第22話 寂しい夜を解消してくれるパートナー

 今日は翠華君と共に篠崎さんを迎えた。既に収益が確定して振り込まれている状態である。つまり、その数字の確認だ。


「ルネさんの口座に今月振り込まれた額は21,116円です。おめでとうございます。先月より4倍弱も伸びています」


「え!? 嘘。そんなに貰えるの? 栄一2人分じゃん。これじゃ、栄一じゃなくて栄二だよ」


「ええ。半年足らずにここまで伸びるのは、とても優秀な数字です。やはり、モンスターが配信という物珍しさも効いているのでしょう。未だに衰えを見せません」


「そうかなあ? うぇへへえへへへへへ」


「当然の結果だな。ルネ様が動画に出ているんだ。見ない方がどうかしている」


 なぜか動画に出演していない翠華君がドヤ顔を決めている。


「というわけで、ルネさん。この収入をどうしますか? 使わずに貯めておくのも手ですし、人間界の物を買うのもお任せします」


「うーん。翠華君。どうすればいいと思う?」


「そうですね。ルネ様の今後のことを考えたら貯金した方が良いと思います」


 相変わらずつまらない反応だ。もっと、楽しい使い道とか考えられないのかな。


「とりあえず、篠崎さん。今回もカタログがあるんでしょ? それ見ながら使うかどうか考えてみるよ」


「ええ。どうぞ」


 篠崎さんから2万円(税込み)以内で買えるものカタログを受け取って、パラパラとめくる。


「2万円もあれば結構なものが買えるねえ。5000円の時とは大違いだねえ」


 一気に世界が広がった感じがして、私のテンションが上がった。そして、私はあるページで指を止めた。


「!! こ、これ……!」


 私はカタログのある項目を指さした。そこにいたのは、とても可愛いクジラのぬいぐるみだった。


「クジラのぬいぐるみ……高いですね。19,999円です。なんでこんな半端な値段なのだ?」


「翠華さん。これはですね。このぬいぐるみを卸している業者の値段設定の癖みたいなものです。そもそも人間の心理として、0,1,2,3,4が多いと高く感じるけれど、9,8,7,6が多いと安く感じると言う者が合って……」


「篠崎さん! 私、このぬいぐるみ買う!」


「ルネ様! 正気ですか! そんなぬいぐるみに2万円も使うなど無駄遣いの極み!」


「なによ! このいかにもモフモフしてそうなクジラのぬいぐるみ! 可愛いじゃない! 毎晩、これを抱いて寝るんだ。うぇへへへへっへへへ」


 ああ、モフモフを抱いて眠る生活。楽しみだなあ。


「ルネ様。もふもふでしたら、深緑のダンジョンで綿を栽培して、自分でぬいぐるみを作ればいいじゃないですか。わざわざ、高いお金を出してまで……」


「私は! このデザインが気に入ったの!」


 翠華君はなぜか反対してきているけれど、私はどうしてもこのぬいぐるみが欲しい。


「はあ……わかりましたよ。ルネ様。今回は仕方ないですけど、次回からはきちんと計画的にお金を使ってくださいね」


「はーい!」



 そして、しばらく数日後……ダンジョンに篠崎さんと宅配業者のお兄さんがやってきた。お兄さんは人が入れそうな大きな箱を抱えている。


「お届けものです。ここにサインをお願いします」


「はーい。やっとクジラに会えるんだ。わくわく」


 私は受領欄にサインをして、くじらのぬいぐるみを受け取った。思ったよりサイズ感がでかかったけれど、私のクイーンサイズのベッドに収まるから丁度良いのかもしれない。


「くっじら! くっじら! 翠華君。開けてよ」


「はい」


 翠華君のリーフブレイドが段ボールのテープを切り裂く。中身を開けるとそこには緩衝材に包まれたクジラのぬいぐるみの姿があった。


「きゃわわわわー! 篠崎さん! これ動画撮ろう?」


「え? 撮るんですか?」


「そうだよ! お出迎えした記念だよ!」


 こうして、私はくじらと一緒に動画を撮影することにした。


「はーい。深緑のダンジョンのボスモンスター、アルラウネのルネだよー! 今日はー……なんと! 新しい家族をお出迎えしました! わー!」


 パチパチと拍手をして場を盛り上げる。そして、カメラの外にあったクジラのぬいぐるみを抱えて、再びフレーム内に入る。


「はい。というわけで、このキャワワなクジラのぬいぐるみをこのダンジョンのマスコットキャラとして私の部屋に置きます。毎日、私はこのクジラに添い寝して寝るんだ。いいでしょー? 羨ましいでしょー。あはは」


