第16話 フロアボス(役に立たない)
最初の階層を降りて2層へと辿り着いた。このダンジョンの深度に対する情報はなにもない。後どれくらい降りればハーブが採取できる階層に辿り着けるのだろうか。
「ふぉっふぉ……探索者がこんなところまで来るとはな……1層をクリアするとは流石じゃ」
ん? どこからともなく声が聞こえる。俺は周囲を見回したけれど何もない。
「ここじゃよ」
声がする方向を見てみたら、大樹に人間の顔が浮かび上がっていた。俺はその異様な光景に思わず尻もちをついてしまった。
「わっ! な、なんなんだこれは」
「ワシは木の精じゃ」
「木の精……はあ、木の精が俺に何の用なん?」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシはな。このフロアでいっちばーん強いんじゃ。つまり、ダンジョンのボスモンスターならぬ、フロアのボスモンスター。つまりフロアボスじゃ。フロアボスの名にかけてこれ以上先に進ませるわけにはいかぬ」
戦いを仕掛けに来たっていうのか。俺は十徳ナイフを構えた。さあ、いつでも来い!
木の精がざわざわと葉っぱを揺らす。俺はごくりと生唾を飲んだ。なんだ? 来ないのか? しばらく待っていても木の精はなにもしてくる様子がない。ただ、葉っぱのざわざわがうるさくなっただけだ。
「こ、来ないのか!?」
「あ、あるぇー? お、おかしいのう。お主、なぜワシの花粉攻撃が効かぬのじゃ! ワシの花粉を浴びた人間はくしゃみ、鼻水が止まらなくなり、目が痒くてかき続けることになるというのに……」
「あー。別に俺、花粉症じゃないんで、花粉とか効かないんだ」
「な、なんと……困ったな。打つ手なしじゃ。ワシはこの場から一歩も動けん。花粉攻撃しか使えんのだ」
よ、よええ……! こんなやつがフロアボスやってんのかよ。よく、これで元C級ダンジョン名乗れたな。
「花粉症の人間ならば、花粉がひどくてここから先に進む意欲がなくなる。それどころか、スギ花粉の1000倍は強烈なこの花粉を受けたら、その場でショック死する者もいるレベルなのじゃが……いやはや。恐れいった」
花粉症の人間に対しての殺意が高すぎるだろこの木……
「というか、他のモンスターはいないのか?」
「ああ、ワシの花粉がキツいって他のモンスターはこのフロアに滞在することを避けてるんじゃ。ふぉっふぉっふぉ」
なんだろう。最も厄介なのは有能な敵ではなくて、無能な味方って言葉を思い出した。
「ところで木の精。グリーンハーブが手に入る階層までどのくらいかわかる?」
「ああ、それなら、この下の階層じゃ」
「ええ……もうボスフロア手前かよ……」
なんか拍子抜けだな。ボスフロア含めて全4層の内、2層を楽々突破しただけに、3層も余裕な気がしてきた。
「気を付けた方がいいぞ。3層のモンスターはワシの100倍強いからの。ふぉっふぉっふぉ」
0を何倍しても0なんだよな。俺はそんなことを思いながら次のフロアへと進んだ。
3層に辿り着くと……いきなり眼前にモンスターらしき人がいた。人……いや、人だ。身長は170センチ程の成人男性っぽい感じだ。ただ、緑色の肌で、物語に出てくる銃士のような服装をしている。そして、手には刀身が葉っぱになっている剣がある。
「よく来たな探索者よ。
「は、はあ……」
スイカ……なんか美味しそうな名前だな。夏に食べたくなりそうだ。
「お前の目的が何かは知らない。けれど、これまでに素材を採取せずに真っすぐにこのフロアに来た……大方ルネ様の首をもらい受けにきたところだろう。それは私がさせぬ。お前はまだ子供だ。だから、引き返すなら命までは取らない。しかし、出入り口付近にある攻撃禁止エリアの外に出た瞬間、私のリーフブレイドがお前を叩き斬る」
うわ、この銃士……目が本気だ。俺が引き返さなければ本当に斬る気だ。このモンスターは見た目からして強い。1層のウサギや2層の木の精なんかとは比べ物にならない程の殺気を感じる。
「待ってくれ。俺は別にボスモンスターの首を取りに来たわけではないんだ!」
「ならなぜ素材に目もくれずにここまで来た。1層にはコウキンコオロギもあっただろう」
「いや、コオロギはいらねえや」
食糧難になっても俺はコオロギは食わない自信がある。食糧難じゃない現代日本ならなおさらだ。
「俺が欲しいのはグリーンハーブなんだ。それさえ採取できれば、このダンジョンのモンスターに危害を加えるつもりはない」
「なるほど……グリーンハーブが目的だから他の素材に目もくれないと……筋は通ってる。だが、人間は信用ならんし、グリーンハーブはルネ様が大切にしているもの! 渡すわけにはいかぬ。引き返せ!」
話が通じそうで通じないなこのモンスターは。戦うしかないのか……? でも、どうやって?
