第24話 エージェントビオラ

 薄暗くて重苦しい会議室にて私は呼び出された。とある健康食品会社、そこの部長が私の依頼人だ。


「エージェントビオラ君。キミには、とあるダンジョンに自生しているレッドハーブを採取して欲しい」


「レッドハーブですか。聞いたことがない素材ですね」


 数多のダンジョンを潜り抜けた探索者の私でも聞いたことがない素材である。一体どこのマイナーダンジョンなんだ?


「そこのダンジョンの情報は少ない。だが、ボスフロアまで踏破した少年がいるという」


「その少年の情報は?」


「私は食品会社の人間だ。そんなものを調べられる能力はない」


「なるほど。では、調査はこちらで行っておきます」


「探索者のメンバー編成はそちらに任せる。だからなんとしてもレッドハーブを取ってきて欲しい」


「ええ。わかりました。このビオラにお任せを……!」



「それじゃあ、太陽。また明日な」


「うん。またねー」


 いた。独自の調査で割り出したダンジョンの生還者の少年。新緑のダンジョンから帰還した者は数名いるが、いずれも第2層で一旦引き返しているというデータがある。神木 太陽。彼から詳しい話を聞く必要がありそうだ。


 しかし、子供にいきなり話しかけるのは警戒されてしまう。なにせこのご時世。大抵の子供は「知らない人に声をかけられても付いていってはいけません」と教育されている。いくら、私が美人でナイスバディで見た目から優しさが溢れ出ているような聖母のような女性でも、子供にいきなり話しかけると不審者感が出てしまう。ここは、きっかけを作らないと。


 そう悩んいる内に少年は横断歩道を渡り向こう側の歩道へと移ってしまった。私が気づいたタイミングで信号が赤に変わり、追いかけるのは無理になった。


「な、なんてことだ……! この天才的な頭脳を持つ私にあるまじき失態……!」


 少年から話を聞きたかったけれど、仕方ない。情報がないまま探索者を募って深緑のダンジョンに行くしかないか。そんなわけで私は選りすぐりの探索者を3人用意した。


 前衛は、剛腕の空手家。リリー・可乃子かのこ。後衛は、弓の名手の高砂たかさご ユリ。そして、2人をサポートする中衛の百田ももた 力合りきごう。実にバランスの取れたパーティだ。隙がない。女3人男1人のパーティでいざ、深緑のダンジョンへ。



 ダンジョン内に入ると……モンスターたちが一斉に逃げ出した。なんなんだこのダンジョンは……探索者が来たのにダンジョンを守らずに逃げている……?


「へ、なんだ。このダンジョン大したことねえな。あたいの覇気にビビってモンスター共が逃げ出しやがったな」


「ふふ、流石ですね。可乃子さんは」


 可乃子に微笑みかけるユリ。なんだか微笑ましいものを見ている気分になってくる。


「へ、どうせなら、あのモンスター共をぶち転がして、その死体を市場に流そうぜ。加工業者に持って行けばいくらかで売れるだろうよ」


 可乃子が逃げるウサギのモンスターを追う。


「あ、待て。可乃子!」


 私は可乃子を止めようとした。しかし、すぐさまに悲鳴を上げた。


「あが。な、なんだ。足になにかトゲが刺さった!?」


「やはり。罠か。可乃子。私が待てと言っただろう。深追いする冒険者を罠にかけるモンスターはいる。こんな初歩的な罠にかかるなんて……」


「ちょっと! ビオラさん! 言いすぎじゃないですか! 可乃子さんが可哀相じゃないですか!」


 ユリが私を叱り飛ばして可乃子の元へと駆け寄った。この2人は仲が良いとは聞いていたけれど、その情報通りだったな。


「ごめんなさい。可乃子さん。本当はビオラさんもそんなことは思ってないと思います。ただ、脳みそまで筋肉で出来ているのかこの筋肉だるま女はって思ってるだけだと思います」


