第18話 人間とは愚かなものです

「やっほー。深緑のダンジョンのボスモンスター。アルラウネのルネだよー! 実はね、ついこの間の話なんだけど……! なんと、ついにウチのダンジョンに探索者が来ちゃいましたー! ワー、ドンドン、ぱふぱふ!」


 篠崎さんが言うには、人を集める方法として、人がいるところに人は集まる。という法則があるみたい。つまり、人が多い人気のダンジョンはそれだけ多くの人が来てくれる。だから、積極的に人気があることをアピールすれば、また探索者が来てくれる。


「それでね。その探索者は子供だったんだけど……とってもお兄さん想いのいい子だったの! 怪我をしたお兄さんのために、ダンジョンにある怪我を治すハーブを求めてやってきたんだって。もう、泣いちゃうよね。それで、子供なのに危険なダンジョンに潜るんだよ? だから、私はその子にハーブをタダであげちゃったの」


 この感動的エピソードをみんなに知って欲しい。私はその一心であの時のことを話した。心なしか撮影している篠崎さんも微笑んでいる気がする。


「そんな感動的なエピソードもある深緑のダンジョン。みんなも遊びに来てね!」



「へっへ、この動画を見たか? ゴンゾー」


「へい、アニキ。怪我を治すハーブ。それをタダでくれるなんてこのボスモンスターもアホですね」


「ああ。ちげえねえ。探索者としてくすぶっていた俺らにもようやく安定して稼げるダンジョンが出来たってこった。あのチョロそうな女を騙してハーブを根こそぎ奪ってやろうぜ」


「へい。万年Fランクダンジョン探索者を卒業する時が来たんすねえ」


 こうして、俺とゴンゾーは深緑のダンジョンへと向かった。交通手段が少なくて中々に行くのが面倒だったけれど……ローリスクハイリターンの効率性を考えれば行かない手はない。


 深緑のダンジョンに足を踏み入れると、そこにはウサギがいた。


「うわー。探索者が来たぞー! 逃げろー!」


 ウサギのモンスターは俺たちを見るなり、そそくさと逃げ出してしまった。なんだこいつら。探索者を見て逃げ出すなんてそれでもモンスターか。


「どうしますか? アニキ? こいつら追って解体して素材にして売り飛ばしますか?」


「待て。仮にもここは元Cランクのダンジョンだ。この臆病なウサギもFランクダンジョンのモンスターに比べたらかなり強いはずだ。俺たちがまともに戦ったら恐らく負ける。だが、追う価値はあるな。ダンジョンにはトラップがある。モンスターが移動した方向にトラップがある可能性は低い」


 俺は探索者として冷静な判断をして、このリスクを冒さないようにした。


「アニキ。ここに宝箱がありますぜ。開けてみましょう」


「バカ! それは罠だって解説動画があっただろ!」


 俺、なんでこいつと組んでいるんだろう……見え見えの罠にかかるとは、人間とは愚かなものだ。


 第1層を危なげなく突破した俺たちは第2層に辿り着いた。しかし……


「ぶわっくしょん! べあっくしょん! ア、アニキ! ここ、花粉がものすごくて死にそうです!」


「ああ、俺も目ん玉がムズムズしてきた。一旦引き返そう」


 第2層はかなりの難所だった。何の装備もなしに突破できる場所ではない。俺たちは一旦引き返してガスマスク装備を付けてから第2層へと向かった。


「ふう。ガスマスクがあると大したことないですね。アニキ。シュコーシュコー」


「ああ。このフロアにはモンスターがいないみたいだしな。シュコーシュコー。きちんと対策取れれば逆に安全ってこった」


「お、アニキ。ここにコオロギがいますぜ。確かこのコオロギって食べられるんじゃ……」


「……俺は食わないぞ」


 第2層もクリアして、第3層へと辿り着いた。なんだ、これ楽勝じゃないか。このままボスフロアまで行けたりしてな。


 しかし、第3層についた瞬間に俺たちの前に強そうなモンスターがいた。やべえ。こいつは俺が今まで見てきたどのモンスターよりもつええ。


「貴様ら。引き返せ。出ないと私の剣が貴様らの上半身と下半身に永遠のお別れをさせるだろう」


 や、やべえ。こいつの目はマジだ。今は攻撃禁止エリアの中にいるから、あのモンスターも攻撃はしてこないだろう。しかし、そこから1歩でも外に出ればる! あいつはそういうモンスターだ。な、なんだよ。チョロそうなボスモンスターの配下にこんな殺戮マシーンがいたのかよ。


