第11話 髪切れお( ^ω^)
「ふんふふーん」
私はボスフロアにて、優雅に三色のハーブを調合したハーブティーを飲みながら篠崎さんの到着を待った。今日は美容師がダンジョンに来る日である。篠崎さん以外の人間が来るのは初めてのことである。楽しみだな。
ボスフロアとその上のフロアを繋ぐ階段から足音が聞こえる。篠崎さんが来た!
「ルネさん。こんにちは」
「篠崎さん! 美容師さん来た? カリスマ? カリスマなの?」
篠崎さんは私の問いに対して首を横に振った。そして一言。
「いいえ。カリスマではありません。彼は駆け出しの美容師です」
「え? ちょ、ちょっと待って。駆け出しの美容師なの? 大丈夫なのかな?」
「彼は確かに駆け出しですが、評判はいいみたいですよ」
篠崎さんはまるで他人事のように言う。まあ、実際他人事だけど、もう少し私に寄り添ってくれてもいいじゃない!
「あ、あはは。駆け出しですみません」
階段の影から出てきたのは清潔感がある爽やか系のイケメンだった。篠崎さんと比べたら見た目がかなり若い。
「篠崎さん!」
「はい?」
「ナイス!」
私は篠崎さんに向かって親指を立てた。駆け出しでもイケメンなら全然おっけーです。私の大切な髪を安心して任せられる。
「自己紹介しますね。俺の名前は、
「あ、はい。私はアルラウネのルネです。よろしくお願いしまーす」
自分でもどっから出しているんだって思うくらいの媚び媚びの声が出てしまった。
「今日はどんな髪型にしましょうか?」
「えっと、どうしよう」
何も考えてなかったな。髪を切りたい気分だったけど、具体的なイメージが沸かない。
「ああ、こちらのヘアカタログを見ますか?」
神木さんがスマートにヘアカタログを渡してくれた。なんて親切。気が利く。流石イケメン。こういうのをサラっとできるかどうかで結構印象って変わるんだよね。なんか親切にされたけど下心が透けて見えたり、感謝して欲しいオーラが出てると、うん、なんかうへぇってなるんだよね。うへぇって。
私はヘアカタログをパラパラと眺めて自分が気に入る髪型を探して、それを神木さんに伝える。
「あ、じゃあこの髪型にしてください」
「はい、わかりました。では、椅子に座って待っててくださいね」
神木さんがなにやら道具の支度をしている。その最中に篠崎さんがヘアカタログを覗いてきた。
「今の髪型とそんなに変わらない気がしますが」
「変わるの! 違いがわからないなら、篠崎さんは黙ってて」
「そうですよ。1センチの差でも大分印象が変わるんですよ」
神木さんに援護射撃をされて篠崎さんはバツが悪そうにしている。篠崎さんは、恋人や奥さんの髪型が変わっても気づかないタイプと見た。
準備が終わった神木さんは早速、私の髪を切り始めた。
「結構良い髪質ですね。なにかお手入れとかされてるんですか?」
「お手入れ? うーん、まあ。ウチは色んなハーブが取れるダンジョンだから、シャンプーとかも自作しているんだ。作り方はアルラウネ一族の秘伝のものだから教えられないけど、天然成分だから髪にも優しいって魔界では評判だったの」
「へー。そうなんですね。通りでルネさんの髪から良い匂いがすると思ってましたよ」
「うへへ。そうかな? 自分じゃあんまりわかんないや。でも、アルラウネ種って元から花の匂いがするし、そのせいかもね」
花の良い香りがするモンスターとして魔界でも人気のアルラウネ種。彼女にしたいモンスターランキングでも上位に位置する凄い種なんだぞ。
「ちょっと、そのシャンプーに興味がありますね。後で見せてもらうことってできますか?」
「うん、神木さんにだったら特別に良いよ」
「ルネさん。よろしいのですか? アルラウネ一族の秘伝の製法のシャンプーなんですよね?」
篠崎さんが何か言い出した。
「え? どういうこと?」
「ルネさんは3色ハーブを独り占めしようとしてたじゃないですか?」
「してないけど? 神木さんの前で変なこと言うのやめてもらえます?」
「ええ……」
危なかった。平静を装って篠崎さんの口を塞ぐことに成功した。神木さんに強欲な女だなんて思われたくないもの。
