第37話 黒い陰謀
今日は篠崎さんが来る日だ。今週は探索者の死人が出た日で、遺品を回収してもらおう。
「ルネさん。今週は探索者の死人が出ましたね……その遺品をこちらで回収します」
篠崎さんが白い手袋を付けて、探索者の遺品を専用の大きいバッグの中に詰めていく。
「ん……ルネさん。ちょっと待ってください。本当にこれは、探索者の持ち物ですか?」
篠崎さんが見ているのは探索者が持っていた薬だ。確か、青葉ちゃんが倒してくれた探索者が持っていたもの。
「残念ですが、私にはこれを回収する権限はありません。専門の帰還に通報しましょう。ダンジョン内は電波が悪いため、一旦外に出ますね」
篠崎さんはやたらと高性能そうな携帯電話を手にしてダンジョンから出ていった。ダンジョンで電話をするためにはダンジョン仕様のものを使わなければならない。ダンジョン仕様の電子機器は基本的に人間界で使われているものよりも低性能だから、普段使いのものではダンジョンでは使えない。
しばらく待っていると篠崎さんが戻って来た。彼の表情は真剣そのものである。
「ルネさん。この探索者は一体何者なんですか?」
「えっと……これが身分証明書かな? 免許証ってやつだよね?」
私は遺品の中にあった免許証を篠崎さんに渡した。免許証に書かれていた名前は【
「なるほど。これも証拠品として彼らに渡す必要がありますね」
「証拠品? 彼ら? どういうことなの?」
なにやら不穏な単語が耳に入る。この榎本 希子って人は一体なにをやらかしたんだろう。
「ええ。単刀直入に言います。この榎本 希子という探索者。彼女は違法薬物を使っていました」
「違法薬物?」
「ええ。当人の力と集中力を極限まで引き出す代わりに、その反動で体も精神もボロボロになってしまう。更に依存性もあり、1度でも使うと抜け出せなくなる」
「なんか話を聞いているだけで恐ろしそうなものなんだけど」
「ええ。当然、そんな危険な薬は認可されるはずもなく、所持しているだけで違法になるのです。使用の痕跡があれば、一発で執行猶予なしの実刑もありえるほど。それほどまでに危険な薬物。それが最近、探索者の間で
探索者の間で流行っている違法な薬物。それを私のダンジョンにやってきた探索者が持っていたなんて。
「あ、そう言えば、青葉ちゃんがこの探索者はなにか薬を飲んだ瞬間に一気にパワーアップしたって言ってた」
私は直接見てないから知らないけれど、青葉ちゃんが苦戦するくらいだからかなりのパワーアップをしたと思う。
「やはり、そうでしたか。ルネさんも気を付けた方が良いですよ。なにせ、これは人間だけの問題ではない。探索者が本来の実力では狩れなかったモンスターも狩れるようになる。それはダンジョンのモンスターにとっても厄介なことですから」
「確かに……本来なら勝てる探索者に違法な薬を使われて負けたら嫌だなあ」
「ええ。それに、薬で強くなったとしても、それはまがい物の力。魂が強くなったわけではありません。つまり、強さの割にSPが美味しくないというわけです」
「うへえ。それは嫌だなあ。サクっと倒せてSPが高いのは良いけど、その逆は嫌だよ。いほーやくぶつはんたい!」
しばらく待っているとなんか青い服を着た人がいっぱいダンジョンに入ってきて、榎本 希子の遺品を回収していった。一応は彼女の遺品は証拠品として押収されるみたい。
「違法薬物が萬栄してしまったのは人類の責任。それで、モンスターに不利益が被ってしまったのなら申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかし、私は弁護士兼マネージャー。薬の流通ルートなどは専門機関が調べてくれることでしょう」
「うん。早く薬を撲滅できるといいね」
「一応は、薬の情報をまとめた冊子がここにあります。暇なときにでも読んでいてください」
「篠崎さん。私以上に暇な時間があるモンスターがいると思わないでね」
篠崎さんが帰った後に、私は翠華君と一緒に薬の情報が書いてある冊子を読んでみることにした。
「探索者の能力を著しく上げる薬ですか。しかも、幸運に恵まれてなければ青葉すらやられていたと……なるほど。それは厄介ですね」
「うん。だから、この薬の情報を調べてみんなに共有しようよ」
『違法薬物【RE:BIRTHED】。それは、人間のあらゆる身体能力と集中力を著しく強化する薬である。副作用として、強い依存性や幻覚作用、筋肉の繊維や内臓組織の損傷など人体にとって非常に悪影響である。
この薬は、人間界にある合成麻薬と魔界により探索者が持ち帰った素材【イツワリソウ】を合成して作られた素材だ。魔界由来の素材の成分は現在でも未解明なものが多い、そのため、この薬の使用の痕跡を特定するのは現状では困難である。
この違法ドラッグの特徴は、使用すればするほど、副作用が現れる感覚が短くなるというもの。末期にもなると数分で幻覚症状を見た後にフラフラと千鳥足で歩き出すという症例も報告されている。
今後も魔界の素材と合成してより効能が強い麻薬になる可能性もある。引き続き、この違法薬物の取り締まりを一層に強化したい』
「中々に怖い薬だねえ。こんなの使う気にはなれないよ」
「ええ。そうですね。しかし、それでも探索者は危険が伴う仕事。生きて帰るためには多少の副作用を受け入れる……そういう考えに及んでもおかしくはないでしょう」
「そうだね。それに、素材を持ちかえれば一攫千金も狙える。薬の力に頼るのも無理はないのかな」
「いずれにせよ……こんな薬に頼っているような探索者に負けるようではモンスターの名折れ。魔界の栄誉にかけても、そんな輩を叩き斬ってやります」
なんか翠華君が急に頼もしく見えてきた。まあ、実際、このダンジョンでは私に次ぐ実力者なんだけど。
◇
進捗のダンジョンのレッドハーブ。エージェントビオラに採取させたそれは健康食品の開発に使われるはずだった。しかし、その一部は、この私の手によって、ある組織に横流しされていた。その組織の名は【SU】。麻薬を製造する闇の組織である。
「すごい! すごいぞ! これは!」
【コード:U】氏がなにかテンションを上げて小躍りをしている。
「臨床実験のデータも完璧だ。この薬は探索者の常識を変える! 探索者全体が強化されれば市場にもたくさん魔界の素材が出回る。そうすれば、私は人類の英雄だ! ふははははは!」
コード:U氏。彼はこの違法ドラッグが人類のためになると本当に信じている。いわゆるマッドサイエンティストだ。魔界由来の素材が人類の発展を加速させる。そう信じている彼はその魔界の素材を多く獲得するために探索者を強化するための薬を開発した。そして、それを流通させているのが、この組織のボス。【コード:S】氏だ。
コード:U氏は本気で人類のためになることを願っているのに対して、コード:S氏は金儲けのため。それだけの目的で薬を流している。金のためという目的ならば、私はコード:S氏の方に共感を覚える。
「レッドハーブ。このハーブは凄い! あらゆる薬の作用を底上げする正に魔法のハーブだ! これだ! このハーブを回収するんだ! あはははは! そのためだったら、金には糸目はつけんぞ!」
レッドハーブ……? まさか、そんな素材が新薬の材料になっていたなんて。でも、深緑のダンジョンのレッドハーブか。乱獲する価値はあるかもしれないな。もう1度エージェントビオラに依頼してみようかな。
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