第39話 〇害予告はやめようね!
今日も動画についたコメントを確認しよっと。コメント欄のみんなは優しいから、私を可愛いって褒めてくれるんだ。うぇへへへええへへへ。
E本『お前を殺す』
「は……はぁああああぁああああ!?」
「ルネ様、どうかしましたか?」
私が思わず叫び声をあげてしまうと、同じボスフロアにいた翠華君が駆けつけてきてくれた。
「ちょっと、これどういうことなの! このE本ってやつ!」
「これはひどいですね。ルネさんに一体何の恨みがあって……ん? このE本って名前、どこかで聞いたことがありませんか?」
「知らないよ! こんな変な名前! なんでアルファベットと漢字が混在しているの!」
魔界にやってきたモンスターは1種類だけ人間の言語を自動的に習得することができる。私は日本のダンジョンに配属されたので、日本語がわかるのだ。でも、アルファベットはあんまりわからない。難しい!
「いえ、このEは恐らく
「イニシャル……?」
「ええ。頭にEが付く漢字を付けたら、ある名字になります」
よくわからないけれど、翠華君が言っていることは正しいのかな?
「
「同じ名字ってことは……この人は遺族ってこと?」
「はい。ダンジョン内で亡くなった場合の遺品は国が管理することになっています……が、死亡通知は遺族がいる場合は送られます。どのダンジョンの何層で死んだのかの情報が」
ふむ。深緑のダンジョンで亡くなった探索者の家族が私に殺すと言ってきた。ってことは……
「逆恨みじゃんそれ!」
「そうですね。探索者である以上はダンジョンで命を散らすことは覚悟の上。探索者もモンスターを殺しに来ているので、返り討ちにあっても文句は言えないのですが……人の感情はそう簡単に割り切れるものではないということでしょう。自分と近しい人間の命を奪ったダンジョンのモンスターを許さない。そう思っても不思議ではないかと」
「うへえ……なんで私は自分の仕事を全うしただけなのに恨まれなければならないの」
「仕方ありません。それがダンジョンに住むモンスターの運命というやつです」
ぐぬぬ。だから、人間界に来るのが嫌だったんだよ。私も抽選に当たりさえしなければ、今でも魔界でぬくぬくと誰にも恨まれることなく暮らせていたのに。
「とりあえずこれはどうしよう」
「もうすぐ篠崎さんが来ます。相談してみたらどうでしょうか?」
「確かに」
翠華君の言う通り、篠崎さんは弁護士だからこういう手合いに強いのかもしれない。
私たちは篠崎さんの到着を待ち、
「なるほど……これはちょっと悪質ですね」
「そうでしょ? 篠崎さんもそう思うよね!? こんな可愛い私に向かってこんな物騒な言葉を使うなんて信じられないよね?」
「可愛いかどうかは置いといて……これは人間同士でやった場合は処罰の対象になるでしょう。しかし、相手がモンスターとなると……犯罪として立件するのは難しいですね」
篠崎さんが冷静に見解を述べる。私はなんとも言えない気持ちになった。
「そんな……こんな可愛い私が生命の危機に脅かされているのに人間界は対応してくれないの?」
「そもそもダンジョンのボスモンスターなんて全探索者から殺害予告されているようなものです。まともに取り合ってくれないでしょう」
「ぐぬぬ」
法律には血が通ってないのか。私がこんなに怖い想いをしているのに。
「ただ……このE本が榎本氏だとすると厄介ですね」
「厄介……?」
「ええ。榎本兄妹はかなり有名な探索者です。妹はそれなりの実力でしたが、最近は急激に実力をつけてきたとか。まあ、恐らくはあの薬の影響でしょう」
探索者の実力を底上げする代わりに、体を蝕むドーピング。確か、妹の方はその薬を飲んでいたとか。
「しかし、兄の方はその薬が出回る前からCランクダンジョンを制覇したことがある実力者です」
「Cランクダンジョンを制覇!? え? それってまずくない?」
