第42話 三次元戦法

 探索者が言ったこのダンジョンにいる理由がなくなった。それはどういうことだろうか。


「どういうこと? 説明おねがい」


「ルネ様……相手は人間です。正直に答えるとは限りません」


「まあまあ。翠華君。とりあえず、話は聞こうじゃない。疑り深いんだからー」


 探索者はこちらを確認する。やや警戒しながら私たちと距離を取った。


「心配するな。私たちはお前が危害を加えない限り攻撃はしない」


「そうそう。特定素材に手を出してないから、むしろ攻撃できないの」


「ルネ様! 正直に言いすぎです」


 探索者は私たちを睨みながら口を開いた。


「僕はそこのエージェントビオラに雇われた探索者だ。名前は日下部と言う。エージェントビオラの背後には、レッドハーブを回収して欲しい組織がある。僕たちはその正体を知らない。つまり、エージェントビオラが死んだ今となっては、僕がレッドハーブを回収したところで換金できるルートがないんだ」


 日下部さんは頭を抱えてしまった。そりゃそうか。探索者は大体マネー目当てでダンジョンに潜っているし、それが得られないってわかったら、完全に骨折り損のくたびれ儲けでしかない。


「そうか。事情はわかった。では、すぐにこのダンジョンから立ち去れ。そこで青葉と戦っている奴を連れてな」


 翠華君がアゴで青葉ちゃんと戦っている探索者をさした。あ、まだ、青葉ちゃんは戦っているんだ。しかも割と善戦をしている。


「すまない。それは僕にはできない」


「どういうことだ?」


「キミたちのダンジョンに勝手に入って、さらにモンスターをこんなに倒してしまって……それは申し訳ないと思っている。でも、彼……榎本は妹の復讐のためにこのダンジョンにやって来たんだ。僕みたいに金が目的ではないから、帰還する理由がないんだ」


「なるほどな……」


「翠華君どうする?」


「どうもこうも……ここは、青葉が自力でなんとかするしかありませんね。なにせ、私たちが攻撃できるのはレッドハーブを回収した探索者のみですから」


「そっかー……青葉ちゃんに加勢できないのか」


「とりあえず、このエージェントビオラとやらの遺体は私が調べておきます。遺品整理もかねて」


「うん、おねがい」


 翠華君がエージェントビオラの遺体を調べている間に私は青葉ちゃんの戦いを観戦しよう。


「せいや」


 青葉ちゃんが剣を使って榎本に斬りかかる。榎本はそれを持っている短刀で

防いだ。刃渡りにかなり差があるのに、互角に戦っている。あの榎本って探索者かなり強い。


「食らいな!」


 榎本が両手をばっと上げた瞬間、彼の両手から武器が飛び出て青葉ちゃんに向かって投げられた。あの武器は見たことがある。確か、忍者漫画に出ていた……手裏剣! もしかして、榎本は忍者なの!?


 青葉ちゃんは手裏剣を華麗な動きで回避した。ふふん、強化の成果は出ているみたいだね。私はSPを使って、銃士一族全体を強化した。このダンジョンには2人しかいないからちょっともったいない感じはしたけれど……それでも、強力なモンスターである青葉ちゃんが更に強くなれば守りは盤石になるはず。ちょっと過剰な戦力アップになった感じは否めないけど。そして余ったSPは……


「追撃だ!」


 榎本が更に手裏剣を飛ばした。遠距離攻撃持ちは中々に厄介だなあ。私も戦うなら避けたい相手だよ。青葉ちゃんは手裏剣を次々に避けていく。でも、それには限界がくる。青葉ちゃんが避けた先。それを読んで榎本が手裏剣を投げた。流石に青葉ちゃんも連続で回避行動を取り続けるのは難しい。青葉ちゃんに手裏剣が刺さる。その直前、青葉ちゃんの体が宙に浮いた。