 そして、オチもなく動画は終了した。篠崎さんは動画のデータを持ち帰って編集してアップロードしてくれるみたい。


「それじゃあ、翠華君。私は今日からこのクジラと一緒に寝るからね」


「ええ。それは構いません」


「翠華君もクジラと一緒に寝たいって言っても寝かせてあげないからねーだ!」


「うわー。それはくやしいですねー」


 羨ましがる翠華君を尻目に私は既にベッドに置いてあるクジラに向かってダイブ。もふっとした感触が私に伝わる。そのまま、クジラのやわらかい食感に体を擦りつけてもっふもふの感触を堪能する。


「はぁん! かわぁいい……!」


 そのままクジラを抱いて目を瞑った私はまどろみの世界へと入っていたた。



「——きろ……! おい! 起きろ!」


「ふぁ……? な、なに?」


「おい、こら。暑苦しいんじゃ。離れんか!」


 どこからともなく声が聞こえる。この声は……クジラから聞こえる……?


「離れろっつーのがわからんのか!」


「わっ……! クジラがしゃべった」


「なーにがクジラじゃ。種族名で呼ぶでない。せめて、名前を付けてくれ!」


「えー。やだ、めんどくさいし」


 クジラが喋ってるけど……見た目に反して態度が可愛くない。


「なんでクジラが喋ってるの?」


「あのなあ。お前はボスモンスターの癖に自分のダンジョンにいるモンスターの特性すら把握しとらんのか? 俺はワタキセイグモ。綿に寄生する小さい蜘蛛だ!」


「はあ蜘蛛……?」


「丁度いい、綿の塊があったからな。寄生させてもらったんじゃ」


「えー。なにそれ、早くクジラから出てよ。気色悪い」


「気色悪い言うなや。大体にしてな。ボスモンスターの癖に俺ら意思がある素材の扱いがなってない! 今からそれを教えてやる!」


 なんで私このダンジョンで1番偉いのに、雑魚モンスターですらない素材に説教されているんだろう。


「まずな。俺らワタキセイグモはな。第2層にいるんだよ」


「え? あそこにそんな素材がいたの?」


「まあ、俺らはダニくらいの大きさしかないから、目に見えないのも仕方ない。戦闘力もないし。でも、こうしてぬいぐるみに寄生することで戦えるようになるんだ! どうだ! 凄いだろ! 俺らは花粉耐性を最初から持っているし、もっとぬいぐるみを買えば第2層の戦力も充実し――」


「あー、それは無理。だって、もうお金ないし」


「えぇ……他にも俺の仲間たちが寄生先を求めているんだよ。ぬいぐるみを100体くらい買えば戦力が充実するのに」


「ダメだよ! それに、クジラは私の大切な抱き枕なの! 戦わせられないの! 戦ってボロボロになったらどうするの!」


「ええ……ってことは、俺はずっと戦えないままここで過ごせってことか?」


「そもそも素材が戦ってどうするの。素材はトラップに使えることはあっても、素材が戦闘するのはルールとして……」


「大丈夫。篠崎って人が言うには、トラップモンスターという概念もあるそうだ。

普段は擬態していて人間が近づいた時に襲うトラップの体を取っていれば戦っても大丈夫だと」


「なに、そのガバガバルール……ってか、篠崎さんってキミたちのことを認知していたんだね」


 なんか、モンスターと素材の境目がわからなくなってきたよ。コオロギもモンスターではなく、素材としてカウントされるし……

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