第41話 混戦開始
第3層へとやってきた私はすぐに翠華君に合流した。フロアの入口付近に待機していてくれたみたい。
「ルネ様。誰から始末しますか?」
「うーん。とりあえず、今レッドハーブを採取しているあの泥棒女。あいつからやっちゃおう」
他の探索者はモンスターたちが相手をしていて、フリーなのはあの女探索者だけ。あいつをフリーにしたままだとレッドハーブが根こそぎ持って行かれちゃう。
「ふふふ。これだけレッドハーブを回収すれば家が建つかも」
「待ちなさい!」
私の一声で女探索者の動きがピタっと止まった。そして、私の方を恐る恐る見ると「げ」と声をあげて後ずさった。
「ア、アルラウネのルネ! どうしてこんなところに。ボスモンスターはボスフロアから出られないはずでは……」
「残念ながら、レッドハーブは特定素材に指定されているの。つまり、それを採取した時点で私はボスフロアから出る権利を得た。ダンジョン内で適応される
「ルネ様。これから死ぬ探索者にわざわざ説明してやる義理もありません」
翠華君が剣を構えて女探索者に向ける。
「ま、待って……私の通称、エージェントビオラ。理由があってこのレッドハーブを回収しにきたの」
「理由?」
もしかして、この前来た太陽君みたいにお兄さんが怪我をしたからハーブを手に入れたいって思っているのかな?
「なーんだ。理由があるなら仕方ないなあ」
「待ってくださいルネ様。おい、エージェントビオラとやら。その理由を今ここで嘘偽りなく答えてみろ。そうすれば、見逃すことを検討してやろう」
「え? えっと……理由? その……妹が大けがを負って、うわ」
エージェントビオラと名乗った探索者の足元からデカイ棘がにょきっと出てきた。ビオラはそれを避けたけど……なんで嘘つきに作動するトラップが作動したんだろう。妹のためにハーブを手に入れる良いお姉ちゃんなのに。
「なるほど。嘘をついたのか」
「え、ええ!? 妹がいるっていうのが嘘?」
「いや、妹は本当にいるのかどうかはしませんが……少なくとも大けがした妹はいないと思われます。あの女、とんでもない嘘つきです」
な、なんて卑劣なことを……危うく騙されるところだった。
「お前たち人間がなぜレッドハーブ単体に執着するのかは知らない。だが、その理由には興味ない。秘密を抱いたまま死ね!」
翠華君が一気にビオラに距離を詰めた。そして、ビオラの腹部を一突き。うわあ。相変わらずの早業だなあ。スピードだけなら私よりも速いかも。
「がは……」
翠華君がビオラから剣を抜く。傷口から血が噴き出してビオラはその場に倒れてしまった。やった。翠華君の勝利だ。
「やったね! 翠華君!」
「ええ。なんてことない相手でした。芝 天帝に比べたら赤子も同然。私の相手にはなりませんね」
翠華君が剣を収めて私のところに戻ろうとする。よし、次はあの雑魚モンスターを引き受けている探索者を相手にしよう。雑魚モンスターと連携すればきっと楽に倒せるはず。
私は探索者に向けていた視線を戻して翠華君の方を見た——私が見たのは驚くべき光景だった。片膝をついて倒れている翠華君。口からは血がぽたぽたと垂れている。
「翠華君! 一体何があったの!?」
「がは……すみません。ルネ様。油断しました」
翠華君の背後にいたのは、さっき翠華君に腹を刺されたビオラ。ど、どうして生きているの?
