第12話 ショート動画

「ルネさん。ショート動画を撮りましょうか」


 神木さんが帰った後に、篠崎さんが唐突になにか言い始めた。


「ショート動画? なにそれ? イチゴが乗っている動画?」


「いいえ。ショートは短いという意味です。1分以下の動画が最近の流行りらしいのです」


 ちょっとボケただけなのに本気で返されてしまった。ショートの意味くらい私だって知ってるやい。


「ショート動画って具体的にどういう動画を撮るか決まっているの?」


「ええ、私だって何も考えていないわけではありません。指示待ち人間とは違うのです。ルネさんが髪を切ると聞いたので、髪を切った直後のルネさんを撮影して、どこが変わったのかをコメント欄で答えさせるというクイズをやらせます」


「ふむふむ」


「動画サイトの詳しいアルゴリズムは不明ですが、コメント数が多ければその分、オススメとかに浮上してきやすくなると聞いたことがあります」


 オススメ。私もトップページのオススメに紹介されている動画から順番に見ている気がする。あれ? ってことは……!


「オススメに掲載されれば、動画が伸びやすくなってダンジョンに探索者が来てくれるの!?」


「ええ、そういうロジックになりますね」


「篠崎さん、天才かよ」


 とんでもない逸材が私のマネージャーになったものだ。有能アンド有能。もうこの人には足を向けて眠れない。


「ビフォーアフター的な感じで……あ、ビフォーの動画を撮るの忘れてました」


 無能アンド無能。


「ええ……髪を切った後だから、今更ビフォーの動画を撮れないよ」


「仕方ありませんね。ビフォーの部分は過去の映像が残っているので編集でくっつけましょう。それでは、アフターの動画を今から撮影しましょうか」


 まあ、1分程度の動画の撮影ならすぐに終わるだろう。


「それじゃあ、ルネさんダンスをしてみてください」


「え……? ダンス……?」


 篠崎さん急になんてことを言うんだ。


「いや、だって。髪をアピールするんだったら、そこを揺らした方が動画映えするじゃないですか」


「べつに動画映えしなくてもいいんじゃないかな?」


「ダメです。ルネさんは魔界へと帰りたいんですよね? ならば、私はマネージャーとしてその責務を全うします。そのために動画でバズることが必要ならば、私はどんな手だって使って見せますよ」


 なんで急に熱くなってるのこの人は! そういう熱血系のキャラじゃないでしょ。


「わ、わかったよ」


 ということで、私はダンスを試みた。左足でステップを踏み、右足を引っ掻けて派手にこける。


「ルネさん? なにしているんですか?」


「あ、あははは。ちょっと失敗しちゃったみたい」


「そんなことより怪我はありませんか?」


「へ、平気。こんなのハーブもしゃもしゃですぐに治るから」


 気を取り直して、左足でステップを踏み、右足をターンさせて……尻もちをついた。


「ルネさん?」


「だ、大丈夫だって。ちょっとこのダンジョン磁力が強いな―。巨大な磁場で引っ張られて転んじゃったよ」


「いえ、このダンジョンに強い磁場はありません。それに、ルネさんが植物だから引っ張られるのはおかしいですよね?」


「しょ、植物だって鉄分くらいあるよ!」


「それはそうですが……人間の私の方が含有量は多いです」


 完全論破されてしまった。流石弁護士、無駄に頭が良い。


「では、また撮影開始しますよ。今度はちゃんとやって下さいね」


「はい……ていや!」


 左足を初動にしているのが悪いんだ。まずは右足を軸にナチュラルターンしつつ、左足を軸にしてリバースターン――


「ルネさん……もしかして、ダンス下手なんですか?」


 ダンジョンの天井を見上げている私に篠崎さんが語り掛ける。


「へ、下手じゃないもん! 私が下手なんじゃなくて、みんなが私より上手すぎるだけだもん」


「ルネさん。世間ではそれを下手と言います」


 面と向かってハッキリと言われてしまった。とても悲しい。


「うう……私は所詮ダンス苦手な雑魚ボスモンスターなんだ」


「雑魚モンスターなのか、ボスモンスターなのか区別がつかない呼称を勝手に作らないで下さい。いいじゃないですか。苦手なことの1つや2つあったって。私だってピーマンとパプリカが苦手なんですよ。それに比べたら些細なことです」


「やだよ! だって、私はボスモンスターなんだよ。威厳がある魔界の上位種のモンスター。そんな生態系の頂点に位置するボスモンスターがダンスが苦手だってバレたら嘲笑の的になっちゃうんだよ!」


「はあ……まあ、要はボスモンスターのプライドが許さないってことですね」


 篠崎さんが面倒くさそうに言っている。この人はいつもそうだ。私が真剣に悩んでいることに寄り添ってくれない。


「じゃあ、ダンスは諦めましょう」


「ダンスは諦めるっつったって、どうすればいいの」


「要はルネさんの髪の毛をファサっと舞わせてアピールすれば良いんです。と言うことは、別にダンスに拘る必要もありません」


「というと……」


「そうですね。上半身を左右に揺らしてみるとかどうですか? そうすれば髪も舞います」


「こうかな……?」


 私は上半身をメトロノームのように左右に振った。当然髪の毛が揺れる。


「うーん、動きがあって良い感じですけど、ちょっと振れ幅が過剰ですね。もっとゆったりとした動きでやってみて下さい」


「うん。こんな感じ?」


「そうそう。その状態で笑顔をキープしてください!」


 そんなこんなやりつつも、動画が完成した。篠崎さんが編集をしてまたアップロードしてくれた。それから数時間経過して、すっかりコメントを確認するしか使用用途がない雑魚スペックタブレットでコメントを確認してみた。


『かわいい』

『この動きかわいすぎるんですけど』

『振り子みたいで普通にかわいいと思う』

『ウチで飼っているインコにこの動画を見せたら動きを真似しました』


「あ、もう。やだぁ~。かわいいだなんて。本当のことばっかり言って。うぇええっへへへへへ」


 また変な声が出てしまった。肝心のコメントの件数は76件。わお。かなり多いな。これだけの短い動画でこのコメント数と反応……なんか、長尺の動画を投稿するのがバカらしくなってくる。



 そして、数日後、篠崎さんがまたやってきた。


「篠崎さん。動画が好評だったよ。やったね!」


「そうですか。まあ再生数も伸びて良い感じですね」


「これだけ伸びたってことは、収益もガッポガッポかな?」


 動画が当たればかなり収益が大きくなる。これは、毎月美容師に通えるのでは!?


「ルネさん。残念ですが、ショートの実入りはそんなによくありません」


「え?」


「確かにショートは伸びやすいです。しかし、ショート動画の中には、本編の長い動画に誘導する作りになっているものがあります。ショートはあくまでもチャンネルの宣伝用と捉えた方が良いです」


「うへぇ……ショートだけじゃ食べていけないのか」


「まあ、ダンジョンの宣伝という意味でなら再生数が多いショートの存在価値はかなり高いですね」


「あ、そうだった。私ダンジョンの宣伝をしてるんだった。収益のことしか考えてなかったや。てへ」


 もう、私ったらお茶目さん。


「そして、ルネさんにもう1つ残念なお知らせがあります」


「何?」


「どこが変わったのかというクイズですが、正答率は0パーセントです」


「え?」


「そもそもの回答数が少ないのですよ。みんなルネさんのかわいさに夢中でクイズ動画だってことを忘れてますね」


「…………うぇへへえへへへへへ。クイズを忘れさせるほど、私ってばかわいいんだ。全く、この美貌も罪だねえ」


「あ、はい。ルネさんがそれで良いなら……もうそれで構いません」

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