第27話 ミッション:ワタキセイグモの捕獲

「エージェントビオラ……キミはたかが、Dランクダンジョンにてこずっているようだが?」


「う、申し訳ありません」


 私の依頼主が不機嫌に机を指でトントンと叩いている。この私もまさかDランクダンジョンでここまで苦戦するとは思わなかった。


「まあ、良い。レッドハーブの入手ミッションは引き続き行ってもらう……ついでに、追加のミッションをキミに授ける」


「追加のミッション? なんでしょうか?」


「実は、私の娘がな。深緑のダンジョンの素材にあるワタキセイグモが欲しいと言い出したのだ」


「はあ……あのぬいぐるみをしゃべらせるやつですか。あんな可愛くないものが欲しいんですか?」


「生意気なのが逆に可愛いんだそうだ。ウザ可愛いというやつだな。というわけで、ワタキセイグモも入手出来たら、これまでの失態は全て水に流そう」


「はい。必ずや、ワタキセイグモとレッドハーブを手に入れてみせます」


 私は意気揚々とこの会議室から出た。ん? 待ってよ。自分の娘のために私に依頼をする……それって公私混同の職権乱用ではないかと私は訝しんだ。



「こちら、エージェントビオラ。これより、深緑のダンジョンに入ります」


 蜂と花粉対策にフルアーマー防護服を身に着けて、いざダンジョンに突入。機動力が落ちるデメリットはあるものの、やはり初見のダンジョンを攻略するには重装備の方が安定感がある。ダンジョンでは何が起こるかわからない。しっかりと入念に準備をするに越したことはない。


 第1層は相変わらず楽勝だ。設置してある宝箱も罠だとわかっていればかからない。


 肝心の第2層に足を踏み入れる。大丈夫。この防護服は蜂の攻撃を寄せ付けない。それに頭全体もビッチリ覆っているから花粉も効かない。完璧な装備だ。


 攻撃禁止エリアから出た途端、蜂が私に襲って来た。大丈夫。来るとわかっていたらなんてことはない。昆虫系のモンスターは基本的に知能が低いから、動きが単調である。本能に忠実、反射的に行動するので、反応速度は速いが……動きが分かっていれば先読みするのは容易い! 私は持っているナイフを手にして蜂を確実に迎撃していく。


 数十匹ほどの蜂を狩り続ける。蜂もこのままでは全滅だと悟ったのか、撤退していく。ふう。防護服の損傷はなし……蜂さえ突破できれば、この第2層はクリアしたも同然だ。


 さて、このエリアを詳しく調べてみよう。もしかしたら、目的のアイテムがあるのかもしれない。私は、ダンジョンに持ち込んだ熊のぬいぐるみを地面に置いてみた。


 ワタキセイグモは綿を発見するとすぐに寄生する習性がある。この第2層にいるならすぐに食いつくはずだ。


 しばらく待っているとぬいぐるみがビクっと動いた。寄生したかと思って、私はぬいぐるみを抱えた。


「ひ、ひい……誰!?」


 なんだろう。ワタキセイグモは動画だと結構生意気な感じだったのに、これは随分と気弱そうな性格っぽいなあ。


「大丈夫。私は別にキミを殺そうだなんて思ってないから。ただ、ちょっとダンジョンの外にお持ち帰りをするだけ」


「う、そ、そんな。僕を誘拐するつもりなんて……!」


 そうか。防護服を着ているから私の可憐な姿が見えないのか。ならば、仕方ない。私はぬいぐるみの視線を顔まで近づけて、顔がのぞける範囲まで持ち上げた。これで、美しい私の顔が見えるから警戒も解けるはず。


「ひ、ひい。みんな! 助けて! おばさんに誘拐される!」


「てめえ!」


 私は思わずクマのぬいぐるみを地面へと叩きつけてしまった。「ぎゃ」って声がしてクマのぬいぐるみはピクリとも動かなくなった。しまった。つい、感情に任せてぬいぐるみを投げつけてしまった。冷静な私としたことがなんという失態。


 私は慌ててぬいぐるみを拾い上げた。大丈夫かな? 寄生は解けてないかな?


