第26話 しゃべるぬいぐるみ

「あー。ヒマだー。なあ、ルネ様よー。何か面白いことないのか?」


 私の愛らしいクジラのぬいぐるみに寄生したワタキセイグモがなんか言っている。見た目は可愛いクジラのぬいぐるみなのに、態度が全然可愛くないのは相変わらずである。


「おい、クモ風情がルネ様に不躾な口をきくでない!」


 翠華君がリーフブレイドをクジラのぬいぐるみに向ける。


「ちょっと。翠華君。態度はこんなんでも、このぬいぐるみは私の大切なものなんだから、そんな物騒なものを向けないでよ」


「む、それは失礼いたしました」


 翠華君が文字通り、矛を収めてくれたので私は一安心した。


「まあ、退屈な気持ちもわからないでもないけれど。話相手がいるだけマシだと思ってよ。ちょっと前の私なんか、ずっと1人でこのボスフロアに閉じ込められていたんだから」


「ルネ様……おいたわしや」


 翠華君が私の気持ちに立ってくれる。優しい。


「そもそも、ワタキセイグモって素材なんだよね? だったら、探索者に持ち替えられる可能性があるってこと?」


「そうですね。ルネ様。そもそもモンスターと素材の決定的な違いとは、理知の有無なのです。例えば、コウキンコオロギは本能に従って動いているので理知がありません。だから、理性、知性共にある我々モンスターとは違って、素材として扱われるのです」


 一応は、コウキンコオロギも生きているのに……なんか可哀相。


「では、ワタキセイグモはどうなのかと言うと……寄生してない状態だと理知が認められないのです」


「そうなの?」


「まあ、そうだな。このクジラに寄生する前の俺は、なにか綿状のものに寄生したいって本能しかなかった。こうして、意識というか理知というものを持てたのは、このぬいぐるみに寄生してからだ」


 なんか衝撃的なことをサラっと言っているな。


「モンスターとして認められるには、常に理知がある必要があります。なので、ワタキセイグモは寄生している時しか理知がないので素材という区分になります」


「まあ、素材扱いも場合によっては悪くないんだよな。なにせ、モンスターはダンジョンの外に出ることはできない。けれど、俺は探索者に持ち帰りさえされれば、ダンジョンの外に出ることは可能だから」


「あ、そうか。素材は持ち帰るんだから、逆に考えればダンジョンの外に出る手段があるんだ」


 素材扱いが可哀相とか言ったけれど、ダンジョンの外に出られるのはちょっと羨ましいかも。あれ? もしかして、素材>モンスター>ボスモンスターって感じでどんどん扱いが悪くなってたりしない……?


「でも、ちょっと待って。寄生してない時は理知がないんだよね? だったら、どうして、キミは篠崎さんのことを知ってたの?」


「ああ。篠崎って人が第2層を視察した時に、一旦俺をぬいぐるみの中に入れたんだ。マネージャーでもダンジョン内で素材を使用する分には制限がないからな。俺を使ってぬいぐるみに意思を持たせることも可能なんだ。まあ、そこで色々と教えてもらって、その時の記憶が残っているってわけ」


「へー」


 そう言えば、篠崎さんにダンジョン内での素材をいくつか試させて欲しいってお願いされたことはあったっけ。一応、ハーブ以外は好きにしても良いって言ったから、私の許可があれば、マネージャーはダンジョン内でも素材を使えるのかあ。


「そうだ! 良いこと思いついた! ワタキセイグモを動画で撮影してアピールするんだよ!」


 我ながら良いアイディアである。なにせ、私が呼んだ漫画の中にも、ぬいぐるみに魂が宿る漫画があった。つまり、人間はぬいぐるみに何かが宿る展開が大好き! これは流行る!


