第17話 ボスモンスター戦(戦うとは言ってない)
「あら、人間。よく来たわね。ふふ、こんな可愛らしい坊やがここまで来れるなんてね。私が軽く遊んであげようかしら」
ボスフロアに辿り着くなり、現れたのは動画で見たアルラウネだった。髪をファサってかきあげて、なんかいい女風な感じの雰囲気を醸し出している。なんだろう、この感じは。なんか他人の黒歴史を見ているみたいでむずむずする。
「さあ、人間よ。戦う準備ができたら、前へ出なさい。攻撃禁止エリアから出たら戦闘を始めましょうか」
この明らかに素ではないテンションが行きつく先を見てみたい気もする。けれど、俺はハーブさえもらえればそれで良い。幸いにもボスフロアにも出待ち攻撃を禁止するための攻撃禁止エリアの概念がある。このエリアから出なければ攻撃されることはない。説得しに来た俺にとってはありがたいことだ。
「その髪型似合ってますね」
「う、うへへええぇへへへ。そ、そう? もう、こんなに小さいのに口が上手いんだから」
出会って30秒で早くも仮面が剥がれた。素の状態の方が説得しやすいからありがたい。
「実は俺は……あなたの髪を切った美容師の弟なんです」
「神木さんの? ああ、通りで目元の辺りが似ていると思った! それで、神木さんは元気なの?」
「それが……」
ダメだ。言葉に詰まってしまう。言葉にしようとするだけで悲しみで涙が零れそうだ。でも、言わなければ、相手に伝わらない。俺は軽く息を吐いて心を落ち着かせた。
「兄ちゃんは手を怪我して2度と美容師ができないと診断されました」
「え……えぇえええ!? な、なんで! ど、どういうことなの! え? ええ!」
「なんで?」って言葉は家族の俺が1番言いたい。本当になんで兄ちゃんなんだよ……なんで兄ちゃんが事故に遭わないといけないんだ。
「兄ちゃんが言っていた。怪我を治すグリーンハーブのことを。俺はその話を聞いて、このダンジョンにやってきたんだ」
「そ、そうなの? まだ小さいのに偉いね。よし! そういうことなら、お姉さんが持っているハーブを全部あげちゃう!」
ええ……こんなに簡単に説得ってできるもんなんだ。なんか拍子抜けした。
「あ、いや。お気持ちはありがたいんですけど……別に必要な分だけで良いんです。根こそぎ持っていくほど強欲ではありませんので」
「なんて謙虚でいい子なの! 流石神木さんの弟さん! よし! それじゃあ、代わりにこの魔界樹で作った木刀をあげる。ほら、こっち来て」
魔界樹……ゲームとかで出てくる世界樹みたいなノリなのかな。なんか凄そうだ。正直、ただで貰うのは気が引けるけれど、折角の行為を無下にするのも失礼かな。
「あ、はあ。それじゃあ、頂きます」
俺は攻撃禁止エリアを出て、ルネさんに近づいた。ルネさんはニコニコしながら、俺に魔界樹の木刀をくれた。ずっしりと重いその木刀は持てないわけではないけど、小学生の俺が戦闘で扱うにはちょっと辛いものがあるかもしれない。
「それじゃあ、次はハーブだね。ハーブは組み合わせて調合することによって効果を高められるんだ。私が調合してあげるから待ってて」
ルネさんは緑色のハーブと赤色のハーブをむしって、ボスフロアの脇にある部屋の中に入っていった。10分ほど待っていたら、ルネさんが出てきてなにやら赤い粉末と緑の粉末を持ってきた。
「はい。これでお兄さんの怪我がよくなると良いね」
「はい、ありがとうございます!」
思いがけない薬を手に入れることができた。普通のグリーンハーブよりも効果が高そうだ。
「ルネさん。ありがとうございました」
「いえいえ。あ、そうだ。まだキミの名前を聞いてなかったね」
「俺は……神木 太陽」
「太陽君か。また会えるといいね」
「はい。ルネさんも探索者なんかに負けないで下さいね」
こうして、俺はルネさんからもらった粉末の薬を持って、ボスフロアを後にした。3層のフロアにはスイカさんがいた。
「その顔は……ルネ様の説得に成功したようだな」
