第35話 ハ"ニートラップ

「ルネさん。先週のダンジョンの来訪者は51人です」


「おお! 50人超えたんだ! 凄い!」


 ついにウチのダンジョンも大人気ダンジョンとして名を馳せる時が来たか。51人も来ていれば、SPも相当なものになったに違いない。


「それで、それで、肝心のSPは?」


「0です」


「え?」


「ですから、誰1人として死ぬことはありませんでした」


 え? なにそれ、やさしいせかい? じゃなくて!


「その1人ぐらい、天に召された人はいないの?」


「いません」


「え? じゃあ、探索者は素材だけ持ち帰ったと?」


 素材だけ取られるなんてそんなの嫌すぎる。完全に損しかしていない。


「いいえ。素材すら減っていません。多くの探索者が第1層で引き返しています」


「それは一体どういうことなの! 説明してよ」


「はい。ここに探索者のダンジョン口コミサイトがあります。それを見てみましょう」


『レイちゃん可愛すぎ!』

『俺、レイちゃんにサインもらっちゃった』

『レイちゃん最強! レイちゃん最強! レイちゃん最強! レイちゃん最強!』


「なにこれ。なんで、レイちゃんのことばかり取り上げられてるの! 私は!? 初期の動画では散々私のことを可愛いって言ってくれたじゃないの!」


 私は思わずタブレット端末を投げてしまった。ダンジョンの床は草が生い茂っていてクッションになっていたから、衝撃が和らいだ。草が生えてない場所に落したらタブレット端末は壊れていたかもしれない。


「探索者の多くはレイさんを目当てにこのダンジョンに来ています。そして、レイさんは第1層のフロアボス。彼女に会って満足した探索者はそのまま帰っていくってわけですね」


「なんなん! ちょっと、レイちゃんに抗議してくる!」


 私は第1層に向かった。そこには、当然フロアボスであるレイちゃんがいる。


「ちょっと、レイちゃん!」


「あ、あわわわ。ど、どうしたんですか? ルネ様」


「あなたに言いたいことがあります。正座しなさい」


「え? 嫌です」


 そうだった。デビルバニーガールは、本来自由気ままな性格。ボスモンスターの言うことに平気で逆らうんだった。一見、気弱に見えるレイちゃんもその本能には逆らえないのか。


「まあいいよ。正座しなくてもいいから聞きなさい! あなた、今月何人探索者が来たか知ってる?」


「え? えーと……30人くらい?」


「51人だよ! その内、誰1人倒せてないってどういうこと!?」


 私はレイちゃんに詰め寄るも彼女は困惑した表情で後ずさりをする。


「そんなこと私に言われても……探索者が私と戦う気がないみたいだし」


「だったら、自分からいきなさいよ! もう! あなたはそこの雑魚なウサギたちと違って戦闘力高いんでしょ!」


 折角高い戦闘力も戦わなければ宝の持ち腐れである。全く、このバニーガールは何ができるって言うのか。


「えっと……無理です。ダンジョンに来てくれる人たちはみんな、私のファンって言ってくれているし、そういう人たちを攻撃するなんて……私にはできません!」


「なに甘いことを言っているの! ファンだろうが、なんだろうが、倒さなきゃいけないのがモンスターなの! 人間とモンスターの関係は食うか食われるか、油断してたら、殺されるのはあなたの方なのかもしれないんだよ!」


 これは事実である。こっちに敵意が無くても相手がこちらを殺そうとしてくる場合がある。基本的に探索者に対しては先手必勝。法律的には人間とモンスター間は基本的に殺してもお咎めなし。やられる方が悪いのだ。


