第15話 初めての探索者!
ビィービィーうるさいアラームが私の眠りを覚ました。なんなんだよ、もう。人が折角気持ちよく昼寝をしていたのに……って! あれ!? このアラームって、探索者が来た時に鳴るものじゃない! ついに! ついに探索者が来たの!?
こうしちゃいられない。まずは顔を洗って、ハーブで作った化粧水も塗って……とにかく、お肌が万全の状態にしないと。もし、探索者がボスフロアまで来た時に変な恰好だと嫌だもんね。服はどうしようかな。やっぱり、魔界の絹で作ったドレスとか可愛いから、それにしよっかな? ああ、でも、ドレスだと戦いづらいか。探索者がきたら戦闘になっちゃうから、できるだけ動きやすい服装の方が良いけど、やっぱり可愛さも捨てられないなあ。
ああ、探索者。私のところまで来てくれるかな? 上層の雑魚モンスターにやられちゃったりしないかな? ワクワク。最初の探索者なんだから、私の手で葬って、魂を回収したいよねえ。私から会いに行きたい気持ちはあるけれど、私はボスモンスターで基本的にはボスフロアから出られないし、うーん。悩ましい。
◇
ついに足を踏み入れてしまった。もう後戻りはできない。兄ちゃんを救うために俺自身の手でグリーンハーブを手に入れるんだ! 大丈夫。あの間抜けなボスモンスターが自分でトラップを解説していたし、宝箱を発見したら上を確認だ。
俺は、9歳の時にお父さんに誕生日プレゼントとして買ってもらった十徳ナイフを握りしめて自然が多いダンジョンを進んでいく。こんな刃渡りが短いナイフでもないよりはマシだ。
元C級のD級ダンジョン……ダンジョン初心者の俺が挑むにはハードルが高すぎる。それだけに、冷や汗が止まらない。俺は左手の汗をズボンでぬぐい深呼吸して気合いを入れる。……でも、やっぱり帰りたい。怖い。そりゃ、将来は探索者になりたいって言ったけど、俺はまだ小学生だ。大人でもFランクダンジョンで死ぬことはあるのに……無謀なことはわかっている。けれど、このダンジョンの素材がどこにも出回ってない以上は、自分で取りに行くしかない!
兄ちゃん。力を貸してくれ! 1歩1歩踏みしめながらダンジョンを進んでいく。しかし、妙だな。探索者がダンジョンにやってきたら、モンスターにそれが伝わるはず。そろそろ、モンスターに襲われても良い頃だと思うけど。
「わー、探索者が来たぞー」「逃げろー」「殺される。殺されるぞー」
足元からなんか声が聞こえる。下に目をやると、別に角が生えてないウサギがぴょんぴょんと飛んで俺から逃げていく。ウサギの毛色は紫色で、人間界ではあまり見ない色っていうか、紫色のウサギっているのだろうか。
「へ?」
多分、こいつらはモンスターだと思う。けれど……正直、十徳ナイフを使わずとも倒せそうな気がしてきた。
「あいだ……ひ、ひい! 草結びの
なんだよ。草結びの輪罠って。絶妙に噛みそうな単語だな。なんか、最後尾のウサギが転んで動けなくなっているみたいだ。近づいて観察すると、ウサギの後ろ脚に草を編んで作ったとおも割れる輪っかがかかっていて、身動きがとれなくなったみたいだ。
「ひ、ひい……こ、殺さないで」
俺が十徳ナイフを構えているのを見るとウサギが目を潤ませて命乞いをしてきた。
「ふう。別に俺はキミたちを殺すつもりはないから安心してよ」
俺は十徳ナイフでウサギがかかっている草の罠を切った。ウサギは首を傾げて俺を見つめる。
「え? ぼ、僕たちを殺さないの? 探索者なのに?」
ダンジョンのモンスターそのものが素材になることもある。肉が食用として使われるのはもちろん、骨や毛皮や鱗も加工すれば道具になる。
「別に、俺はハーブさえ手に入ればそれで良いんだ。別にモンスターの命を取りに来たわけではないから」