「はい。お陰様で」
「ふん。ルネ様はあの美容師に利用価値があったから、手助けをしたまでだ。人間に甘くて優しいわけではない。そこを勘違いしないようにな」
なんか知らないけど釘を刺されてしまった。人間に甘くて優しいモンスターにしか見えなかったけどな。
「帰りは私が送って行こう。私が近くにいれば、他のモンスターは寄ってこないし、罠がある場所も把握している」
「あ、はい。助かります」
流石に帰り道に事故って死ぬのは勘弁したい。だから、スイカさんの申し出は非常にありがたかった。
スイカさんのお陰ですいすいと1層のダンジョンの入口まで辿り着いた。
「じゃあな。2度と来るな」
「あ、はい。そうですね」
俺もここのダンジョンのモンスターは殺したくない。そんな気持ちだ。だから、探索者になっても、もう2度とここに来ることはないだろう。俺がダンジョンを出ようとした瞬間――
「待て。お前が持っているその木刀。魔界樹の木刀だな。それはどうした?」
「ルネさんからもらいました」
「ルネ様から……? なるほど。その木刀、高く売れるだろうが……絶対に手放すなよ」
「え? どういうことですか?」
高く売れると聞いて早速売ろうかと考えてしまった。
「その木刀には金に換えられない価値がある。私から言えるのはそれだけだ。その価値を見極められるかどうかはお前次第」
「はあ……」
意味深なことを言うなあ。ここまで言ったのなら、どういう価値があるのか教えて欲しい。
「まあいい。呼び止めて悪かったな。早くお兄さんのところに行ってやれ」
「はい。スイカさんもありがとうございました」
「ああ、元気でやれよ。またダンジョンに来られても迷惑だ。もう怪我なんかするなとお兄さんに言っておけ」
なんだかんだ言いつつもこのスイカさんも良い人なのかもしれない。俺は深緑のダンジョンから帰還した。目的のアイテムも手に入れたし、初めての探索としては大成功と言える!
◇
「あーヒマだー……あれから、誰1人探索者が来ないし、篠崎さんからもらったラノベも読み終わっちゃった」
「ルネさん。失礼します」
「あ、篠崎さん。今日来る日だっけ? すっかり忘れてたよ。あはは、引き籠り生活長いと日付と曜日の感覚なくなっちゃうからね」
自分で言っていて悲しくなってきた。早く魔界に帰りたい。
「ルネさん、まずは探索者の来訪おめでとうございます。探索者が来たという実績があれば、次の探索者もすぐに来てくれるでしょう」
「えへへ。そうかな?」
「それと、美容師の神木様とその弟の太陽様よりお手紙を預かっております」
私は篠崎さんからの手紙を受け取った。こっちの綺麗な字はお兄さんの方かな?
『ルネさんへ
弟がお世話になりました。お陰様で手が治って動かせるようになりました。
日常生活を送る分には問題ないくらい手を動かせるようになったのですが、やはり、お客様の大切な髪を扱うので仕事に復帰するにはもう少しリハビリしてからになりそうです。
それでも、復帰の目途は立っているので、また髪を切りたくなったら、俺に声をかけてくれると嬉しいです。
神木 玲央より』
「そっか……治ったんだ。良かった」
『ルネさんへ
兄ちゃんの手が治りました。これもルネさんのお陰です。
兄ちゃんには無茶するなって治ったばかりの手でゲンコツされてしまったけれど……兄ちゃんの手が治って良かったです
俺は大人になったら探索者になります。その時にはルネさんが魔界に帰れてるといいですね。でないと、俺がルネさんを討伐しかねないですからね。なんてね。
スイカの銃士さんにもお世話になったので、お礼を伝えてくれると嬉しいです。
神木 太陽より』
「あー。良かった。これぞハッピーエンドってやつだね」
結果的には、ハーブと魔界樹の木刀を失ったけど、私はそれ以上に大切なものを得たような気がする。
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