「ふう……はあはあ……念のため、グリーンハーブも回収しておいて助かった。傷口に塗ったお陰で……止血程度にはなった。傷口は完全に塞がってないけど……油断して背後を見せた相手を刈り取るには十分」
「翠華君! ア、アンタ……! よくも!」
私は怒りに任せてビオラに飛び掛かろうとした。しかし、ビオラは翠華君の首筋にナイフをピタっと当てて「動くな!」と私に向かって叫んだ。
「がは……」
叫んだせいで傷口が広がって腹から少量の血が漏れてる。バカだこの人。
「ぜー……はー……そ、それ以上近づいたら……このモンスターの首を掻っ切る。これは脅しではない」
どうやら翠華君を人質にとっているみたい。困ったなあ。流石の翠華君も首を斬られたら死んじゃうよね。
「ルネ様。このダンジョンのことを優先してください。私が死んでもダンジョンは動く」
「だ、黙りな……余計なことを言うんじゃないよ……!」
ビオラは焦っている。それもそうか。ビオラとしては、翠華君の命を握っていることが私への唯一の交渉材料。もし、翠華君が死んだらアイツを守る盾はもうなくなる。だから、ビオラにとっても翠華君は雑に殺せない。
でもなあ。私にとってもダンジョンの仲間を殺したくないというか。どうせなら。みんなで生きて魔界に帰りたいんだよねえ。何か手はないかな……あ、そうだ。アレを使えばいいんだ。この手は使いたくなかったけれど、仕方ない。
「さあ。私を安全に還してもらおうか。とりあえず……ま、まずは……グリーンハーブとレッドハーブの調合した薬を要求する」
流石にそれはできないかな。傷を完全に治したら何をするかわからない。私は黙って百合の形をした銃をビオラに向けた。
「な、何をしている! それはなんだ!」
「百合型の銃。テッポウユリって知ってる? 魔界のテッポウユリは改造すれば本当に弾が出せるようになるんだよ」
「そんなことを聞いてるんじゃあない! 銃を下せ!」
「やだ」
私はテッポウユリから"弾丸”を放った。その弾丸は……翠華君に命中した。
「がは……」
「あちゃー。外しちゃったか」
私は自分で頭を小突いた。翠華君は体を曲げてガクっとしてしまった。
「え?」
翠華君が撃たれたことに気を取られたビオラ。すかさず、私はビオラの腕に向かってツタを伸ばす。
「しまっ……」
ビオラの腕を拘束。これで、翠華君にもう手出しはできない。翠華君がすかさず剣でビオラを突き刺した。
「がはっ……」
「悪く思うな……」
「お前……なぜ生きて……」
そのままビオラはガクっと倒れてしまった。翠華君は弾丸が当たった箇所をパッパと払った。
「ふう。助かった。翠華君。ごめんね」
「いえ。命が助かっただけでもルネ様にお礼を言わなければなりません」
私が放ったのは、テッポウユリの花粉弾だ。正直言って下品極まりない攻撃手段だけど、翠華君を救うにはこれしか方法はなかった。銃士一族は基本的に誰でも花粉に対する耐性を持っている。花粉症にはならないし、花粉で出来た弾丸も食らってもダメージを抑えられるのだ。
だから、銃士にとって威力が低い弾丸を撃つことで、人質を失ったと思わせてビオラに対して隙を作ることに成功した。
「それにしても翠華君。良い演技だね」
「いや。あれは結構痛かったですよ。耐性があるとはいえ、花粉弾は中々の威力。死んだり重症を折ったりしないけど、ビンタくらいのダメージはあります」
「へー。そうなんだ。私は花粉弾食らったことないし、食らいたくもないから知らなかったよ」
さて、探索者の内の1人は倒した。残りの探索者は……青葉ちゃんと交戦中の榎本と……たった今雑魚モンスターの全員退けた男探索者だ。
「ビオラが死んだか。うーん……」
探索者は何やら考え込んでいる。来るなら来い……私が関与できるのはここまでだ。なにしろ、私に認められているのは、特定素材であるレッドハーブを持ちだした探索者だけ。ビオラ以外は手を付けていない以上、私にこの探索者を攻撃する権限はない。
だが、探索者の方から攻撃仕掛けた場合は正当防衛が認められる。戦闘状態となり、攻撃してきた探索者に対してはボスフロアでなくても戦うことができる。
「まいったな。これ以上このダンジョンにいる理由がなくなってしまった」
「へ?」
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