第10話 収益の使い道

 今日も今日とて、私は自室にてハーブをもしゃもしゃと齧りながらベッドの上で横になる。知っている天井を見ながら、読み飽きた漫画を読む毎日である。1周目、2周目……まあ、3周目までは楽しめた漫画でも、4周目からは感動が薄れて、10周目となる今では、読み進めたところでなんの感情も沸かない。篠崎さんが新しい漫画を買ってきてくれるまでは、これで過ごさなきゃいけないと思うと悲しくなってくる。


「ルネさん。来ましたよ」


 ドア越しに篠崎さんの声が聞こえる。私は急いでベッドから体を起こしてドアを開ける。篠崎さんの手には紙袋が入っていて、私はそれに期待の眼差しを向けた。


「篠崎さん! 新しい漫画持ってきた?」


「ええ。今度は少年漫画を持ってきました」


「少年? 私は女なんですけど?」


 この人はなにを言っているのだろうか。これだけ長い付き合いなのに私の性別も知らないのか。


「いえいえ。今や少年漫画は老若男女楽しめるコンテンツです。女子人気が高い作品もあるんですよ」


「女子人気高いなら、それは少年向けではなくて、女性向けなのでは……?」


 私はいぶかしんだ。


「まあ、とりあえず読んでみて下さい。私が厳選した漫画が入ってますので、きっと気に入ると思います」


 私は猜疑心さいぎしんを抱きながらも篠崎さんからの漫画を受け取った。袋の中には漫画が結構入っている。パッと見た感じだと15冊くらいあるのかな?


「篠崎さん。漫画も良いんだけど、漫画ですぐに読んで読み飽きちゃうんだよね。もっと、1冊当たりの楽しめる時間が長い本とかないの?」


「なるほど。確かにルネさんは長い間ずっと1人で過ごしていますから、時間潰しとしてはこの量の漫画では物足りませんか。では、次は小説でもお持ちしましょうかね」


 小説。魔界学校の国語の授業でしか読んだことないな。自主的に読もうって思ったことはあんまりない。


「そんなことより、ルネさん。おめでとうございます。動画配信の収益が確定しました」


「本当? いくらもらえた? 渋沢栄一何人分?」


「0.5人です」


「え?」


 私の聞き間違いかな? 0.5人だったら、渋沢栄一じゃなくて、渋沢栄0.5じゃない。


「ですから、津田梅子です。正確には5,233円です」


「それってどれくらいのお買い物ができるのかな?」


「そうですね。大体、漫画の新刊が10冊前後買える計算ですね」


「篠崎さんが今日持ってきた漫画は何冊?」


「全17巻です。ルネさんの稼ぎでは揃えることは無理ですね」


 なんてこった……! 動画を配信しても、誰もダンジョンに来てない。その事実を受け入れて、せめて収益で慰めようって思っていたのに! その収益も栄一には届かない。私には一体何が残るって言うんだ。


「まあ、月の半ばで収益申請が通ったってのもあって、その分、目減りしていると思います。インプレッションも右肩上がりですので、来月は余裕で渋沢栄一に届くでしょう」


「イ、インプ……? なにそれ。人間界にもインプはいるの?」


 インプとは魔界に住む悪魔に分類されるモンスターだ。妖精種にも近いと言われて、魔界のモンスター進化論では貴重な研究材料になっているとか。


「いません。魔界にいるモンスターの名前ではなくて、まあ平たく言えばルネさんの動画を見た視聴者が動画に貼りつけられた広告を見た回数とでも言いましょうか」


 だったら、初めからそう言って欲しい。なにがインプレッションなの。全く。


「とにかく、この5000円をどうしますか? 初の収益化ですし、派手に使うもよし。今後のために貯金するのもルネさんにお任せします」


「派手にって程の額じゃないでしょ。とりあえず、5000円で買えるものを教えて」


「わかりました。そう言うと思っていくつかピックアップしてきました」


 篠崎さんは鞄の中から冊子を取り出して私に見せてきた。冊子の中身は5000円(税込み)以内で買えるものがいくつか紹介されている。この中で私が本当に必要なものはなんだろう。


