第36話 覚醒する探索者

 また今日もダンジョンのアラームが鳴った。


「青葉様。ダンジョンのアラームが鳴りました。どうしますか?」


「あー、放置でいいんじゃない? どうせ、ここまでやってこないでしょ?」


 第1層のフロアボスにあの子が就任してからほとんど毎日探索者はやってくる。最近は少し落ち着いてきたけれど、ひどい時は1日で10人以上来る時もあったなあ。


 だが、今回は事情が違ったみたい。その探索者はあっと言う間に第3層にまでやってきた。私とそんなに変わらない身長の女の子。銃士一族は人間と同じ姿形をしているけれど、平均身長は人間より下回っている。銃士一族では大きいはずの翠華先輩ですら、人間の成人男性とほぼ変わらない身長だ。そんな小さい銃士一族と同じくらいってことは、この子は人間にしては小さい方なんだろう。


 その小さい探索者の子に雑魚モンスターたちが一斉にかかる。雑魚モンスターと言っても、第3層フロアのモンスターは精鋭揃い。その辺の下手なダンジョンの弱いフロアボスなんかよりも実力は上だ。そんなモンスターを手にしているリング状の武器で簡単にさばいていく探索者。あの武器はチャクラムって言ったっけ?


「がは……つ、強い。なんだこいつは……」


「ひ、怯むな! みんなでかかれば勝機はある」


 相手の強さを自覚した雑魚モンスターたちが警戒しながら探索者にかかる。しかし、それもチャクラムを投擲して雑魚モンスターを撃墜していく。投げたチャクラムは使用者の元に戻っていく。これは人間界に存在する素材や技術というよりかは、魔界の素材を使って作られた武器っぽい。


 まさか……こんな簡単に第3層のモンスターを倒すなんて、相手はかなりの達人。とても小さくて華奢な体ではそうは見えない。そして、その探索者は私にむかって チャクラムを投げてきた。


「むー。私はまだ手を出してないのに攻撃するなんてひどいじゃないですか」


 私は持っているレイピアでチャクラムをはじき返した。フロアボスたる私にはこの程度の攻撃を打ち落とすことなど容易い。はじき返されたチャクラムは、また例の探索者の元に戻っていった。


「やるね。アンタがこの第3層のフロアボスかな?」


「そうだよ。私の名前は――」


「名乗らなくてもいい。これから死ぬモンスターの名前に興味なんてないから」


 少女は懐から3枚のチャクラムを取り出した。既に持っていた1枚のチャクラムと併せて4枚。それらを私に向かって同時に投げてきた。投げたタイミングは同時……しかし、飛んでくるスピードに差異がある。1撃目が届いてそれを弾く。数刻後、2枚のチャクラムが私を挟み撃ちするように左右から飛んでくる。私はこれを避けるのを判断して、退いてチャクラムを躱した。


「うっ……なんなのこの連続攻撃」


 しかし、息つく暇もなく、4枚目のチャクラムが私に向かって飛んでくる。回避行動を取ったばかりだから反応が一瞬遅れる。でも、回避行動はとれた。そのお陰で完全回避とはいかないまでもチャクラムが脇腹をかすめるくらいのダメージに抑えられた。


 その攻撃の直後、4枚のチャクラムが再び探索者の元に戻った。なるほど。彼女は遠距離攻撃を得意とするタイプの探索者。銃火器が使えないなら、投擲とうてき武器が遠距離攻撃の最適解となりえる。


 なら距離を詰めてこのレイピアで刺突するべし!


「ていや!」


 私はチャクラムを再び投げられる前に素早く距離を詰めてレイピアで探索者に月攻撃をする。探索者は手にしていたチャクラムでレイピアで防いだ。しかし、この防御行動はギリギリ。反応速度、スピード、共に私の方が上。このまま中距離を保ってチャクラムを投げる暇なくレイピアで攻撃し続ければ勝てる!


