第25話 現実でも花粉耐性欲しい人いるよね?

 ダンジョンで探索者が死ねば溜まるSPソウルポイント。私が根城にしているこの深緑のダンジョンでは、現在894ポイントが溜まっている。


「いやー。やっぱり、私の天才的手腕によって、ダンジョンのSPがどんどん溜まっていくんだねえ」


「ルネさん。お言葉ですが、他のダンジョンと比較しても溜まるのは遅い方かと」


「わっつ!?」


 篠崎さんがなにやらタブレットを操作して画面を見せてきた。なになに……? 『格ダンジョンのSP増加量のデータ推移』


「このデータによりますと、今週の週間1位のSP獲得量は9800ポイント。先週は8900ポイント。大体、8000~10000の間が週間1位の範囲というわけですね」


「週間で1万!? え? うそ。年間の間違いじゃないの?」


「ちなみにここ最近の深緑のダンジョンのSP獲得量は週間で大体300前後ですね。ルネさんが30週かけてようやく溜まる量のSPを1週で稼ぐダンジョンがあります」


 いざ数字として出されると悲しいものがある。最近やっと伸びてきたと思ったのに……!


「あ、で、でも、それってトップ層がおかしいだけで、私も平均値くらいはあるんじゃない?」


「平均値は3300。中央値でも3100なので、ルネさんの数値は非常に低いです」


「ぐぬぬぬぬぬ!」


 低いって言うならまだしも、非常に低いってどういうことなの。


「で、でも。最低値! いくらなんでも私は最低値ではないでしょ?」


「そうですね。最低値は0を除けば、200前後ですね。探索者の魂の質によって多少はSPが変動しますが……200前後は最も魂の質が低いグループと言えるでしょう。つまり、1人倒せば達成できる数値です」


 そういえば、ずっと疑問に思っていることがあったから、この際聞いてみよう。


「魂の質って具体的に何を基準に算出されるの?」


「そうですね。私も詳しい評価方法は知りません。なにせ、その査定を行うのはは魔界のとある機関で評価基準も公開はされていませんから。ただ、ボスモンスターの話によると、手強い探索者ほど魂の質が高い傾向にあると言えるでしょう」


 なんか死んでまで、魂の質が格付けされるのってなんか嫌だなあ。人間はモンスターと違って上位種とか下位種って概念はないみたいだけど、こうして数値として差を出されると人間の命って平等じゃないんだなあと思い知らされてしまう。


「ん? 待って。このダンジョンの週間の平均値って大体300だよね?」


「ええ。そうです」


「1週間で1人くらいしか倒せてないって計算にならない?」


「そうですね。でも、魂の質は最低レベルよりいくらかは上ですので、お得ですね」


 まあ、確かに200じゃなくて良かったとは思うけれど、どうせ死ぬならもっと魂の質が高い人に死んで欲しい。


「ルネさん。そんなことより、今はこの限られたSPを使ってダンジョンを強化する方向を考えましょう。ダンジョンが強化されれば、探索者が増えるかもしれませんよ」


「そうだね。この中途半端なランク帯から脱出するのが魔界に帰還する近道だよね」


 とは言っても900弱のSPを使って、どうやってダンジョンを強化すればいいのかわからない。ダンジョンの拡張はできないし……


「素材を強化して探索者を呼び寄せる方向か……それとも、モンスターを強化して探索者との戦闘に勝つ方向。どっちかに絞った方が良いのかな?」


「そうですね。やはり、このダンジョンで最も勿体ない部分は第2層と言えるでしょう。そもそも、ここは花粉が充満している部屋です。探索者によっては大幅な弱体化が望めます」


「そんなに酷いの? 私、花粉症じゃないから良くわかんないや」


「それについては、第2層のフロアボス。木の精さんからの証言があります。今から読み上げますね」


『第2層までやってきた探索者の内、花粉攻撃が効いた探索者は大体その場で1分から2分程立ち止まる。恐らく、花粉攻撃が辛い中、前に進むか、帰還するかの択を強いられているからであろう。

