。この榎本氏がどうしても話したいことがあるとのことで、特別に同行を許可したんです」


 ええ。そんな簡単に通すことができるんだ。


「今日はな、お願いがあってやってきたんだ。篠崎さん。ちょっと席を外してくれるか?」


「ええ。わかりました」


 篠崎さんは榎本の言う通り、別のフロアに移動した。


「お願い? なんのこと? 命を見逃してあげただけでもありがたいと思ってよ。更にお願いの上塗りをするつもり? 図々しいにも程があるよ!」


「ルネ様。そう言わずに私からもお願いします」


 ん? どこからともなく変な声が聞こえてきたな。方向的には榎本の辺りかな? 


「えっと……? 誰、今の声?」


「私です」


 榎本がリュックを開けた。中からネコのぬいぐるみが出てきた。しゃべるぬいぐるみ……まさか。


「ワタキセイグモ。こっそり回収しておいた」


「あ、あんたねえ。折角見逃してあげたのに、ちゃっかりダンジョンの素材を回収してんじゃないよ!」


 なんか盗人に追い銭を与えた気分。ここで成敗したい気持ちもあるけれど、マネージャーの同行者に攻撃することは法律違反になってしまう。ぐぬぬ。ルールがあるからダンジョンの秩序が保たれるとは言え、面倒だなあ。


「オレはこのネコ助も戦力として数える。だから、ワタキセイグモの強化をしてくれ」


「は? なに言ってんの?」


「可能だろ? この前、エージェントビオラを倒したじゃないか。つまり、素材の強化ができる。回収した素材でも、素材が強化したダンジョンに持ち込めばその恩恵にあずかれる。だから、オレはここに来たんだ」


 ええ……なに言ってんのこの人。本当に人間は愚かだ。ここまで強欲だなんて。


「なんで私が貴重なSPを消費してまで、アンタの願いを聞かなきゃいけないの!」


「もちろん、タダとは言わねえ。こちらも依頼する以上は交換条件を持っている」


「交換条件? なにそれ? 言っておくけど、私たちモンスターに人間が交渉材料を提示できると思わないでね」


「半殺しにした人間2人。それをこのダンジョンに持っていく。それでいいか?」


「え?」


周防すおう ばく宇藤うとう 蒼汰そうた。こいつらがドーピングを開発、製造、流通させたクズ野郎2人。本当はこの手で殺してやりたいところだったけれど、半殺しで許してやることにした。ロクに抵抗どころか身動きすら取れない状態の人間。それをこのダンジョンに探索者として投げ入れてやるよ」


「ちょっと。そんな人間の不法投棄されても困るんだけど」


「鈍いやつだな」


 カチン。なんで鈍いって言われないといけないの!


「良いのは顔だけかァ?」


「か、顔が良いって……そ、そんなんで誤魔化されうぇっへえへっへ」


「ダンジョン内で死ぬってことは、その魂をお前が回収できるってことさァ」


「魂を回収……ハッ!」


「ああ。オレのお願いとやらを聞くだけで人間2人の魂を回収できるんだ。安いもんだろ?」


「うん。わかった! アンタいいところあるじゃない。よし、後で篠崎さんに言ってワタキセイグモを強化してもらおう!」


「ああ。頼むぜェ」


 そんなこんなで篠崎さんを呼び戻してワタキセイグモの戦闘能力の底上げと特殊能力の付与を行った。


「特殊能力の付与ってなんだろう?」


「ルネ様。これで私の視覚情報や聴覚情報をボスモンスターであるルネ様に共有できるようになったわけです」


「情報の共有?」


「まあ、行ってみれば、ぬいぐるみに仕込まれたカメラと思ってくれてもいいですよ。ほら。試しにやってみます」


 ネコのぬいぐるみがそう言うと私の頭の中に何かが映像が入ってくる感覚がした。ネコのぬいぐるみは篠崎さんの方向を向いていて、私が目を瞑っていても篠崎さんの姿が映る。


「すごい! これであなたが外に出ても、私に外の情報が伝わるってこと?」


「はい、そうです。通信機能もあるので、ルネ様の指示に従って動くこともできます」


 なんか楽しくなってきた。組織とか人間同士に争いとかどうでもよかったけれど、こうして私も影ながら無責任に干渉できるんだったらそれはそれで楽しいかもしれない。2人分の魂もやってくる予定だしね。

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