「くっ……! 食らえ!」


 探索者がまた懐からなにかを取り出して私に投げてきた。黒い小さい玉。それが私の顔面に当たると破裂して煙が舞う。これは……煙幕! 落ち着け。私は拘束でレイピアを振り回して風を巻き起こした。そして、煙を晴らす。煙が晴れた時には探索者は私と距離を取っていた。


「はあ……はあ……やっぱりフロアボスは強いねえ。なら、レベルを上げるか」


「レベル……?」


 探索者は錠剤みたいなものを取り出して、それを口に含んだ。次の瞬間……探索者は妙にスッキリした顔を見せた後に、ニカっと笑った。


「ああああ! これさいっこう! 最高! どこまでも私を飛ばしてくれる最高のおくすりー!」


 な、なに言ってるんだろうこの人は。


「テンションも戦闘力も上がったことだし、仕留めるよ! 行くよ……! 8連チャクラム!」


 探索者は4枚のチャクラムを投げる。そして、その後に追加で更に4枚のチャクラムを投げ、合計8枚のチャクラム。このチャクラムはスピードも緩急つけるし、軌道を変えて動く。そんな1枚でも厄介なチャクラムが8枚。だが、それを操る探索者の集中力も相当なものでないとおかしい。スピードの付け方、軌道修正。それらは使用者の意思が反映されていて自動操縦には思えない。8枚のチャクラムを同時に操作なんて人間にできる芸当なのかな?


 あっと言う間に私は8枚のチャクラムに囲まれた。四方八方どこに逃げてもチャクラムが飛んでくる。そして、どのチャクラムから私を仕留めようとしてくるかわからない。私は神経を研ぎ澄まして最大限までに集中した。銃士一族は純粋な筋力パワーを持たないものの、スピード、テクニック、集中力などに優れる。それを最大限活用して……この戦いを生き残るんだ。


 最初に飛んできたのは、私の背後に位置取りしていたチャクラムだ。それが加速して私に飛んでくる。それをレイピアで弾いたのを皮切りに他のチャクラムも一斉に私に飛んでくる。弾ききれない……く……


 私の足がもつれた。その瞬間だった。私も油断していたんだろう。急に私の体が宙に舞う感覚と共に私は天井から生えているツタに持ち上げられて宙づりにされてしまった。


 8枚のチャクラムはお互いがお互いにぶつかり、機能停止した。丁度威力を相殺してくれて助かった。


 ダンジョンのトラップ。特定のマスを踏むとその対象を天井から伸びてきたツタが捕まえて宙づりにしてあげるというもの。殺傷能力こそないものの地味に厄介。まさか、探索者にいやがらせをするために設置したものが私の命を救うなんて。


 でも、回避はできたけど、これは一時しのぎにすぎない。私は上空で拘束された状態。相手は健在。これは……私の負けだ。


 そう思って上空で覚悟を決めていたら、探索者が急に頭を抑えてフラフラとした足取りで歩き始めた。


「う、ああ、ああああ! あ、頭がふらふらする。ふ、副作用か……あ、ああ! く、来るな! 化け物! う、うわああ!」


 化け物? あの探索者には何が見えているんだろう。探索者はそのままフラフラとしながら逃げていって……罠にかかった。私みたいにじわじわと嫌がらせをするタイプではない、人間が即死するレベルの毒が塗ってあるバラのとげのトラップ。棘が刺さった探索者はその場にバタリと倒れてしまった。


「なんか知らないけど勝ったよ」


 でも、あんまり勝った自覚はない。一先ず私は、トラップを解除してから、戦いで負傷した雑魚モンスターたちの手当てをした。幸いにも、この第3層フロアには傷を癒すハーブがある。私はルネ様と違って上手く調合はできないから、雑魚モンスターにはグリーンハーブだけもしゃもしゃして貰って一応の応急処置はした。


 残念ながら手当てが間に合わなった子もいた。けれど、それは悲しいけれど仕方のないこと。ダンジョンのモンスターになった時点でこんな末路を辿るのは覚悟しなければならない。私だってなんか知らないけど、運よく助かっただけなんだよね。


「あの探索者は変な薬を飲んでから急に強くなったんだよねえ。ルネ様に報告した方がいいよね?」

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