「おお、それは良いアイディアですね。流石はルネ様」


「おいおい。それじゃあ、俺たちの仲間が大量にダンジョンの外に連れ出されてしまうじゃないか」


「良いじゃない。どうせ、ダンジョンにいたってやることがないんでしょ? 外の人間界にいた方が幸せってものよ」


 というわけで、私は翠華君に撮影を頼んで、このクジラのぬいぐるみと戯れることにした。


「こんにちは。深緑のダンジョンのボスモンスター。アルラウネのルネです。今日、紹介する深緑のダンジョンの素材は……ワタキセイグモ。このクモに寄生された綿は意思を持つようになる。つまり、ぬいぐるみとかに寄生させると喋ったり、動いたりできるようになるんだ」


 私はクジラのぬいぐるみに視線を落とす。そして、一言。


「きゃー。クジラちゃーん。かわいい~」


「ふざけんな。俺は男だ。可愛いなんて言うんじゃねえ!」


「ちょっと。なにそれ。見た目は可愛いのに! 全然可愛くない!」


 クジラのぬいぐるみがぴょんぴょん跳ねて移動している。この動作は可愛いんだけどなあ。


「このように、ご家庭のぬいぐるみにも寄生させれば、話し相手になってくれます。だから、この素材を手に入れるためにダンジョンにおいで。待ってるからねー」


 こうして動画撮影を終えた。例によって、ダンジョン内のクソザコ回線ではアップロードに時間がかかるため、編集やらエンコードやらアップロードやらは篠崎さんに頼むことにした。


 アップしてから数日後。私たちは動画についたコメントを確認した。


『ぬいぐるみが喋るようになるのは面白いけど、性格がクソすぎる』

『口悪いな。このぬいぐるみ』

『コンセプトは面白いけど、キャラクター性が絶望的に悪い。0点』

『うーん、もっと可愛げがある性格だったら、娘のためにダンジョンに潜ることを検討したのに』


「なんでよ! アンタのせいで、酷評されてるじゃない!」


「人にせいにしないでくれよお」


「せめて、動画中は可愛く演技するとかできないわけ!?」


 私はクジラのぬいぐるみと口論をしてしまう。折角、いい素材を宣伝できたと思ったのに、これでは台無しである。


「まあまあ、ルネ様。中には好意的なコメントもありますよ」


『ぬいぐるみがピョンピョン跳ねるのが可愛い』

『しゃべらなければ動くぬいぐるみとして需要があるかも』


「ふむふむ……なるほど。確かに喋らなければ可愛いかもね」


「やだ。俺は喋る。折角、理知を手に入れたんだ。思う存分喋りまくるんだい!」


 一見ワガママを言っているように見えるけれど、このクモは寄生してないと自分の意思すら持てずに喋ることもできないんだよねえ。そう考えるとなんか可哀相な気がしてきた。こうして、口が悪いのも、もしかして私たちの気を引くためにやっているんじゃないのかなって……そう思うとなんか憎めなくなってきたな。


「俺には意思があるからこんな卑劣なことだって言えるんだぞ。ルネのバーカ、アーホ! ドジ! 間抜け!」


 うんうん。子供みたいな悪口で普通に可愛い。私は大人だから、子供みたいな悪口では怒らないのだ。


「ブース!」


「殺す!」


 気づいたら私の手はクジラのぬいぐるみを締め上げていた。このまま頸動脈を切ってやろうか!


「ル、ルネ様。落ち着いて下さい。そのぬいぐるみは大切なものではなかったのですか?」


「ハッ」


 翠華君の静止で私は平静を取り戻した。危ない。大切なぬいぐるみを散り散りのバラバラにするところだった。


「へへへ、やーい。俺がこのぬいぐるみに寄生している限り、手出しできないだろ。へへーんだ」


「ぐぬぬ。なんて卑劣な……!」


 可愛いクジラのぬいぐるみを人質に取られてしまっては、こちらも攻撃ができない。他人の大切なものに寄生するだなんて、相手にしてみるとかなり厄介な能力だ。


「アンタ、覚えておきなさいよ」


 私に向かってブスと言った罪。絶対いつか償わせてやるんだから!

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