第31話 遺品のゆく先

 芝 天帝。彼がこのダンジョンに来て亡くなってから数日が経った。その間に誰もダンジョンには訪れてこなかった。でも、それで良かったんだと思う。私は、彼の死後なにもする気が起きなかった。こんな状態で探索者と戦闘にでもなったとしたら……いつもの力が発揮できずに負けてしまうかもしれない。


 翠華君は空気を読んで私を1人にしてくれた。クジラのぬいぐるみは翠華君に拉致されて、今は私の部屋にいない。私はここ数日ずっと自室に引き籠っている。


 コンコンとノックする音が聞こえる。ノックの主はそのまま、部屋のドアを開けることなく私に語り掛けてくる。


「ルネ様。翠華の銃士です。今日は篠崎さんが来る日です」


「そう……」


 もうそんなに時間が経っていたのか。


「探索者……芝 天帝氏の遺品は、私が整理しておきました」


「遺品の整理……? ちょっと待って!」


 私はベッドから飛び起きてドアを開けた。落ち込んでいられない事態になってしまった。


 ダンジョンで死亡した探索者の遺品。つまり、ダンジョン内に持ち込んでいた物品は、原則としてダンジョンの敷地がある国のもの。つまり、この場合だと日本国のものになる。普通ならば、亡くなった人物の資産は近親者に相続権があるのだが、ダンジョンに持ち込んだものだけは例外なのだ。私たちダンジョンのモンスターが探索者を倒したも回収できるのは、魂だけで彼らが所持しているものの所有権は私たちにない。


「翠華君。遺品ってことは、お爺さんが持っていたリボンも含まれるんだよね?」


「ええ。当然です。あのリボンは彼が持ち込んだものです」


「それを今日来る篠崎さんに渡すつもりなの?」


 私が問いかけると翠華君はコクリと頷いた。私はその仕草を見て頭が痛くなった。


「ええ。それをしなければ、私たちが罪に問われてしまいます。遺品の不当な占有は罰金刑。獲得したSPが削られてしまいます。それだけではなく、前科があるモンスターは出世にも響きます。魔界の要職へ就いて帰郷する道が遠のくことに……」


「そういうことを言ってるんじゃないの! 翠華君はお爺さんの願いを聞かなかったの? お爺さんはこのダンジョンに埋葬して欲しいって言って……その遺体の近くにリボンを……!」


「ルネ様。ご自分の目的をお忘れですか?」


 翠華君の言うことは正しい。私の目的は出世して魔界に帰る権利を得ること。そのためには、罰金刑とは言え受けるわけにはいかない。それはわかってる。だから、きちんと遺品は篠崎さんに届けないといけない……でも。


「わかってるんだよ! そんなことは! でも……あのお爺さんの最期の願いを叶えてあげることはできないの?」


「それを私に言われても……私は法律に精通しているわけではありません。ここは、篠崎氏に相談してみては?」


 篠崎さんに相談……確かに法律のことは弁護士に聞くのが1番だけど。もし、法律上、どう足掻いても無理なら、篠崎さんは立場上、意地でもリボンを回収しなければならない。


 私はそんな不安を抱えたまま篠崎さんを待った。大丈夫。きっと法律の抜け道がある。そう思いつつも、心の中ではお爺さんの願いがかなえられないんじゃないかと悪い考えが浮かんできてしまう。



「ルネさん。こんにちは。どうしました? いつも元気いっぱいのルネさんの表情が暗いようですが」


「うん……ちょっとね」


「先週の探索者の死傷数は1人。現在は魔界にて魂の価格査定をしている最中なので、まだSPに変換できていません……が、探索者の遺品は回収しておきましょうか」


 ついにこの瞬間がやってきてしまった。翠華君が整理していた遺品をまとめて篠崎さんに渡した。


「ふむ。これで全部ですか。確かに受け取りました」


「し、篠崎さん……!」


 私が篠崎さんに声をかけてなんとか待ってもらおうとした瞬間だった。篠崎さんは遺品の中からリボンを取り、それを私に向ける。


「ルネさん。これはお返しします」


「な、なんで……?」


 いきなりの篠崎さんの行動に私は面を食らってしまった。彼は一体どういうつもりなんだろう。


「遺品は全て回収するんじゃなかったの?」


「ええ。探索者が持っている遺品は貴重なものが多いです。それを換金したものが私たちの給料の財源となるのです。ですから、原則として全ての遺品を回収しなければならないのですが……例外があります」