「ま、待ってくれ。俺たちは……そう! 事故で意識不明になった妹のためにハーブを取りに来ただけなんだ」


「ハーブを……?」


 相変わらず警戒態勢を解いてはないけれど、こちらの話を聞く意思はあるみたいだ。


「ああ。動画を見てやってきてな。その、俺たちもハーブを分けて欲しいかな……なーんて」


「え? 妹ってなんの――ぶべえ」


 俺はバカの口を拳で塞いだ。余計なことを言うなバカ!


「なるほど。人間界では怪我が流行っているのか? まあ、誰だって好きで怪我をしているわけではないのはわかるが……うーむ。まあ、良いだろう。私の後についてこい。道を外れるとトラップが作動するかもしれないからな」


「へへ……ありがとうございます」


 よし。こいつも案外チョロいな。武人タイプだけに実直で案外騙しやすいのかもな。


 俺たちはこの銃士の恰好をしているモンスターの後を歩いた。足元にむにゅっとした感触がする。何か踏んだか? そう思った瞬間。俺の足にチクリと鋭い痛みが走った。


「あ、が……な、なんだこれは……」


「ア、アニキ……どうしんたんですかい?」


「……やはり嘘か。私が通った道にはトラップが仕掛けられてある。それは嘘を感知して嘘つきを足元から食っていく、ウソクイソウのトラップだ。このフロアに入ってから嘘をついた者のみに作動するトラップだ」


 あ、足の感覚がなくなっていく。痛いと思っていたはずなのに。俺が足元を見るとすでに足首より下がなくなっているのに気づいた。それでも、俺の下にある食人植物は俺を放すつもりはなく、噛みついている。


「ア、アニキィ! な。なんで!」


「お前はまだ嘘をついてないから助かってるな」


「あ、あんた! よくもアニキを罠に嵌めてくれたな! 後ろを付いていけば安全じゃなかったのかよ!」


「なにか勘違いしているようだが、私は道に外れるとトラップが作動する可能性がある。そういった趣旨のことを言っただけだ。私の通った道にトラップがない……とは、一言も言っていない」


「が……て、てめえ……そんな屁理屈を……!」


 俺はモンスターを睨みつけた。しかし、モンスターの方も俺に冷たい視線を送る。


「お前が妹の怪我を治すため。そう嘘をつかなければ何の問題もない話だった。これはお前の自業自得だ。この前来た少年は、この私に対して嘘をつかなかった。だから、トラップが作動せずに無事にルネ様のところに辿り着けた」


「あが……ゴ、ゴンゾー……た、助けて」


「ひ、ひい! お、俺はし、知らねえ!」


 ゴンゾーは逃げ出してしまった。なんてこった、アイツ! 俺を置いて逃げやがった。そう思っていたら、ゴンゾーの頭上から巨大なウツボカズラが降ってきてゴンゾーをパクリと飲み込んでしまった。


「道を外れるとトラップが作動するかもしれないと言っただろ。全く……自分が来た道も覚えていないのか」


 俺は薄れゆく意識の中で、なぜこのダンジョンに足を踏み入れてしまったのか。その後悔だけがあった。ここは、仮にもDランクダンジョン。子供が踏破したからと言って甘く見て良い場所ではなかった。そして、走馬灯のように生まれてからのことが思い出されていく。小さい頃、親に読んでもらった昔話。欲張りや嘘つきはロクな目に遭わない。そんなベタなオチがこの令和の時代に存在していたなんて……やはり先人たちの教えは偉大だった。

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