「どうせなら、普段買えないようなものを買いたいね。経費の名目で落ちないものがいいな。どうせ、経費で買えるものだったら、篠崎さんが勝手に買ってくれるし」


「あのですねえ。ルネさん。確かに、モンスターの生活の保障をするためにある程度、補助金は出ていますが、無制限にあるわけじゃないんですよ。使える公金には限度があります。無限に吸い上げることは不可能です」


 それなら、普段の経費で落ちるようなものも一応は選択肢に入るか。とは言っても、私の場合は食費が全くと言っていいほどかからないので、その分、娯楽に回せるのは大きい。


「あ、このヘアピン可愛い。前髪鬱陶しいから留めたいんだよね。あ、ヘアピンと言えば……私、そろそろ髪も切りたくなってきたんだよね。ダンジョン生活長いとついつい伸びっぱなしになっちゃうんだよね」


 魔界にいた頃には肩までしかなかった後ろ髪もいつのまにか肩甲骨当たりまで伸びている。


「ねえ。篠崎さん。髪切ってもらうことってできないの?」


「そうですね。私の立ち合いの元で美容師を派遣することも可能ですね。ただし、その場合美容師も私同様、法律で保護される存在となります。危害を加えたらルネさんは罪人として裁かれて2度と魔界の土を踏めないでしょう」


 まあ、ダンジョン内の素材を奪おうとする探索者以外には危害を加えるつもりはない。いくら、早く魔界に帰りたいと言っても流石の私もそこまで落ちぶれてはいない。


「ちなみにだけど、散髪代って経費で落ちるの?」


「ええ。確か対象内だったはずです。ただ、費用制限がかかってまして……1000円カット以下しか認められてないようです」


「せ、1000円!? ちょっと、篠崎さん。そんな、嫁に財布の紐を握られているお父さんじゃないんだから、女の子の散髪代で1000円はないでしょ」


 これはなにかの間違いであって欲しい。いくらなんでも、年頃なのに美容に気を使えないのは辛すぎる。


「あ、失礼。今のは男性モンスター用の値段でしたね。女性の場合は散髪代が高くなる傾向があるので、もう少し認められています」


「ほっ……良かった。いくらなんでも1000円はびっくりだよ。で、女性はいくらまで認められているの?」


「1800円です」


「ええ……なんでそこで百の位で刻むの。そこまで行ったらせめて2000円はいこうよ。いや、2000円でも安いけど。私のお父さんの散髪代でも3000円かかるのに」


「ワガママですね。どうせ髪なんてすぐに伸びるのに」


「ちょっと、それは女心を軽視し過ぎじゃない!? あー、もう傷ついた。どうせ、ダンジョン生活で傷んだ髪のケアもできないまま、毛先くるっくるの髪型で小汚い恰好のまま探索者の前に出ればいいんでしょ。ふん」


「なんで拗ねてるんですか。収益と経費で認められている分を併せれば7000円までいけますよ」


 確かに。収益の正確な額は5233円だから、ぎりぎり7000円に届く。


「うーん。まあ7000円はちょっと高いかもしれない。まだ収益が安定してないし、うーん」


「どっちなんですか」


 篠崎さんがなんかイライラし始めた。男の人って、どうしてこういう悩みを一緒に考えてくれないんだろうか。


「うーん、でも、私って一応は顔を出している配信者だよね? だったら、美容にお金を使っても良いんじゃない? ボスモンスターが可愛ければ、スケベ心丸出しの探索者が会いに来てくれるかも」


「まあ、そういう考え方もありますね。一理あるというか」


「よし、決めた。篠崎さん。収益の使い道は散髪にしよう!」


「ええ。そうですね。では、美容師はこちらの方で手配しておきます」


「できるだけ評判のいい美容師でお願い」

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