第21話 モーニングルーティン
「ふあーあ……よく寝た」
私は1人で寝るには広すぎるクイーンサイズのベッドから起きて、私室を出た。探索者とのバトルフィールドでは、翠華君が剣の素振りをしていた。真面目だなあ。
「せい! やあ! はあ!」
「翠華君。がんばってるね」
「ルネ様、おはようございます。常日頃鍛えておかないといざという時に力が出ませんからね」
真面目だなあ。第3層にいた時も同じことやってたのかな。
「朝早くからやってるの?」
「ええ。これが私のモーニングルーティンですから」
「モーニングルーティン……! そうだ! 翠華君! 動画を撮ってくれる?」
「は……?」
私はすごいことに気づいてしまった。今まではカメラマンをしてくれていた篠崎さんがいなれば動画を撮影することができなかった。そのため、撮影できる日時は限られていたのだけれど……今は翠華君もいるから、いつでも、好きな時に撮影ができる!
「まあ、ルネ様のご命令とあらば断わるわけにはいきません」
「命令って大袈裟なものじゃないよ。お願い程度だよ」
翠華君は私のことをなんだと思っているんだろう。そんなに女王様気質に見えるのかな?
「それで、ルネ様のどんな姿を撮影すればいいのですか?」
「それは……! 私のモーニングルーティン!」
「はあ……モーニングルーティン……?」
翠華君が釈然としない顔をしている。まあ、動画文化に疎い彼ならば仕方ない。
「良い? インフルエンサーのモーニングルーティンはバズるの! 競合相手が多い人間でさえ、動画が伸びるんだから、競合相手がいないアルラウネのモーニングルーティンなんて動画をアップしたら……それはもう、爆伸びよ! なにせモンスターのモーニングルーティンは世界初の動画なんだからね」
「なるほど。流石、ルネ様。賢い」
「うぇへえええへっへへへへ。それほどでも」
いけない。変な声が出てしまった。ボスモンスターの威厳がなくなっちゃう。
「というわけで……目覚めから撮影するから、私はベッドで寝るよ。それを撮影してね」
「え? それって嘘ですよね?」
「嘘……?」
「だって、ルネ様は今起きているわけですよね? それなのに寝たフリをするってことですか? それって視聴者を騙していることになりませんか?」
確かに。私は今、完全に覚醒状態で今から眠りにつくのはほぼほぼ不可能だ。
「で、でも。モーニングルーティンは目覚めから始まるものだから……」
「いくらルネ様の命令でも私は嘘には加担できません。私が嘘を嫌うのはルネ様もご存知のことでしょう」
「ぐぬぬ」
確かに翠華君は第3層に嘘つきを始末するトラップを仕掛けるくらい、嘘が嫌いなモンスターだけど……
「これは嘘じゃなくて演出なの! みんな解ってて楽しんでんだよ!」
「なりません。演出でも嘘は嘘です。公共の場に嘘をまき散らすなど、私の道義に反します。ルネ様。私の騎士道を貫くためにも、どうかご容赦下さい」
ぐぬぬ。なんで、翠華君を側近にしたんだろう。青葉ちゃんだったら、絶対ノリノリで撮影してくれたよ。やっぱり、カードゲームで決めるべきではなかったか……?
