第29話 ジジイすげえ、超つええ

「まずいな……」


「ん? どうしたの? 翠華君?」


 探索者がやってくるアラームが鳴ってから20分程が経過している。ダンジョンに探索者が来てくれるのは良いことだ。なにせ、探索者を倒せば魂の回収ができるのだから。それなのに「まずい」とはどういうことなんだろう。


「ボスフロアに何者かがやってきます」


「え、ってことは……! 第2層の花粉と蜂を突破したし、第3層の鉄壁の布陣も攻略したってこと?」


「ええ。青葉は何をしているんだ……それに、微弱な足音。この歩き方は気配を断つことになれている動き。かなりの手練れだと思われます」


 そうなんだ。私には全く足音なんて聞こえてこないや。あはは。


「来ます。ルネ様。私の後ろに隠れてください」


「う、うん」


 ボスフロアの階段から何かがヌッと出てきた。そして、その何かは……気づいたら、翠華君の目の前にいた。


 カキン! と鋭い金属がぶつかる音が聞こえる。老齢の男の人が刀で翠華君に斬りかかった。翠華君はそれをリーフブレイドで防ぐ。


「ちぃ……! 一瞬でも反応が遅れていたら、殺されているところでした」


「ふふ、なあに。お前さんを殺すつもりで斬りかかったわけではない。それくらいの素早い反応を見せてくれる。そう信じていたから……ワシも全力で臨めるというもの!」


 お爺さんと翠華君が物凄い速さで剣戟をしている。私はボスモンスターで基本的な身体能力は高い。だから、目で追うことが出来ているけれど、普通の雑魚モンスター視点では到底目に追うことはできない程の速さだと思う。


 翠華君の援護をしないと。私は、自分の体からトゲがついたツタを伸ばした。それで、お爺さんの動きを拘束しつつ、トゲ付きのツタで締め上げてダメージを与える。よし、完璧。お爺さん。悪く思わないでね。もう十分生きたでしょ?


 お爺さんはニヤリと笑った後に、刀を振りかざす。次の瞬間、私が伸ばしたツタがバラバラになってしまった。ツタは私の体と繋がってはいるものの、痛覚は繋がっていない。だから痛みはないけれど、ツタの再生には時間がかかる。中距離からの攻撃は防がれてしまった。


「く……ルネ様の攻撃も届かないのか」


「お嬢ちゃん。ワシに小細工は通用せんよ」


 ダメだ、全く援護できない。その間も翠華君と剣戟を繰り広げるお爺さん。心なしか、翠華君が後ずさりをしている。もしかして、このダンジョン随一の剣術使いの翠華君が押し負けている……? なんて強さなの。


「翠華君。横にずれて!」


 私は翠華君に指示をする。すぐに彼は私の意図を察して、退いてくれた。私の射線に入らないように。私は花を構える。その花弁から高速で種が発射される。私の必殺技の“シードバルカン”。これを防げる探索者は見たことがない。ついでにこの技を受けた探索者も。


 お爺さんは刀を構えて、それをくるくると回転させた。その動きは、動画で見たことがある。そう! それは、人間界にある扇風機のよう。お爺さんの扇風機が私の種子の弾丸を弾き続ける。


「ぐぬぬ。この技も効かないの!?」


 私のシードバルカンの勢いがどんどん弱まっていく。そして、全てを出し尽くしてしまった私の花は力無くしおれてしまった。


「どうした? お嬢ちゃん。もう“タネ”はおしまいかのう?」


 ぐぬぬ。微妙に上手いことを言いおって。私が悔しがっていると、いつの間にか、お爺さんの死角に回り込んでいた翠華君が攻撃を仕掛ける。視覚の外からの攻撃にお爺さんは、一瞬反応が遅れる……が、それでもお爺さんの頬に翠華君のリーフブレイドが掠っただけだった。


「おっと。危ない。やれやれ。流石に2人がかりはキツいのう。全盛期はSランクダンジョンのボスも倒せたのに……歳は取りたくないものだ」


「なんだと……! Sランクダンジョンだと。通りで強いわけだ」


 Sランクと言ったら、私よりも遥かに強いモンスターがボスを務めるダンジョンだ。そ、そんな人がなんで、Dランクのダンジョンに……こんなのひどすぎる。いくらなんでも、やりすぎだ。


「貴様! なぜそれほどの力があるのに、このダンジョンにやってきた!」


「ほっほっほ。いいだろう。答えてやろう。ワシがこのダンジョンにやってきた目的。それは素材集めでも己の名誉のためでもない。そこのボスモンスター。それが目的じゃ」


 私が目的……?


