第43話 チョロラウネ
「ちょっといいかな? そもそも私とあなたとの間に取引は成立しないの!」
ここはきちんと言っておかなければならない。私はよほどの事情がない限りは人間など見逃したりしない。
「そもそも、そのSUって組織を潰したところで私に何のメリットがあるの? そこを教えてくれない限りはそもそも取引が成立しないんだよ」
至極真っ当なことを言う。これ以上の正論はない。SUは人間が作った組織で人間にクスリを売っているだけ。私にはなんの関係もない。
「ドーピング薬のRB。それを服用した人間が強化されるのは知っているなァ?」
「うん。それくらい知ってるよ、バカにしないでよ!」
「別にバカにしているわけじゃあねェ。RBを服用した探索者は魂が
強いのに魂が穢れる? つまり、それって、SPの回収効率が悪くなるってコト!?
「ぐ、ぐぬぬ。そ、そんなの私には関係ない……」
「そうかァ? 連中がレッドハーブを狙っている理由。大方予想がつくぜ? レッドハーブが新薬を作るのに必要な材料だからだァ。そして、エージェントビオラが死んだ今となっては代わりの探索者がこのダンジョンに派遣されるだろう。それがいつになるのかはわからねェ。だが、お前が次々にやってくる探索者を処理しきれるかな。くっくっく」
次々とやってくる探索者……?
「ふふん。そ、そんなのこっちから望むところだよ! 私だって探索者を倒すためにここにいるんだから。あっちから来てくれるなら好都合だよ」
「ああ、最初はそれでいいだろう。しかし、連中もバカじゃあない。次々に強力な探索者を雇っては送ってくるだろう。それこそ、AランクやSランクダンジョンを軽々クリアするような探索者を雇ってもおかしくない」
「え、Sランク!?」
「ああ、そうさァ。なにせ、RBはそれだけの価値があるクスリだ。その経済効果は下手にSランクダンジョン潜るよりも効率よく稼げるだろうよ。くっくっく」
ってことは、天帝お爺ちゃんみたいな強い探索者がやってくるってこと? 倒せればリターンは多いけれど……あのレベルの探索者を倒すのは流石に無理というか……私はそこそこの探索者を倒して安全に出世したいのに。
「どうだァ? 連中はまだエージェントビオラが死んだことに気づいていない。つまり、しばらくは追加の探索者を送ってこないだろうよォ。それまでにオレが組織を潰してやる。そうすれば、違法なドーピングを使って穢れた魂を持つ探索者もやってこないし、クスリを作るやつがいなければ、このダンジョンも狙われることはないだろうよォ」
ぐぬぬ。逆さ吊りの癖になんて口が上手いんだ。私のメリットを聞くとそんなに悪い話でもないように聞こえる。
「翠華君。どうすればいいの?」
「私に振られましても。このダンジョンのボスはルネ様なんですから、ご自分でお決めになってください」
「そ、そんな……なにか1つくらいアドバイスをくれてもいいじゃない」
「そうですね……この榎本の言っていることが事実だとしたら、榎本を見逃すメリットはあるでしょう。今後、クスリが出回ったとしたら、それはこのダンジョンだkでなく、モンスター全体の損失となります。言わば、ルネ様が大戦犯として名を残すでしょう」
「嫌な言い方……」
「しかし、榎本が自分が助かりたいがためにデタラメを言っている可能性もあります」
「デラタメなんかじゃないさァ。オレも希子にクスリを売った組織を壊滅してやりたいのは本当だァ」
大戦犯にはなりたくないし、貴重なSPは見逃したくない。私はどうすれば……
「ルネ様。見逃してあげてください」
「青葉ちゃん? いいの?」
「はい。この男が私を恨んでいるのは事実。ここで見逃してもいずれ、またこのダンジョンに戻ってくると思います。だから、その時には……もう1度返り討ちにしてやります。2度目は見逃さない。それで済む話です」
自分の命が狙われているのに、なんとも強い心臓だなあ。
「まあ、実際に戦った青葉ちゃんが許すなら……それでいいか」
「はは、賢明な判断だなァ!」
「調子に乗るな」
なぜか上から目線の榎本。それに釘を刺す翠華君。とりあえず、榎本を下して、日下部と一緒に攻撃禁止エリアのところまで案内した。
「2人共。今回だけ見逃してあげる。また来たら、魂を置いていく覚悟をしてもらうよ」
「ああ、わかってるよォ。見逃してくれてありがとなァ。かわいこちゃんよォ」
「か、可愛いだなんて、うぇええへへへへへへへっへ。あんた意外といいところあるじゃない」
こうして、ダンジョンの襲撃を見事に退けた私たち。3人のうち、1人の魂しか回収できなかったけれど……まあ、1人だけでも良しとするか。被害は甚大だけど……まあ、失った分のモンスターは魔界に申請すれば補充される。順番待ちをしている哀れなモンスターがまた人間界にやってくるというわけだ。
◇
「榎本。あの話は本当なのか?」
「あん? なんだ?」
「魂が穢れるというかなんというか。僕はそんな話を聞いたことないぞ」
「ああ、嘘だ」
「嘘……?」
「正直言って引っ掛かるとは思わなかったなァ。アイツら、希子を倒していて魂を回収しているハズなのに、そのことに気づかないのは間抜けだなァ」
確かに……クスリを服用して死んでいる探索者がいる以上、相手には榎本の嘘を見破る手札はあった。その手札に気づかなかったようだけれど。
「さて、エージェントビオラは、もし自分が死んだ後に1週間後のとある場所に行くようにオレたちに指示をしていたなァ」
「ああ。つまり、1週間は組織の人間はエージェントビオラの死に気づかないはずだ」
「日下部。お前はどうする?」
「僕は……無理だ。僕には家族がいる。非合法な危険な組織に手を出すなんて」
「そっか。それじゃあ、オレ1人でやるか。じゃあな」
榎本は去って行った。あいつは本当にSUを潰すつもりなのか。
僕はスマホを確認した。ダンジョン内では電波が届かないタイプだからか、着信が溜まっていた。見知らぬ電話番号だ。かけ直してみよう。
「はい、こちら
「もしもし、私は日下部と申します。こちらから私の電話番号に着信があったのですが……」
「日下部様ですか……その落ち着いて聞いてください。日下部様のお子様の菜月様ですが、ただいま緊急手術中です」
「き、緊急手術!? な、なにがあったんですか?」
菜月が……? ど、どうして。あの子は病気なんてないはずだ。
「その……下校途中に通り魔に刺されまして」
「通り魔……!」
「ええ。幸い、一緒に下校していた同級生の通報で、すぐに救急車も手配できましたし、通り魔も捕まったのですが。予断を許さない状況です。今どちらにいますか? すぐに来れますか?」
そんな菜月が……どうして……
「日下部様……?」
はっ、いけない。ボーっとしている余裕なんてない。すぐに何かしらの行動をしなきゃ。
「わかりました。すぐに行きます」
僕はすぐさま通話を切って、走った。ここから公共交通機関までは遠い。クソ、なんでアクセスが悪いところにダンジョンがあるんだよ!
どうして……なんで、菜月なんだ。通り魔? ふざけるな。どうして、人の娘を簡単に傷つけられるんだ。許さない……!
いや、通り魔への怒りは後だ。まずは菜月の無事を祈ろう。待っててくれ菜月。今そっちに行くからな。
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