第30話 お爺さんの昔話
ピリピリとした空気でお爺さんを睨みつける翠華君。
「おお、ルネちゃん。そちらのぴょんぴょん跳ねているクジラは?」
「ああ。これは気にしないで。いないものとして扱ってもいいから」
ワタキセイグモが会話に入るとややこしくなる。
「そうか。それじゃあ、そろそろワシの昔話を話そうか。ワシが探索者になる前の話だ。ワシには息子がいた。妻もいたが、息子を生んですぐに亡くなってしまったよ。ワシは亡き妻の分も息子に愛情を注いで育てていた」
「良い話じゃねえかジジイ」
「ぬいぐるみが喋った!」
私はぬいぐるみの口を拳をめりこませて塞いだ。「ふぐう」とか変な声が聞こえてくるけど気にしてはいけない。
「なんでもないよ。お爺さん。続けて」
でも、このお爺さんは自分のことを天涯孤独だと言っていた。ということは、息子さんは……
「そうか……男手1つで息子を育てるのは大変だった。一時期、やさぐれていた時期があったものの、きちんと更生して結婚して娘を設けてくれた。つまり、ワシの孫娘だ。その孫娘が6歳の時に……息子夫婦は事故で亡くなったよ」
「うぅ……なんて悲しい話なの……!」
私の目から涙がポロポロと零れる。こういう家族の話を聞くと、パパとママに会いたくなってくる。
「ワシは両親がいなくなった孫娘を引き取って育てたんだ。そんな彼女はすくすくと育ち、高校生になった。そして、その姿は……正にルネちゃんそっくりだったんだ」
「え? 私に似て可愛い娘だって?」
「ルネ様。可愛いとは言ってません」
「翠華君。後で話があります!」
孫娘なんてお祖父ちゃん目線では可愛いに決まっている。ってことは、その娘に似ている私は可愛い。証明終了。
「はっはっは。もちろん、孫娘は可愛かったぞ。そこのルネちゃんみたいにのう」
「うぇえええっへへへへへへ」
いけない。変な声が出てしまった。お爺さんが大切な話をしているのに。
「孫娘が高校2年生の時に……彼女は、病気にかかってしまった。現代医学では治せない難病でな……助かる見込みはないと医者に言われたよ」
「えっ……! そ、そんな。あ! わ、私のハーブ。ブルーとレッドのハーブを使えば、病気を治せるかも……」
ブルーハーブは解毒の作用がある。全ての病気に効くわけじゃないけれど、ある程度の病気には効果があるはず……
「いえ、もういい……もういいんだ……ワシは現代医学では救えない孫娘を救うために探索者になった。探索者になれば、魔界の素材を手に入れることができる。魔界の素材にはまだ無限の可能性がある。だから、現代医学では、治せない病気も治せる可能性はあった……でも、そうはならなかった。ワシの孫娘は、もう……」
お爺さんは唇をぎゅっと噛みしめている。目が潤んでいて涙をこらえているようだった。お爺さんはその言葉の先を言わなかったけれど、彼の表情を見れば、孫娘の結末はわかってしまう。
「変われるものなら変わってやりたい。そう思っていた。でも、現実にそんなことができるはずもなく……ワシは空虚な心のままダンジョンに潜り続ける生活を送っていた。ただただ、ダンジョンに潜る作業。それをしなければ、進み続けなければ、立ち止まってしまっては、最悪なことを考えてしまいかねない」
お爺さんの心の痛みは想像すらできない。それほどまでに辛いことだと思う。妻と息子夫婦を失い、忘れ形見の孫娘も失うなんて。そんなに私にはとても耐えられない。
「そして、皮肉なことに……ワシも孫娘と同じ病気にかかってしまった……そう、ワシはもう長くないんじゃ」
「え? そ、そんな……」
「ははは。そんな顔しなさんな。ワシはもう十分生きた……十分すぎるほどに。まだ未来があるあの子とは違ってな……」
お爺さんは上を見て眉を下げて寂し気な表情を見せる。その表情の裏には、言葉では語り尽くせない程の悲しみを隠しているに違いない。
「うぅ……お爺さん! 悲しすぎるよぉ……」
「ワシは……これまで多くのモンスターを
お爺さんは嗚咽を漏らしながら、語り続ける。私も悲しくて切なくて、色んな感情が溢れてくる。
「だから、ワシは決めたのだ。死ぬ時はダンジョンで死のう。それはワシのせめてもの罪滅ぼしなのだと。そうすれば、そのダンジョンのモンスターはワシの魂で救われるのだろう?」
ダンジョンで死人が出れば、その死因に関わらず魂は魔界に回収される。そして、回収したボスモンスターに
「そして、ワシが死に場所に決めたダンジョン。それはこの深緑のダンジョンだ。動画で見たよ。ルネちゃんの姿を……亡くなった孫娘にそっくりだった。せめて、死ぬ前に1度ルネちゃんに会いたかった。そして、それはもう叶った。だから、もう思い残すことは……」
「ダ、ダメだよ! お爺さん! 死ぬだなんて……ほ、ほら。このブルーハーブとレッドハーブを調合した粉薬を飲めば病気だって……」
私がブルーハーブをむしろうとすると、お爺さんが私の肩に手を置いて、首を横に振った。
「もう、いいんだ。ルネちゃん。ワシは……もういいんだ。ワシは……孫娘を失った日から、今日までずっと、死に場所を求めて生きていた。そして、今日死に場所を見つけた。だから……ワシの魂をルネちゃんに託す」
お爺さんは懐から、なにか錠剤のようなものを取り出した。
「ルネちゃん。ワシの遺体はこの深緑のダンジョンに埋葬してくれ。そして……ワシの遺体の
お爺さんは少し古ぼけている赤いリボンを手にしていた。そして、それを左手でぎゅっと握りしめて胸元まで持って行った後に、右手に持っていた錠剤を口に含み、ガリっと噛んだ。次の瞬間、お爺さんは口から血をドバっと吐いた。
「がは……」
「お爺さん!」
私はお爺さんの体を抱いて、彼の容態を確認する。体を数回、痙攣させたのちに全く動かなくなり、体がガクっとした後にその体は急に重くなった。
「お、お爺さん……! やだよ! 死んじゃやだよ! ダメだよ! ダメなのに……!」
私は……ただ泣き続けることしかできなかった。ダンジョンにやってくる探索者を倒す。それが私の使命。それなのに、探索者が死んで魂が回収できて、嬉しいはずなのに……! どうして、こんなに悲しいの。
「ルネ様……」
「えっぐ、ひっぐ……! ぐすっ……」
翠華君が私に声をかけてくれたけれど……私はそれに返事することすらできずにお爺さんの遺体を抱えたまま泣いていた。私の大粒の涙がお爺さんの遺体にかかる。
「なんでい、良かったじゃねえの。人間の魂を回収できたんだか……ごふ!」
「貴様はしゃべるな」
翠華君がクジラのぬいぐるみに蹴りを入れる。けれど、そんなやりとりも気にならないくらい、私は悲しくて、何をしていいのかわからなかった。
芝 天帝。どうして、彼がこんな悲しい人生を辿って死ななければならなかったんだろう。家族を亡くして独りになった末路がこれだなんて。
「うぅ……わああああん! パパァー! ママァー! 会いたいよおおぉ!」
私の泣き叫ぶ声がボスフロア中にこだまする。家族と一緒にいられる時間は有限なんだ。だからこそ、私は今、家族が待っていてくれる家に帰りたくて仕方なかった。
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