「そ、そーなの?」
ウサギは相変わらずぶるぶる震えている。俺に敵意がないってわかってくれたのに、どうもなにかに怯えているようだ。
「で、でも……ハーブはルネ様が大切にしている素材。採取したらルネ様の怒りを買うかもしれない」
「ルネ……確か、このダンジョンのボスモンスターだったよね? ボスモンスターは最奥まで行かないと遭遇しないから大丈夫じゃないかな?」
流石にあのアホなボスモンスターでも、ボスというくらいには強そうだ。そんなやつの相手をする気にはなれない。
「ハーブは……ルネ様がいるボスフロアとその手前でしか自生していないんだ。そして、ボスモンスターは、自分が特に大切にしている素材を特定素材として申請できる」
特定素材? なんだそれは。初めて聞いたな
「特定素材が奪われそうになった時には、ボスフロアを出ることを許されているんだよ。ルネ様はハーブにその申請をしている。だから、ハーブを取ろうとしたら、ルネ様はその探索者を追いかけると思う」
「な……ボスは常にボスフロアにいるわけではないのか?「」
「うん。それにルネ様はハーブを何よりも大切にしている。だからハーブの周りには、このダンジョンの精鋭が集められている。もし、彼らを倒してハーブを採取したとしても、ルネ様は決してキミを逃がさないだろう」
なんてこった。思った以上にやばい状況だ。ちょっと、葉っぱをむしってくるだけの間隔かと思ったけど、ダンジョンの最奥近くまで行って採取……命がいくつあっても足りないな。
「ウサギ君。お願いがあるんだ」
「や、やだよ!」
「まだ何も言っていない……」
「ど、どうせ、僕にハーブを取ってこいって言うつもりなんでしょ? 僕はこのダンジョンの中でも最弱の雑魚モンスターなんだ。そんな雑魚モンスターが勝手なことをしたら、ルネ様になにをされるかわかったもんじゃない」
ああ、ちゃんと俺が言おうとしていることは伝わってたのね。そりゃそうか。この話の後でお願いって言ったらそれしかないな。
「同じダンジョンの仲間なのに?」
「うん。ルネ様は上位種だから、下位種の僕たちとはそもそもの身分が違う。キミだって、学校の先生が職員室で飲んでたりするコーヒーを盗んで来いって言われたら嫌でしょ?」
「確かに」
殺されはしないだろうけど、死ぬほど怒られて、しかも両親にまで報告がいくことは目に見えている。俺はとんでもないお願いをしようとしていたようだ。
「助けてくれたことにはお礼は言うけど、僕からしてあげられることは何もないよ。ごめんね」
「ああ、まあ。そこは気にしないで。元はと言えば、俺がやってきたのが原因でキミが罠にかかったわけだし、それで恩を売ろうだなんて思ってないよ」
ウサギ君はホッと一息ついた。さすがにこんな可愛らしいウサギにひどいことはできない。仕方ない。自力でがんばるか。
「そういえば……キミはどうしてハーブのことを知っているの? ハーブの効能を知っている人間なんて限られているはずだけど」
「俺の兄ちゃんに聞いたんだ。兄ちゃんは美容師をしていてね。このダンジョンに来たんだ」
「ああ、ルネ様の髪を切ったあの美容師さんの弟さんか。まあ、なんでハーブを欲しがったのかはわからないけど、がんばってね」
「うん。ウサギ君も、もう間抜けな罠にかからないようにしてね」
ウサギ君はそのまま跳んで逃げていった。さて、振り出しに戻るって感じだな。情報は得られたけれど、それだけだ。とにかく、最奥フロアの手前まで行かないといけない。それまで、罠とモンスターに気を付けながら進むか。ハーブをどうやって取るかは……そのフロアに着いてから考えるか。
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