第28話 最強の助っ人
私はエージェントビオラ。かつては、探索者の中堅どころとしてそれなりに有名だった。しかし、近頃の私の評判は悪くなる一方である。なにせ、小学生探索者ですら持ち帰った素材、レッドハーブを手に入れることができずに、しかも死人を3人も出してしまった。探索者の死は自己責任とはいえ、リーダーとして無能の烙印を押されている感じはしないでもない。
けれど、それも今日までだ。なにせ、今日の私には強い味方がある。歴戦の探索者。
「あなたの目標はレッドハーブ……そうですね」
「ええ。芝さんはどうして私に同行してくれたんですか?」
「私の目的は……アルラウネのルネ。彼女ただ1人です」
私は生唾をゴクリと飲んだ。この人はボスモンスターを倒すつもりでいる。ボスモンスターを倒した場合、ダンジョンの機能は停止するが、その間に素材を根こそぎ取り放題となる。それを狙っているのだろうか。
この人が強いことは見ただけでわかる。立ち居振る舞い。そんの少しの所作にも隙がない。ハッキリ言ってこの人を前にしたら、私は人間で良かったと思う。もし、ダンジョンに住むモンスターで、芝さんがダンジョンにやってきたのなら……死を覚悟するレベルである。それ程までにツワモノのオーラが出ている。
「では、参りましょうか」
「はい」
芝さんを先頭にして私たちは深緑のダンジョンへと入った。ダンジョン内の第1層は相変わらず優しい仕様である。このまま通り過ぎよう。そう思っていたら、急に芝さんが日本刀を勢いよく抜いた。
「わ! し、芝さん……?」
数刻後、天井からなにやら植物がボトっと落ちてきた。これは人食いサラセニア……! まさか、居合だけで天井にいるサラセニアに斬撃を飛ばして斬ったとでも言うの……! なんて凄まじい力。人間離れしすぎている。これが、歴戦の探索者の力……!
「ふむ。この素材は使えそうもないか」
あまりの芝さんの強さにウサギたちも口をあんぐりと開けて驚いている。モンスター視点では、強い探索者の存在は絶望でしかない。だが、芝さんはウサギには目もくれずに第2層の階段があるところへと進んでいく。
◇
第2層。私は防護服を装備して蜂に備えた。芝さんは花粉症を持っていないのか特に顔面を覆う防具を装備していない。すぐに芝さんの元に蜂がやってきた。そして、またもや居合で蜂を迎撃した。たった1回抜いただけで、10匹程度の蜂がバラバラになって地面へと落ちた。
仲間が無残にやられた蜂はそのまま逃げだす。たった一瞬で決着をつけるなんて流石すぎる。やはり、芝さんを雇って正解だった。
蜂さえいなくなれば、第2層は楽勝である。そのまま、第3層へと向かった。ここから先は未知の領域。どんな強敵が私たちを待ち受けているかわからない。
芝さんは第3層に辿り着くなり、刀を構える。私たちの眼前に現れたのは……銃士の姿をした女性だった。身長は160センチの私よりも一回りほど小柄である。
「人間たちに告ぐ。いますぐ立ち去れ。攻撃禁止エリアから出た瞬間……」
銃士のモンスターが良い終わる前に芝さんは攻撃禁止エリアから出た。
「ちょ、な、何してるの!」
銃士の女性モンスターが慌てている。そして、芝さんが刀を抜いて、モンスターに斬りかかった。モンスターは慌てて手に持っている花弁を模した剣で刀を防いだ。
「ちょ、あ、危ないじゃないの! た、たんま! 目的の素材があるなら持って行ってもいいけど、私は殺さないでよ!」
なんかモンスターが滅茶苦茶言っている。探索者相手に命乞いをするなんて。でも、賢明な判断かもしれない。芝さんとまともにやりあっても勝てる確率はほぼほぼない。
「それを信用できるか……? 油断させて背後からその得物で一突きしない保証がどこにある!」
芝さんは刀を振るう。次の瞬間、モンスターの持っている剣が真っ二つに折れてしまった。