「じゃあ、わかったよ。撮影は明日にしよう」
「明日?」
「うん。明日。私が寝ているところに翠華君が忍び込んで撮影開始。そして、私が本気で起きる。これでいいでしょ?」
「ダメです」
「即答!?」
今のどこにも嘘の要素はないのに、翠華君は何が気に入らないんだ。
「流石に、眠っているルネ様を撮影するなど、私にはできません。その……眠っている乙女の寝室に忍び込むなど、騎士として……いや、紳士としてあってはならない!」
「じゃあ、どうしろって言うの!」
「起床部分はカットしましょう。そうすれば嘘ではなくなります」
「起床がないモーニングルーティンなんて、リンゴとハチミツが入ってないカレーみたいなもんだよ!」
「…………それは別にカレーとして成立するのでは?」
「確かに。でも、私はリンゴとハチミツが入ってるカレーが食べたいの!」
「とにかく、私は嘘に加担することはしません」
なんて頭が固いんだ。真面目なのはいいことだけど、真面目すぎるのもなあ。あ、でもそうだ! 良いこと思い付いた。
「わかった。翠華君。とりあえず、翠華君は起床シーン以外の撮影をして、素の状態の私なら嘘じゃないから良いんだよね?」
「ええ。それなら構いません」
というわけで、顔を洗うシーンとついでに肌ケア。優雅に朝のハーブティーを飲むシーンとか撮影した。
「ふう。大体いつもやっているのはこれくらいかな?」
「撮影お疲れ様です。そういえば、今日は篠崎さんが来る日でしたね。どうしますか? 私も同行しますか?」
「うーん。今日はいいや。翠華君はその間に第3層のモンスターがたるんでないかチェックしといて」
「わかりました。一応は、繰り上げで青葉が第3層のフロアボスになりましたが、定期的にチェックしないとロクでもないことになりそうですからね」
翠華君がフロアボスやってた時も、雑魚モンスターたちはたるんでたんだけどね。翠華君がずっと入口付近で探索者を出待ちしていたから監視の目が疎かになってたし、でも、それは言わないでおこう。
◇
「ルネさん。こんにちは。前回の時と比べてSPが340増えてますね。一応は探索者が訪れて死んではいるんですが、数字が前回に比べて落ち込んでいるようですね」
「うーん。なぜか探索者はハーブの情報をどこからか聞きつけて、やってくるみたいだけど……中々肝心のハーブを回収できないから人気が落ちてきたってところかな?」
一体どこからハーブの情報が漏れたんだろう。不思議なこともあるんだなあ。
「そうですね。いっそのこと、第1層や第2層にもハーブを植えてみますか? 少量の撒き餌がある方が獲物はかかりやすくなりますよ」
「でもね。ハーブ栽培するにはかなりの技術と知識が必要なの。第1層の下級種だと栽培そのものができないんだよねえ。かと言って貴重な上位種の戦力を序盤に配置するのも考え物だし……うーん」
探索者が少しずつ訪れてきてくれたのは良いことだけれどね。その分、ダンジョンの問題点が浮き彫りになってくるから、色々と改善する余地が見えてくる。それを解消するために頭を使わなきゃいけないのが辛いところだ。
「あ、そうだ。そんなことより、篠崎さん。私が起床する瞬間の動画を撮影してくれない?」
「急に何を言ってるんですか?」
篠崎さんが怪訝そうな顔をする。そりゃあ、いきなりそんなこと言ったらそうなるか。
「実はね。モーニングルーティンの動画を撮影しようと思っていて、ある程度は翠華君が撮ったんだけど、起床のシーンはまだ撮れていないんだ」
「はあ……それも翠華さんに撮影を頼めば良かったのでは……?」
「翠華君は起床のシーンが嘘なら取らないと供述していて……」
「なるほど。事情は大体わかりました。それでは、撮影しましょうか」
「うん!」
私は私室に篠崎さんを招き入れてベッドに横たわった。
「それでは、ルネさん。撮影を開始します」
「はーい」
より、リアルに近づけるためにちゃんと役になりきらなきゃ。今の私は眠っている……眠っている……そう心の中で何度も呟くんだ。眠っている……眠って……いる……眠って……
◇
「はっ!」
私はがばって飛び起きた。周囲を見回す。なぜか私の寝姿を撮影している篠崎さん……?
「え? 篠崎さん……なにしてるの? 変態……?」
「ええ……」
しばらくボーっとしていたら、私は全てを思い出した。起床のシーンを撮影するために眠ったふりをしたら本当に眠ってしまったこと。
「篠崎さん。本当にごめんなさい。変態とか言ってしまって」
「いえいえ。誤解がとけたのならいいんです」
口では許してくれたけど、目が明らかに笑ってない。絶対、怒っている。私はなんてことをしてしまったんだ。
後日、篠崎さんが編集してアップしてくれた動画は――かなりバズった。私の起床シーンから始まり、カメラに向かって私が一言。
「なにしてるの? 変態……?」
なぜかこのシーンだけが異様に再生されているという不思議な事態に。世の中不思議なこともあるもんだなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます