第23話 収穫祭

「ルネ様。そろそろダンジョン内で育成している作物の収穫時期が近づいてきましたね」


「ああ、もうそんな時期かー。今年の作物の状況はどんな感じなの?」


 深緑のダンジョンでは、色んな魔界の作物を栽培している。ハーブなんかはすぐに収穫できるくらいにまで育つけれど、中には年単位で実る作物もある。私は光合成が主な栄養源だから、そんなに食べない。でも、ダンジョン内のモンスターには結構食べる種族がいるから、その子たちにしてみたら楽しみなイベントかな。


「そうですね。今年は小麦が豊作ですので、ハーブ入りのクッキーを焼こうかなと調理担当が計画しているみたいです」


「ハーブ入りのクッキーか。それは、美味しそうだね!」


「ええ。ルネ様はハーブに目がないですからね」


 こうして、私たちは収穫祭の日まで気を引き締めてダンジョンを守ることにした。しかし、その日まで誰1人として探索者が来ることはなかった。それはとても寂しいことだ……でも、誰も欠けることなく収穫祭を迎えられたのは良しとしよう。



 収穫層は第1層で行われることになった。私は平気だけど、第2層は花粉を嫌う子が多いから集合場所には向かない。ちなみに、モンスターとマネージャーのみが利用できる秘密の隠し通路があって、そこは第1層と第3層を直接結んでいる。いわばショートカット的な裏道がある。そのため、第2層を経由せずとも第3層のモンスターが第1層に行くことは可能なのだ。


「私も収穫祭に参加しても良いのですか?」


「うん。いつもお世話になってるからね。素材の持ち出しは出来ないけれど、こうしてダンジョン内で消費する分には問題ないから、遠慮なく食べてよ」


 まあ、篠崎さんがいる時じゃないと、そもそも私はボスフロアから離れられない。ダンジョン営業中ってことでね。ものはついでと言うやつだ。


「篠崎さん。丁度、コウキンコオロギの串焼きが焼きあがった。食べるかな?」


「いえ。翠華さん。私は遠慮しておきます」


「そうか。美味しいのに」


 翠華君が串に刺さったコオロギをもしゃもしゃと食べ始めた。なんかやけに香ばしい香りがする。人間も一応は肉食なんだから、コオロギくらい食べればいいのに。


「そうだ。ルネさん。収穫祭の様子を撮影しますか? 素材の宣伝にもなりますし」


「おお、それは良いアイディアだね! 篠崎さん。それじゃあ、早速、このコウキンコオロギの実食レビュー動画を……」


「なんで1度滑ったコオロギをレビューするんですか。もっとあるでしょ」


 確かに。コオロギの紹介動画はあんまり伸びなかったな。それに折角、色んな旬の素材が集まっているんだから、それをアピールしない手はない。


「それじゃあこの死爵ししゃくイモとかどうかな?」


「死爵……魔界の爵位の1つですね。主に不死系のモンスターがこの爵位につくという。これはどういった食べ物なのでしょうか」


「食べるとほっぺが腐り落ちるくらい美味しいんだって」


「なんですかその表現は……ほっぺが落ちるは聞いたことありますが、腐り落ちるとは……」


「ん? 文字通りの意味だよ。ほら、あれを見て」


 私は雑魚モンスターのウサギを指さした。彼らが死爵イモをモグモグと食べている。咀嚼する度にほっぺが腐っていき、やがてボトっと落ちる。


「なるほど。この仕事に就いてからは、なにがあっても驚くまいとは思っていましたが……ここまで人間界とは常識が外れたことが起こるとは……彼らの肉が腐ってますが大丈夫ですか?」


「大丈夫。腐った肉は分解されて土に還って、また新しい緑を芽吹かせるから」


「そうじゃなくて……あのモンスターの肉が落ちて骨が見えているんですけど」


「え? 骨くらい篠崎さんにもあるでしょ? なに当たり前のことを言ってるの?」


 変なことを言う篠崎さんだ。肉が腐って落ちればそこにあるのは骨でしょうが。


「えっと……彼らの肉は戻るんですか?」


「大丈夫。モンスターは再生能力が高いから明日には元通りになってるよ。さあ、篠崎さんも食べる?」


「いえ。私にはそんな再生能力がいりません」


「そう……」


 折角、美味しい死爵イモを食べさせてあげられると思ったのに。残念。


「もっと、こう……人間から見て安全で美味しそうな食べ物はないんですか? 死爵イモじゃちょっとアピールとしては弱いです」


「そうかなあ。あ、そうだ。これはどうかな? レッドハーブ入りのクッキー!」


「そうそう。そういうので良いんですよ。それでこのクッキーは食べたらどうなるんですか? 人間に害とかは……?」


「まあ、これは本当に効果とかないただ美味しいだけのクッキーだから。レッドハーブ単体には効果がないって前言ったでしょ」


 レッドハーブの使い方を説明しようとするとなぜか篠崎さんからストップがかかる。


「試しにルネさん。食べてみて下さい。やはり、ボスモンスターが食べている画が欲しいですから」


「うん。確かにね。私は正にこのダンジョンの花! 素材を宣伝するにはうってつけ……って、騙されないよ! ハーブを宣伝したら、探索者が私の大切なハーブを狙ってくるじゃない!」


「え? ルネさん。この前の動画でご自身でおっしゃってたじゃないですか。少年に怪我を治すハーブを譲ったって?」


「え……? ……はっ! そ、そうだった……!」


 なんてことだ。私はなんという失態を。この完璧才色兼備の私にあるまじきミス……!


「1度アップしてしまったものは取り消せません。動画を削除したところで、深緑のダンジョンのハーブには怪我を治す効果があると探索者の間で話題になっていますから……今更情報統制をしたとしても、もう遅いです」


「そ、そうだったんだ。だから、最近、探索者が増えたんだ」


 迂闊うかつ。ついついお兄さん想いの優しい弟の話をしたかった。そのほっこりエピソードがこんな形で牙を剥くなんて!


「というわけで、もう開き直ってハーブを宣伝する方向にシフトしましょう」


「でも、私のハーブが……」


「実際、探索者は増えましたが、ハーブを持ち帰る程の手練れはまだ来ていません。それに、ルネさん程のボスモンスターならば、ハーブを奪われるなんてしょうもない采配はしないでしょ?」


「うん。言われてみれば確かに。私の目を盗んでハーブを獲得しようだなんて、考え方が甘すぎるね」


 私は篠崎さんに説得されてレッドハーブ入りのクッキー実食レビュー動画の撮影を始めた。私の手には赤い色素のクッキー。それをカメラに見せてから。


「はーい。今からこのレッドハーブ入りのクッキーを食べるね。うーん、良い香り。それじゃあ、いただきます」


 レッドハーブを口に含みサクサクと食べる。


「うーん、美味しい。口いっぱいに広がるレッドハーブの香り。味も甘すぎずにレッドハーブの香味を損なうことがない。ハーブティーにしても美味しいし、クッキーの混ぜても良し。そんなハーブが手に入るのは深緑のダンジョンだけ! だから、みんなもおいでよ!」


「まあ、こんな感じで良いでしょう」


「ありがとう篠崎さん。よし、この食レポ動画でダンジョンをバズらせるぞ!」



 収穫祭の動画にコメントが付いた。どんな内容だろう。


『食べてる時の顔可愛すぎん?』

『こんなに美味しそうに食べてくれるんだったら、いくらでもクッキーあげちゃう』

『クッキーあげるどころか、こんなに可愛く喜んでくれるならデート代全額出すよ』


「うぇへええっへへへへへ。な、なんだよー。みんな、もうなんだよー! 私に可愛いとか言ってんじゃなくて、ハーブのことについてコメントしてよーもう」


「ルネ様嬉しそうですね……」


 背後から翠華君の冷たい視線を感じるけど、私の心は緩みっぱなしだった。

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