「言っておくが、そちらが攻撃禁止エリアにいる状態で、私に攻撃を仕掛けたら……その時は私もお前に攻撃可能になる。正当防衛の権利が発生するからな。変な考えを起こさない方が身のためだ」
こちらが攻撃禁止エリアにいる状態で遠距離攻撃を仕掛けるのもダメってことか。俺が持っているのは刃渡りが短い十徳ナイフのみ。こんなんで、敵が持っている剣にどう対抗すれば良いんだ。
ここまでなのか……? ハーブは目の前にあるのに、入り口をこいつが見張っているから取りにいくこともできない。
「更に言えば、仮にこの私を倒したとしても、ハーブを守るモンスターは他にもいる。彼らをかいくぐり、お前がハーブを手に入れて帰還できる確率は限りなく0に近い。諦めて帰った方が身のためだ」
さっきから、ベラベラ情報しゃべってくれるなこいつは……もしかして、ボスモンスターと同じくバカなのか? 自分たちの秘密を黙ってられない性格なのか? いや、もしかしたら、正々堂々としている良い人なのかもしれない。だったら話が通じる可能性がある……?
「お願いだ。どうしても俺にはハーブが必要なんだ。こっちにも事情ってやつがあるんだ」
「人間の事情など私には知ったことではない……が、良かろう。事情次第ではルネ様と謁見する機会を与えてやらんでもない」
通った。意外とあっさり話が通るもんなんだな。俺はこの翠華って人に事情を説明した。ボスモンスター、ルネの髪を切った美容師の弟であること。そして、兄が怪我をして美容師として活動できない体になったことを伝えた。
「ふむ……なるほど。お前はあの神木とかいう美容師の弟か。確かに目元が似ている。ルネ様はあの美容師を大層気に入っていた。お目通しをする価値はあるな。私の後をぴったりとついてこい。道を外れるなよ。トラップが作動するかもしれないからな」
「あ、ありがとう」
なんか話がうまい具合に通じた。俺は翠華の銃士の後をついていき3層を安全に通り抜けた。翠華が近くにいるお陰で他のモンスターも襲ってこないし、楽で助かった。
「この階段を降りればルネ様のフロアに辿り着く。説得は自分でしてくれ。私はボスフロアに立ち入ることができない身分だからな。ただ、1つだけ言っておくことがある。ルネ様は私よりも数段強い。変な気を起こすと命の保証はない」
「わかった……がんばるよ」
「ああ。生きて帰れると良いな」
ボスモンスターのアルラウネのルネ。動画ではちょっと残念系のアホの子キャラでやっている。けれど、ボスモンスターなんだからその実力は本物だ。きちんと話を通せなければ、俺は死ぬかもしれない。けれど、兄ちゃんのためだ。俺は震える足に力を入れて動かす。1歩1歩慎重に階段を降りて行った。
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