「3色ハーブ? なんですか? それ」
「えっとね。このダンジョンに自生しているハーブでね。それぞれのハーブに回復効果があるんだ。本当は秘密だけど、神木さんに特別に1つだけ教えてあげる。緑のハーブは傷に効くんだ。これをもしゃもしゃすれば、怪我も元通り」
「へー。そうなんですね。やっぱり、ダンジョンにはお宝がいっぱいあるんすねえ。そりゃあ、小学生がなりたい職業に探索者が入りますね。実は、ウチの弟も探索者になりたいって言ってましてね。俺は危険だからやめろって言ってるんですが、聞かなくて」
神木さんに弟さんがいるんだ。きっと、彼に似て可愛らしい子なんだろうな。
「まあ。神木さんの弟さんだったら、ウチのダンジョンにいつでも遊びに来ても良いですよ。雑魚モンスターたちに言って、弟さんは襲わないように言いつけることもできますから」
「あはは。気持ちだけ受け取っておきます。あんまり甘やかしすぎるのも良くないんでね。もし、本当に探索者になるんだったら、それこそ、中途半端なことをしたら許さない。命がけでやれってケツを叩いてやりますよ」
か、かっこいい。弟さんのことを大切に思うからこそ出る発言ってやつだ!
「まあ、大体こんな感じでどうですか?」
神木さんが鏡で私の後ろ髪を見せてくれた。うん、最初に駆け出しって言われた時は不安だったけれど、仕上がりは良い感じだ。
「完璧です。惚れ惚れしました」
「あはは。そこまで言ってくれると嬉しいです。自信が付きました」
こうして、私の散髪は終わった。昨日の私と比べて120パーセント程、チャーミングさが増した気がする。
「神木さん。お土産にさっき言ってたシャンプー持って帰る?」
「あ、えーと……」
神木さんがなにやら困っている。すかさず篠崎さんが間に入った。
「ルネさん。ダメです。探索者でもない人間がダンジョン内で生成されたものを持ち帰るのは禁止されています。私だって、このダンジョンに何度も出入りしているのに、素材を持ち帰ってないでしょ?」
「あ、言われてみれば確かに」
マネージャーの立場を利用すれば、安全に素材を持ち逃げされる可能性があるからなのか。なるほど。納得の法律だ。
「今回の神木さんは、探索者ではなく、私の付き添いで来ています。ルネさんが私たちに危害を加えられないのと同じように、私たちもルネさんを始めとする雑魚モンスターを攻撃できませんし、ダンジョン内で盗みを働くという不躾なことはできないというわけです」
「まあ、でも見るだけならいんだよね?」
「そうですね。見るだけどころか、ボスモンスターの許可があれば、ダンジョン内で使用や消費する分には制限はありません。ただ、ボスモンスターの許可があっても持ち帰ることはできないのです」
うへえ。私が良いって言ってもダメなんだ。法律って面倒くさい。
「神木さん。これがそのシャンプーだよ」
私は浴室にあったシャンプーを持ってきて神木さんに見せた。
「ちょっと匂いを嗅いでもいいですか?」
「うん」
神木さんはシャンプーが入ったビンのフタを開けて、手で扇いで匂いを嗅いだ。そして、うんうんと頷いてビンにふたを閉めて私に返してくれた。
「なるほど。この香りは……人間界で売ったらさぞかし人気が出るでしょう」
「本当!? それじゃあ、このシャンプーを篠崎さんが持ち帰って売れば……」
「ダメです。さっきも言ったけど、私はシャンプーを持ち帰れないし、ルネさんはダンジョンの外に出られないので、これを売ってお金を稼ぐのは現実的ではないですね」
「じゃ、じゃあ。探索者相手にダンジョン内で商売は……?」
「忘れたのですか? ルネさん。探索者はモンスターを殺したり、ダンジョン内で盗みを働いても法律で罰せられないのです。そんな危険なことをしでかすかもしれない相手に商売が成り立つと思いますか?」
うへえ。確かに武装した客は嫌すぎる。ダンジョン内で商売して人間界のお金を稼ぐ。いい方法だと思ったけど、ダメかー。
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