「な……飛んだ!? 銃士は飛べないはずだァ!」


「ふふふ。残念だったね」


 青葉ちゃんの体にツタが巻き付いている。そう、これが私が余ったSPでやった強化。踏むと強制発動するトラップ。それをフロアボスが任意で発動できるように強化した。これにより、多少、トラップの作動感知範囲内から外れていても、トラップを作動することができる。ツタが届く範囲内なら、任意の対象を持ち上げることが可能。これにより、青葉ちゃんはトラップを駆使した戦いができるようになったのだ。


 それにしても、逆さ吊りにするトラップを逆に利用して上空に飛んで回避するなんて……青葉ちゃんも考えたなあ。しかも、任意発動に加えてツタをある程度手動操作できるようになった。自動的に逆さ吊りにするのではなく、比較的安全に宙に吊るせるようになったので、青葉ちゃんも空中で多少の自由が利くようになっている。


「上空に飛んだからと言ってなんだァ! こちとら飛び道具を持ってんだァ!」


 榎本が宙にいる青葉ちゃんに向かって手裏剣を投げた。青葉ちゃんはすかさず、トラップを解除して、重力に従い地面へと降り立った。


「なに!?」


  榎本が一瞬怯んだに青葉ちゃんが剣で斬りかかる。榎本はすかさずそれを避ける。しかし、避けた先がまずかった。


「しまっ……」


 今度は榎本が逆さ吊りのトラップの感知範囲に入ってしまい、ツタに拘束されてしまった。それと同時に彼が仕込んでいた武器もジャラジャラと地面へと落ちてしまった。


「んな……」


「あはは。そのトラップを解除できるかな? 私はさっきみたいに任意解除できるけど、あんたにそれをしてやる義理はないよ。ふふふ」


 勝負あったかな。青葉ちゃんの強化だけだとちょっと厳しかったかもしれない。けれど、トラップも強化して任意発動と操作性を与えたことにより、青葉ちゃんの戦略の幅がかなり広がった。正に三次元的な戦い。地形を利用した鮮やかな勝利である。


「ルネ様。よろしいですか?」


「何? 翠華君。今丁度、青葉ちゃんが華麗に勝利したところなんだから」


「エージェントビオラ。やつがどこと取引しているのかわかりました。周防すおう製薬という企業みたいです」


「す、周防製薬だって!?」


 なんか急に日下部さんが会話に入って来た。


「なんだ、お前。まだいたのか」


「周防製薬……一見普通の製薬会社だが、僕は知っている。その企業は違法薬物【RE:BIRTHED】を製造している組織【SU】のフロント企業だ」


「フロント企業……? なにそれ。それより、【RE:BIRTHED】って、確か榎本 希子が持っていたクスリだったよね?」


「ええ。そうですね。それとなにか繋がりがあるのでは……?」


 まあ、そんなこと私たちには関係ないか。別にダンジョンから出られない私たちがその企業を潰せるわけでもないし。


「んな! おい! そこの植物人間! 今の話は本当かァ!?」


「なんだ。逆さ吊りになっている癖にルネ様に向かって無礼だな」


「まあまあ翠華君。どうせ、この人は死ぬんだから、好きなように喋らせてあげようよ」


「流石ルネ様。懐が深い」


 それにしても、どうしてこの人はRE:BIRTHEDって単語に反応したんだろう。


「希子がRBを服用した……じゃあ、希子が死んだのは……」


 なにやらブツブツ言ってる。


「RBって何?」


「RE:BIRTHEDの略称だよ」


「へー」


 まあ、名前も表記もちょっと長い気がするし、略称で呼ばれるのは普通か。


「なあ、アンタがボスモンスターなんだろ? 俺と取引しないかァ?」


「取引?」


「ああ。事情が変わったんだ……オレがSUをぶっ潰す代わりに見逃してくれないか?」


 急になにを言い出したんだこの人は。私が貴重なSPを見逃すわけがないのに。


「希子がもし……薬を服用して死んだんだったら……それは、その薬を作ったやつの責任だ。オレはそれが許せねえんだよォ!」


 なんか1人で盛り上がってるよ。この人。

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