「んな……! ここは撤退!」
銃士のモンスターが逃げる代わりに第3層の別のモンスターが芝さんに襲い掛かる。獣系のモンスター、虫系のモンスター、植物系のモンスター。そのどれもが……芝さんにとっては相手にならなかった。
私は芝さんが戦っている隙に、素材を探した。赤い色をした葉っぱ。……うん。あった。レッドハーブだ。これを持ちかえれば、私のミッションはクリアである。
「芝さん。私は目的のものを手に入れました。これからどうしますか?」
「私は……このままボスフロアを目指します」
ハッキリ言えば付き合いきれない。芝さんならボスモンスターにも勝てるかもしれない。けれど、私が流れ弾とか食らって死なない保証はない。深緑のダンジョンのボスモンスターが倒されるところは見てみたくはあるけれど……まあ、命の方が大切だ。
「そうですか。私はもう帰ります」
「ええ。わかりました。気を付けてお帰り下さい。ダンジョンは帰り道も危険ですから……ね!」
複数のモンスターたち相手に刀を振るう芝さん。その一騎当千ぶりや、それこそ動画に映して配信したいところである。だけど、私にはもう関係ないことだ。
「芝さん。生きて帰ったら、ご連絡下さい。報酬はお支払いしますので」
「ええ」
こうして、私は芝さんと別れて深緑のダンジョンを後にした。バッグいっぱいのレッドハーブを依頼主のところに届ける。これで私の評判も元に戻ることだろう。
◇
「レッドハーブを持ち帰りました」
私は依頼主に例のブツを見せた。依頼主は「おお」と声をあげ、レッドハーブを確認する。
「これはまさしくレッドハーブ。これさえあれば、我が社の健康食品の効能もアップするというもの。量も十分です。お疲れさまでした。エージェントビオラ。あなたに頼んで正解だったみたいです」
担当者の女性がニッコリ微笑んでくれる。良かった。命の危険がある仕事だけど、探索者は現代では欠かせない仕事である。依頼主に満足してもらう瞬間、それに勝る喜びはない。
「それでは、こちら報酬の小切手です。お受け取りください」
「はい」
依頼を受けていたのは私なので、報酬を受けとるのも私。ここから、協力者の探索者に分配することとなっている……が、芝さんからの連絡はまだない。
「エージェントビオラ。あなたは、誰と一緒にダンジョン探索をしたんですか?」
「そうですね。歴戦の探索者。芝 天帝さんです」
「芝……天帝……さんですか。彼はまだ探索者ができる体だったんですね? というか生きていたんですね」
「ど、どういうことですか?」
なんか担当者の女性が色々と含みがあることを言う。まだ生きている……? まるで死んでいる方が自然みたいな言い方だ。
「彼は、3年前に余命半年の病気を宣告されていたんですよ」
「な、なんですって……!」
それは確かに死んでいてもおかしくない。というか、死んでない方がおかしいレベルだ。
「ええ。ですが、余命はあくまでも目安。余命半年と宣告されて、その後10年、20年生きる人もいます」
「では、きっと病気が治ったのでしょう。彼の強さは病気をしているとは思えませんでしたから」
あれで余命宣告の期間を過ぎている人とは到底思えない。まあ、80歳近い老体の動きとも思えないけれど。
「だと、良いんですけどね。彼はダンジョンができた当初。黎明期から探索者として活動していました。そこまで生き残れたのは正に彼の実力あってのこと。引退してもおかしくない年齢で未だに現役なのは本当に頭が下がります」
担当者の女性がポツリと言う。確かに、私も同じ探索者として、先輩である彼には尊敬の念がある。私は結婚したら探索者は辞めるつもりだけれど……生涯現役か。考えたくはないかな。
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