「うぅ……ごめんなさいルネ様。私、ルネ様のことを可愛くて本当に憧れで……でも、そんなルネ様に怒られるなんて私はダメな子ですね」


「うぇぇ? ああ、もう可愛いだなんて。うぇえええへへっへへっへ。うん。レイちゃん。次からは気を付けてくれればいいからね」


 レイちゃん。なんていい子なんだろう。私は彼女のことを誤解していたかもしれない。


「ルネ様……なんてお優しい! 美しいのは見た目だけではないんですね。心まで懐が深いだなんて、尊敬しちゃいます」


「ふふふふふへええへへへへへへ」


「なに、乗せられているんですか。ルネさん」


 背後から篠崎さんの声がする。そういえば、いたな。この人。


「第1層はトラップが主体。そういうコンセプトで作られたフロアです。ならば、それを活かしてレイさんが戦うスタイルを取りましょう」


 なんか急に仕切りだしたなあ。でも、面白そうだから、ここは篠崎さんに任せてみよう。


「えっと……私、そのトラップとか詳しくないんですけど……」


「大丈夫です。私に良い考えがあります。レイさんはただいるだけで良いんですから」


「は、はあ……?」



「ふ、ふひひひ。きょ、今日もレイたんに会いにいくんだ。へへへ」


 最近の僕の日課は、レイたんに会いに行くことだ。深緑のダンジョンは僕なんかがとても手が届くようなダンジョンではないけれど、レイたんに会って戻るだけならば、そこまで危険モ少ない。トラップにさえ気を付けていれば第1層では死ぬことがないってダンジョンの攻略レポートに書いてあった。なんかやたらと広告が多くて、最後に「いかがでしたか?」って聞いてくるサイトだったけど、検索の上位に出てきたから信ぴょう性はあると思う。


 ダンジョン内でも撮影できるフィルムカメラを持っていざ深緑のダンジョンに突入。ああ、今日もレイたんコレクションが増えるなあ。


 罠を警戒しながら第1層を進んでいくと、レイたんの姿が見えた。レイたんが……! なんか、ツタに絡まって拘束されている! 胸部を強調するような絡まり方、なんてエロ……じゃなかった、可哀想なんだ!


「た、助けてください……お願いします」


「レ、レイたん! 待っててね! 今助けてあげるから!」


 なーんて。助けるついでに体のあちこちを触ろう。ふひひ。これは天が僕に与えてくれたチャンス。30年間童貞を貫いた僕にも良いことはあるんだ。


 首筋にチクっとする刺激があった。なんだろう。蚊にでも刺されたかな? まあいいや。そのままレイたんに向かって……うぐ……な、なんだ……体が痺れて……


「さいてー」


 気づいたら、拘束が解けていたレイたんが僕のことをゴミを見るような目でみてきた。


「レ、レイ……たん?」


「私に向かう道中のルートにあるトラップを仕掛けたんです。それは……性的興奮を覚えた探索者に毒針を打ち込むものです」


「そ、そんな……これは……わ、な?」


「そうです。あなたに回っている神経毒はエッチなことを考えるほどに強く作用する。私を純粋な気持ちで助けようとしてくれるんだったら、見逃してあげたんですけど……私をえっちな目で見るような人にはお似合いの末路ですね」


 む、無理だよ。あんな植物の触手でえちえちに拘束されたレイたんを見て興奮するなって……完全に男の探索者を殺しに来ている。


「た、たすけ……て……」


「ごめんなさい。それはできない。だって、私はモンスターの中でも残酷な悪魔種ですから。失望した相手にはどこまでも残酷になれるんです」


 レイたんは僕の体を掴むとずるずると引きずっていく。見た目は華奢な女の子なのに体重が100キロ超えている僕を運べるなんて凄いパワーだ。そして、僕をある場所へと持って行った。そこには、花びらの内側に大きな牙をつけた巨大な花が咲いていた。まるで、そのまま人を食べそうなくらいの凶暴な見た目だ。人を食べそうな……? ま、まさか!


「ま……って……」


「さようなら」


 僕の体は宙に放り投げられた。そのまま、花の口の中に落ちていく。落ちていって――

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