「あ、んだ。このババア。オイラに何の用……へぶあ!」


 ふう。私は何も見てない。何も聞いていない。衝撃で一旦寄生が外れて別の個体が入ってしまったのか。ふう、冷静な分析完了。さて、2回もぬいぐるみを地面に叩きつけてしまったけれど、次に入っている個体はまともだといいな。そう思い、ぬいぐるみを拾い上げる。


「やあ、美しいお姉さん。あなたと出会えて光栄です」


「まあ、なんていい子なの」


 よし、ワタキセイグモの厳選終わり。この子を持ちかえれば、娘さんもきっと満足するでしょう。


「いい子ですか?」


「そうだよ。女性に対しておばさんだなんて言わない時点でかなりポイント高いよ」


「はは。当然です。紳士たるもの女性に対してそのような無礼なことを言ってはいけませんからね。いくら、この僕を持ち上げているのが、本当におばさんだとしても……ぶぼあ!」


 危なかった。変な個体を持ち帰るところだった。それにしても、まともな子はいないのかな? 2度あることは3度ある。でも、4回目は同じことはないはず。今度こそ私のことをおばさんだと言う頭おかしい子が来ないはず。私はまたぬいぐるみを拾った。


「おぉ、そこのお若いお嬢さん」


「や、やだぁ。もうお嬢さんだなんて」


「ふぉっふぉっふぉ。いやいや、ワシに比べたら若いて」


 なんか“ワシに比べたら”が引っ掛かるけれど、とりあえず合格。ちょっとお爺さん臭いけれど、まあ、それも愛嬌ってやつか。


 とりあえず、目的のブツの1つ目は回収した。このまま第3層に向かっても良いけれど、ダンジョン攻略の基本は無理はしないことだ。なにせ命は1つ。ゲーム感覚で散らして良いものではない。一旦はダンジョンから抜け出してこのワタキセイグモを部長に届けよう。



 私はワタキセイグモ入りのクマのぬいぐるみを持って、依頼主の会社へと向かった。私の名前を告げると……現れたのは例の部長ではなくて別の人だった。今度は私より少し年上くらいの女性だ。


「あなたがエージェントビオラですか?」


「え、ああ。はい。その……担当者が変わりました?」


「ええ。前の部長は懲戒免職になりました」


「懲戒免職!?」


 な、なにを言っているんだこの人は。


「なんでも、会社のお金を横領したとかで。刑事罰も視野にいれて係争中です」


 うん。まあ、そうなるだろうね。娘のために会社のお金を使って依頼してきたんだから……あれ? ってことは、このぬいぐるみは……


「あ、あの。前の部長との依頼は……」


「ああ、レッドハーブの件ですね。回収できましたか?」


「いえ、まだです。でも、ワタキセイグモは回収しました」


「ふぉっふぉっふぉ。これまたお若いお嬢さんじゃのう。眼福じゃ」


 クマのぬいぐるみが新しい担当者の人を見てなにか言ってる。


「はあ……我が社としてはレッドハーブ以外いらないのですが。なにせ我が社は食品会社。ぬいぐるみ会社でもオモチャ会社でもありません」


「で、でも、前の担当者との契約では……」


「それは、会社としての契約ではなくて、私的な契約でしょう。我が社に言われても困ります」


 ぐぬぬ。なんてことだ。私はこんな需要がない素材を持ち帰るためだけに深緑のダンジョンに入ってしまったのか。


「まあ、違約金とかは元部長にでも請求しといてください。損害賠償を請求されている最中の彼にそんな余裕があるのかは知りませんが」


 ああ、もう全てわかったよ。これ絶対にお金を回収できないやつだ。ない袖は振れないってやつだ。


 私はがっくししたまま、会社を後にして近くの公園のベンチでうなだれた。こんなことなら、多少は無理してでもレッドハーブも回収しておくべきだった。


「まあ、ドンマイドンマイ。お若いお嬢さん。人生は思ったよりも長い。また次がありますじゃ」


「ごめん。今はそっととしといてくれると助かる……」

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