 つまり、他にモンスターがいる状態であるならば、花粉で足踏みしている間に攻撃を仕掛けることで弱体化した探索者を狩ることができる』


「とのことです。いかがですか? ルネさん」


「おお! ナイスアイディア! やっぱり、花粉耐性は必須だね」


「問題は、花粉耐性を誰に付与するかですね」


「そうだね。とりあえず、必要なのは探索者が戻るという選択をした場合に逃がさないようにする何かが欲しいね。例えば、スピードと殺傷能力を併せもったモンスターが、速攻で探索者を倒すとか!」


 我ながら良いアイディアである。これなら篠崎さんも絶賛するはず。


「うーん。スピードと殺傷能力ですか。となると、第3層のモンスターを第2層に移動させるということですか?」


「あ……そうか。第1層のモンスターは強くないから、必然的に第3層のモンスターを移動させちゃうことになるのかあ……うーん。第3層のハーブを守るモンスターが減っちゃうのは痛いかなあ」


「そもそもの話、第2層で探索者を始末すれば、第3層のハーブを必然的に守れるという考え方もできますけどね」


「あ、それいいね! 採用!」


 というわけで、花粉耐性(消費SP700)を誰に与えるべきか真剣に考えてみることにした。一応は、第2層のフロアボスである木の精の意見も聞いてみることにしよう。よし、第2層に移動だ!



「……って話の流れで、花粉耐性を付けたモンスターをここに配備することにしたの。木の精は、どう思う?」


「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃのう。ワシとしては、可愛い植物系のオナゴに花粉をまき散らしたいのう」


「それはセクハラが過ぎるでしょ。次そんなふざけたこと言ったら、翠華君に頼んで切り倒してもらうよ」


 植物系は基本的に花粉に耐性があるのだけれど……正直、他人の花粉なんて浴びたくないというのがみんなの共通認識だ。という訳で、配置をするなら獣系か虫系になっちゃうのかな。


「まあ、ワシとしては花粉の運び手となってくれる虫のモンスターが理想かのう。蜂とかおらんのか?」


「蜂ねえ。ウチのダンジョンには、ホーネット・クラスターズがいるけど。それで良い?」


「おお、全然構わんぞい。いやはや、ありがとうございます。ルネ様」


 というわけで、木の精の意見も聞いてHホーネットCクラスターズに花粉耐性を与えた。そして、彼女たちの配属も第3層から第2層へと移動になった。



「こちら、エージェントビオラ。これより、深緑のダンジョンに入ります」


 私は、依頼主にダンジョンに入ることを告げると、前回と同じパーティで深緑のダンジョンに潜った。第1層は相変わらず、モンスターがこっちに向かってこない。ただ、トラップに嵌めてやろうっていう、戦闘する気を全く感じられない構造となっている。


「花粉対策のマスク。ヨシ! では、いざ第2層へ」


 情報によると、第2層は花粉対策さえしていれば楽勝とのことだった。私が花粉症でさえなければ、楽に突破できていたであろう。私、可乃子、ユリ、力合の4人は第2層の攻撃禁止エリアを出て、先へと進んだ。


「はっはっは。この花粉を完全にガードするマスクさえあれば恐れるに……」


 なんか昆虫の羽音が聞こえてきた。おかしいな、このフロアにはモンスターはいないはず……


「な、ハ、ハチだ! うわああ」


 力合が腰を抜かす。可乃子が蜂に立ち向かおうとするも、すぐに蜂の集団に取り囲まれて刺されてしまった。


「うぐ!」


「可乃子さん! この!」


 ユリが弓矢で飛んでいる蜂に攻撃を仕掛けても蜂は矢を躱してしまう。確か、魔界の蜂のモンスターは上位種にもなると気流の動きを感知して飛び道具を反射的に避けると言う。やばい。


「みんな、撤退するぞ!」


 私はすぐに撤退指示を出した。しかし、時すでに遅し。私以外のメンバーは蜂に刺されてしまい、麻痺毒を食らって動けなくなったようである。私は辛うじて第1層に逃げ出せたけれど、後の3人は――


「くっ……蜂のモンスターがいるなんて情報はなかった。ダンジョンが強化されているとは」


 ダンジョンが強化されるのは珍しいことではない。完全にこのダンジョンを侮っていた。

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