第40話 レッドハーブ争奪戦
「こちら、エージェントビオラ。これより、榎本と日下部を連れて深緑のダンジョンに入る」
無線で依頼主に連絡を入れて私たちは深緑のダンジョンに足を踏み入れた。ダンジョンは探索者の魂を通貨代わりにして変異すると言う。全く、嫌な話だ。
前回来た時からかなり時間が経っている。第1層は罠にさえ警戒していれば大丈夫な層のはずだったが、モンスターの配置転換でとんでもない強いモンスターが追加されてもおかしくはない。
「た、助けてくださーい」
声が聞こえる方に目をやると……デビルバニーガールがダンジョン内にあるツタに絡まって身動きが取れない状態になっていた。周囲を確認する。明らかにアレが罠だろうと思えるようなものが仕掛けられている。なるほど。デビルバニーガールに近づけば仕留められるというわけか。それに、デビルバニー種はかなり戦闘力が高い種族。万一にでもトラップが機能しなかったとしても、素の戦闘に持ち込めば大抵の探索者を殺れる逸材。
「な、ま、待ってろ。今助けて……」
「おい、日下部。何をしている」
「なにって……」
「どう見ても罠だ。スルーして先に進むぞ」
全く世話が焼ける。こんな単純な罠にかかろうとする奴がいるなんて。男は単純というやつか。
第1層と第2層を繋ぐ階段の直前に来た時に、私たちは花粉症対策のマスクを装着した。
「なんかこれ、息苦しいナァ」
「我慢しなさい。第2層エリアには襲ってくる蜂がいる。そいつらに注意しながら進もう」
榎本が文句を言っているけれど、あの花粉地獄は経験したことがない人にはわからない辛さがある。私も春先には杉を恨むが、正直それの比じゃないくらいの殺意がある。
ここからが本番だ。第2層は初見殺しを看破する洞察力以外にも戦闘力が求められる。私は武器のナイフを握りしめて第2層へと降りた。攻撃禁止エリアから出た瞬間、蜂が私たちを襲って来た。戦おうと決意した瞬間、蜂を煙が覆う。蜂はその煙を嫌って逃げ出してしまった。
「な、何が起きたんだ……?」
「けけけ。この煙玉は虫除けになるんだゼェ」
榎本のアイテムのお陰で無用な戦闘は避けられた。第2層さえ突破すれば第3層のレッドハーブはすぐそこ。
「榎本。あなたの妹を殺したモンスターは次のフロアにいる」
「ああ。わかってる」
「私と日下部でレッドハーブを根こそぎ回収する。だから、第3層のモンスターはあなたに任せる」
「ああ。どのモンスターが希子を殺したのかわからネェ……だから、第3層のモンスターを全滅させてやるのさァ!」
榎本はかなり強い探索者だ。それも今はかなりキレている。こいつが敵でなくて本当に良かった。
第3層に辿り着いた私たちを待っているのは……背が低い女性のモンスターだ。このモンスターはかつて、芝 天帝氏と戦った銃士モンスター。すぐに撤退をしたから強さは未知数だけど、隙のないたたずまいから、このダンジョンでも屈指の強さだとわかる。
「人間たちよ。立ち去れ。そうすれば命までは取らない」
「よお。榎本 希子って探索者を知っているかァ?」
榎本が一触即発の空気を作り出す。それに対して、銃士のモンスターが剣を構えた。
「私との戦いで命を落とした」
「そうか。なら、次はテメェが命を落としなァ!」
榎本が素早い動きで何かを投げた。ここはまだ攻撃禁止エリア。モンスターが探索者を攻撃してはならない場所。しかし、探索者側が攻撃を仕掛けたなら別。その制限は解除される……攻撃した探索者だけではなく、同行者も。つまり、榎本が攻撃した時点で私たちも攻撃禁止エリアの意味をなさなくなってしまった。
「日下部。榎本が戦っている内にレッドハーブを回収するよ」
「あ、ああ。わかった」