「な……ルネ様の首が望みだと。ふざけるな。私の目が黒い内は……」


「え~やだ~。私が可愛すぎるから、私目当てで会いに来てくれたの? そんな面と向かって言われると照れちゃうよ。うぇええへえええへっへっへ」


「ルネ……様?」


 いやー。やっぱり、私の可愛さを余すことなく配信しちゃったから、こういう探索者もいつかは来るんじゃないかなって思ってたんだ。まあ、来ちゃったものは仕方ない。だって、私が可愛すぎるから。


「ルネ様。そんなわけないじゃないですか」


「その通り。ワシは動画でルネちゃんの姿を見て、このダンジョンに入ることを決めたのだ」


「へ?」


 翠華君が驚いた顔をしている。それにさっき「そんなわけない」とか言ってたし、随分と失礼だなあ。ちょっとおこポイントだよ。


「そんな嘘に騙されるか。油断させて私たちを……!」


「翠華君黙ってて」


 嘘と言い切られるとちょっと悲しい。翠華君は私をなんだと思っているんだろう。


「しかし、ルネ様……!」


「この人の強さは本物だよ。油断させなくても私たちを倒すことはできる。なら、油断させる必要はないんじゃない?」


「む……それは確かに」


「というわけで、お爺さん。私に会いに来てくれたんだったら、お話でもしようよ」


「はっはっは。探索者相手に対話を求めるとは珍しいモンスターだな」


 お爺さんは日本刀を鞘の中に入れた。完全にこちらに対する敵意がなくなった。それを見て、翠華君も矛を収めてくれた。


「ワシの名は、芝 天帝……今年で78歳になる天涯孤独の老人だ」


「天涯孤独……?」


「血縁関係にある者が1人もいない人のことです」


「そうなんだ……それは悲しいね」


 私もこうして血縁関係があるパパとママと離れているけれど、あの2人はまだ生きている。私が魔界に帰れさえすればまた会えるんだ。


「少し、昔話に付き合ってくれんかのう。お若いモンスターよ」


「手短に頼む。年寄りは話が長いからな」


「こら、翠華君! 失礼でしょ。どうぞ、好きなだけ語ってね。芝さん」


「はっはっは。では、お言葉に甘えるとしよう」


 翠華君の失礼な物言いにを笑って流してくれた。この人は良い人なんだな。


「あ、そうだ。その前に、折角だからハーブティーでも飲む? レッドハーブで淹れたお茶は最高に美味しいんだよ」


「そうか。それではお言葉に甘えるとしよう」


「翠華君。私は今からハーブティーを淹れてくる。芝さんと2人きりになるけど、喧嘩しちゃダメだよ」


「はい。仰せのままに」


 私は自室に戻って、お湯を沸かす。その間に暇だし、なんか戦いの緊張も抜けてきたのか、ちょっと大きめの欠伸をしてしまう。


「よお。ルネ様。なんか外が騒がしかったけど、なんかあったのか」


「ああ、アンタ。いたのね」


 私の部屋にクジラのぬいぐるみがいて、話しかけてきた。全く戦闘に参加する気がないその素振りは逆に大物の風格を感じる。


「アンタもハーブティー飲む?」


「おお、いいねえ」


 ぴょんぴょん跳ねるクジラのぬいぐるみ。しゃべらなければ可愛いんだけどなあ。


 私はハーブティーが入ったティーポットと4人分のティーカップをトレイに乗せて、クジラのぬいぐるみと一緒にバトルフィールドに向かった。

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