「ええ。多分、ルネさんが真正面から戦ったら負ける可能性は十分ありえます。ダンジョンのランクはモンスターの強さだけで決まるものではありませんが……やはり、モンスターの強さが需要なウェイトを占めているのも事実です」
うへえ。ボスモンスターを軽々倒せる探索者が殺意剥き出しでやってくるのか。嫌だなあ。
「ルネ様。私に良い考えがあります」
「ほう。その良い考えとはなにかな? 翠華君」
「青葉を生贄にしましょう」
真顔で何言ってるんだこの人は。
「元はと言えば、青葉が榎本の妹を倒したのが原因。青葉さえ差し出せばこれ以上の復讐を望まずに帰ってくれるかもしれません」
「いやいや、ダメでしょそれは」
「しかし、ルネ様を失うよりは断然マシです。ルネ様は人間界における将棋で言う所の王、チェスで言えばキング。敵に討ち取られた時点で、私たちの敗北が決定します。王が取られそうになった時、代わりの駒を犠牲にして生き永らえるのは悪いことなのでしょうか?」
「翠華君……ゲームが弱い癖にゲームで例えるのはやめようね」
でも、翠華君が言っていることにいは一理あるかもしれない。私たちが考えなければならないのは、ボスモンスターである私を生き延びさせること。私が死ねばダンジョンは機能停止してモンスターは全滅してしまう。1人を犠牲にするのか、みんなで心中するのか、その決断を私にしろって言うの……
「ルネさん。そう悲観する必要はありません。榎本に勝てばいいのです」
「うわ、篠崎さんから急にストロングな意見が出た」
「幸いにも、榎本の妹を倒したことでSPが増えました。このSPを使ってダンジョンを強化すれば、榎本兄を倒せるかもしれません」
「確かに……理屈の上ではそうだね。でも、ダンジョンをどう強化するのが最適なのかわからないよ」
私は頭を捻らせた。限られたSPでどれだけダンジョンを強化できるのか。それにこのダンジョンの命運がかかっている。1度使ったSPは元に戻すことができない。よく考えて使わないと……
「ルネ様。差し出がましいようですが、私の提案を聞いてくれませんか?」
「提案? 良いよ」
今はどんな些細な意見でも欲しい。
「私たち、銃士一族を強化してくれませんか?」
「銃士一族を……? でも、銃士は対応するモンスターが翠華君と青葉ちゃんしかいないよ?」
モンスターの強化は種族単位で行われる。だから、種族の個体数が多いモンスターを強化した方が効率は良い。わざわざ2体しかいないモンスターを強化する意味はなんなんだろう
「やはり、作戦ですが……榎本には青葉をぶつけましょう」
「翠華君は青葉ちゃんを見捨てるつもりなの?」
さっきの意見だと翠華君はダンジョンを守るためならば青葉ちゃんを犠牲にするのも仕方ないという意見だった。でも、翠華君は首を横に振った。
「いいえ。青葉を殺さないために、銃士を強化するのです。そして、これにはメリットがもう1つあります。銃士一族には私も含まれます。と言うことは、もし榎本が青葉を倒すだけに飽き足らずにダンジョンの最深部、ボスフロアに辿り着いたとしても……私がルネ様を守れます」
確かに。銃士一族を強化するだけで、青葉ちゃんの生存率も上がるし、ダンジョンのボスモンスターの守りも盤石になる。
「決断はルネ様に任せます。私はルネ様がどんな決断をされても、全力でお守りするまでです」
「うーん……どうしようかな……」
正直悩む。銃士一族が配置されているのは、ダンジョンでもモンスターの層が厚い第3層とボスフロアだけ。既にフロア全体が強いのに、これ以上強化する必要があるのかって問題もある。仮に榎本を退けたとしても、今後のダンジョン運営を考えたら、第1層や第2層を強化した方が効率よくSPが溜まりそうなんだけどなあ。
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