「例外……?」


 私は首を傾げた。お爺さんの靴下とか明らかに換金できなさそうなものまで持っていくのに、どうしてリボンだけ例外なんだろう。


「実は、私は芝 天帝氏よりあるものを預かっているのです。それの影響で、私はこのリボンを回収することはできないのです」


 篠崎さんは鞄の中から1通の封書を取り出して、中を開けた。紙切れを取り出してそれを私に見せる。


「こ、これは……」


「芝 天帝氏から預かっていた遺言状です。この遺言状には、このリボンをルネさんに相続させる旨の内容が書かれています。氏名、作成年月日、実印等、遺言の要件を満たしています。芝氏はこのダンジョンを探索する前に、私の元に来てこの遺言状を作成したのです」


「そ、そうだったんだ」


「ええ。探索者の遺言があれば、ダンジョン内で亡くなれば、そのダンジョンのモンスターに相続権を発生させることができます。芝氏は、どうしてもこのリボンをルネさんに渡したかったようですね」


 私は篠崎さんが持っていたリボンを受け取って、それを胸の中でぎゅっと抱きしめた。


「お爺ちゃん。私……約束通りにお爺ちゃんの墓石にこのリボンを結んであげるね……天国で息子さんやお孫さんと一緒に健やかに暮らしてください」


 篠崎さんがお爺さんの遺品を回収して帰った後、私はボスフロアの隅っこに建てたお爺さんのお墓にリボンを結び付けた。そして、彼のお墓の前で手を合わせてご冥福を祈る。


「よし。私もいつまでも落ち込んでられないな。いつまでもくよくよしていたら、お爺さんに笑われちゃうもの!」


 私は顔を上げて前を見た。そして、お爺さんが言っていたことを思い出した。お爺さんが今まで倒して来たモンスター。彼らにも家族がいる。それは本当のことだ。私にだって、魔界にパパやママがいる。でも……それは、探索者、人間だって同じことだった。


 初めてこのダンジョンに探索者として訪れて来てくれた少年。神木 太陽君。彼はお兄さんの怪我を治すためにこのダンジョンに潜った。彼は無事に帰還できたけれど、このダンジョンに潜って亡くなった探索者はいる。彼らにも家族がいるのに、私はダンジョンで彼らを殺してしまった。


 いくら、命を賭ける覚悟ができていたとしても……誰だって死にたくなかったはずだ。でも、私は……やらなければならない。やらなきゃ私がやられるし……やらなきゃ私は魔界に帰れない。


「ルネ様。少々お時間よろしいですか?」


「ん? どうしたの? 翠華君」


「篠崎氏から預かっているものがあります。こちら、芝 天帝氏からルネ様に宛てた手紙です」


「手紙……?」


 私は翠華君から手紙を受け取り、それを読み始める。


『ルネちゃんへ

 この手紙を読んでいるということは、ワシはもうこの世にいないのであろう。この手紙を書いている時には、まだルネちゃんに対面していないのにこんな内を綴るのは奇妙かもしれない。だが、ワシはどうしてもルネちゃんに伝えておきたいことがある。

 ワシは今まで、多くのモンスターを狩った。いや、狩りすぎたと言っても良い。それはワシの罪だ。だから、ワシは死ぬ前にその罪を滅ぼさなければならない。

 その罪滅ぼしの内容は……ワシの魂をダンジョンに還元すること。ワシがダンジョン外で死ねば、ワシの命はただ、いたずらになるだけ。だが、ダンジョンで死ねば、そのボスモンスターに貢献することができる。

 それに、ルネちゃんも魔界に帰るためには多くの人間を殺さなければならない。そのノルマの中にワシが入れば、ルネちゃんが殺す人間を抑えることができる。

 だから、ワシはダンジョンを死に場所に選ぶ。それが、モンスター、人間、双方にとって最良の選択であると信じているからだ。

 ルネちゃん。魔界へ帰れることを祈っております。

 芝 天帝』

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