「そこまで思ってないやい!」


 私の1000倍は毒舌だな。このユリとかいう女は……


「しかし、この罠ってどうやって解除すればいいんでしょうか」


「ユリ。どいてな。俺が解除してやる」


 可乃子とユリの間に挟まる力合。そのまま力合が罠を解除して、可乃子を救出した。


「チクショー。あのウサギめ。舐めやがって。あたいがぶっ殺して――」


「やめな。可乃子。私たちの目的を忘れたの? 私たちはレッドハーブを手にしにここまでやってきた。ハーブと関係ないウサギをいじめるためじゃない」


「で、でもよ。折角、ダンジョンに潜ったんだから、他の素材を持ち帰ったっていいだろ。依頼品以外の素材はあたい達の取り分だろ?」


 原則として、ダンジョンから持ち帰った素材の所有権は、その探索者にある。それが例え、依頼でダンジョンに潜ったとしてもである。探索者に依頼する側は欲しい素材を買い取るという形が一般的だ。


「そうやって、欲をかくとロクな目に遭いませんよ。可乃子さん。これ以上私に心配をかけさせないでください」


「わ、わかったよ。ちぇ、ユリには敵わないな」


 なんか知らないけど、てぇてぇ空間が流れている気がする。


「幸い、第2層に真っすぐ続く道までには罠はないみたいだぜ。横道に逸れると罠が作動する仕組みだ」


 そもそもの話、ダンジョンのフロア全体に罠を敷き詰めることはできない。必ず、次のフロアまでの道を罠にかからずに通れる箇所を用意しなければならないと法律で定められている。全面が罠だったら、あまりにも探索者側にとって不利すぎるというわけだ。


「それじゃあ、真っすぐ進んでさっさと第2層に行こうか。このフロアには目的のレッドハーブはないみたいだし」


 そんなわけで、私たちは第2層へと向かった。第2層には、モンスターの気配がほとんど感じられない。ここは休憩エリアなのか? そう思って、攻撃禁止エリアから出た瞬間、私の目が痒くなり、鼻がむずむずとしてきた。


「くしゅん!」


 くしゃみが出てしまった。なんだ……この不快な鼻づまりは。春先でもこんなに鼻がむずむずすることはないのに。


「くちゅん! はー……はー……えっくしゅん!」


 うぐぐ。私のくしゃみが止まらない。このフロアには花粉が充満しているのか?  私たちが攻撃禁止エリアから出た瞬間に花粉が酷くなったってことは……これはモンスターによる攻撃……! なんと卑劣な攻撃だ。


「くしゃみ助かる」

「くしゃみ助かります」


 可乃子とユリが目を細めて私を見ている。やめろ、そんな目でクールなエージェントビオラを見るんじゃない!


「へ、可愛いくしゃみをするじゃねえか」


「だ、黙れ力合……くちゅん! こ、こんなところ早く抜けるぞ」


 目と鼻が辛くなってきた。こんなところにずっといたら、くしゃみのしすぎで死んでしまう。こんなことならマスクでも持って来れば良かった。


「そ、そんなことより……くしゅん! お前らは、へっくちゅ! 平気なのか?」


「別にあたいは花粉症じゃないし」


「私も」


「俺も」


 ぐぬぬ。なんて羨ましい。私は、杉とブタクサに耐性がないと言うのに。善良な私がどうして、2つも弱点があるのに、1個も弱点がない人間がいるのだ。世の中、不公平すぎる。


「リーダー。顔色悪いぞ。このままだと死にそうな顔している。一旦地上へと戻ろうか?」


 可乃子が提案してくる。レッドハーブを手にしてないのに帰還するのは正直悔しい。私はAランクダンジョンにも潜ったことがあるのに、こんなDに格下げされたダンジョンで引き返すハメになるとは。でも、無理して先へ進んで命を落とすなんて三流の探索者のすることだ。


「すまない……一旦帰ろう」


 残念ながら私たちは志半ばで帰還することとなった。帰り際に、「また探索者を撃退してしまったか」と聞こえたのは気のせいだったのだろうか。それとも木の精だったのだろうか。

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