榎本とあの女性の銃士モンスターとの戦いは気になると言えば気になる。しかし、私の最優先任務はレッドハーブの回収。これはとても金になることがわかっている。ドーピングの性能を高める効果がある。その結果、使った探索者がどうなろうと私の知ったことではない。私はただ、報酬さえもらえればそれで良い。
「ルネ様のハーブを渡すわけにはいかない」
第3層の雑魚モンスターたちが私たちを阻む。芝 天帝氏がいた時は彼が雑魚モンスター含めて始末してくれたから良かったけれど、榎本では流石に芝氏の代わりにはならない。それだけ芝氏の強さが異次元だったというわけ。彼が消息を絶ったのは本当に惜しい。
「日下部、協力して敵を倒すよ!」
「わかった」
私たちは強力してモンスターを相手にした。第3層のモンスターは中々に手強い。私はモンスターの攻撃をかわすので精一杯だった。しかし、日下部はきっちりと敵を確実に撃墜してモンスターの個体を減らしていってくれる。そうして、少しずつ楽になってくれたお陰で、私も日下部のサポートに回れてどんどんモンスターを狩ることができた。
「残りのモンスターはこっちで引き受ける。エージェントビオラは今の内にハーブの回収を」
「わ、わかった」
私はハーブの群生地に向かった。その中から赤い色をしたハーブを見つけてむしっていく。今回のハーブはいくらあっても足りないくらい。この葉っぱ1枚が値千金の価値がある。
◇
「ルネ様。特定素材が回収されました」
「うん、知ってる」
特定素材。それはダンジョンのボスモンスターがどうしても奪われたくない素材がある場合に1つだけ指定できるもの。指定された素材が奪われた時にボスモンスターはボスフロアから出て、特定素材を回収した探索者に攻撃することができる。ボスの側近もボスモンスターを守護するためについていくことも可能。
私はその特定素材にレッドハーブをしている。だから、今の私はボスフロアから出ることを許される。
「行きますか? ルネ様」
前にもレッドハーブが回収されたことがあった。それは芝 天帝というお爺ちゃんが来た時だ。あの時は、レッドハーブが回収されたからボスフロアから出ることができたけれど、すぐにお爺ちゃんがやってきたから第3層に上がることができなかった。
「ちょっとだけ様子を見よう……もし、青葉ちゃんが倒されて素材の回収しているのが榎本って人間なら私がわざわざ出ていく必要はなさそう。復讐対象を倒して満足したら……そのまま帰ってくれるかも」
青葉ちゃんにとっては残酷な判断かもしれない。けれど、ボスモンスターは生き残るのが使命。無駄に前線に出て命を散らすわけにはいかない。
「では、私が様子を見てきます。私ならば万一にもやられた場合、代わりがいますので」
「うん。お願い」
「なにかありましたらこの
木霊草は、遠くの相手と話ができる草だ。まあ、人間界で言う所の電話に近い。翠華君は木霊草を持って第3層へと向かった。
大丈夫かな。翠華君。無茶しなければいいけど。
私が数分くらい待っていると、私が持っている分の木霊草に反応があった。私は木霊草の花弁を引っ張る。そうすると翠華君の声が聞こえた。
「ルネ様。こちらの状況を伝えます。第3層にいる探索者は3人。1人は、レッドハーブを回収している女、もう1人は、雑魚モンスターを追い払っている中年の男、そして、青葉と交戦している男……恐らく、あれが榎本でしょう。榎本 希子の身分証にあった顔写真と似ている気がします」
「なるほど。それで、翠華君。私の助けはいる状況かな?」
「探索者を追い払うだけなら私1人で十分です。ルネ様のお手を煩わせるまでもありません。しかし、青葉の援護に向かうならルネ様のお力が必要です」
なるほど。状況がよくわかった。私が取れる選択は1つだ。
「今から行くから待ってて!」
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