第9話 3色のハーブティー

 相も変わらずこのダンジョンに訪れるのは篠崎さんただ1人である。篠崎さんが来たので、今は探索者が絶対に来ない時間帯だ。今なら出歩き放題である。ボス専用フロアから出て上層へと向かって、動画のネタ探しを始めることにした。


「ルネさん。何かアピールできる素材とかないんですか?」


「うーん。コウキンコウロギがダメなら、この白く輝くハッギンコオロギを……」


「コオロギ以外でお願いします」


 なんか食い気味に拒否されてしまった。なんで人間はコオロギ食をこんなに嫌がるんだろうか。まあ、私も草食系女子だからコオロギは食べないけど。


「うーん、そうだなあ。何があるかな」


「そういえば、ルネさんは普段、なにを食べているんですか?」


「ん? 私の好きな食べ物に興味があるの? うーん、そうだな。やっぱり、ハーブをもしゃもしゃするのが1番かな」


 そもそも、アルラウネは水と光があれば生きていけるのだ。光合成のお陰で生存と成長に必要な栄養素は補給できる。ただ、私の場合はダンジョンの環境維持のために力を使っているから栄養補給のためにハーブを食べている。まあ、私みたいなボスモンスターでもない限りは、アルラウネ種はじっと動かなければ本当に水と光だけで生きていける。


「ふむ。ルネさんはヴィーガンという概念をご存知でしょうか?」


「ヴィーガン? なにそれ?」


「厳密な定義を説明すると長くなるのでざっくりと言いますが、菜食主義。つまり、肉などの動物性の食材を食べない人のことです」


 なんか衝撃的な言葉が聞こえたんだけど。人間って肉食動物だって聞いたのに、動物の肉を食べない?


「それってなにか意味があるの? 肉食性なのにお肉食べないのって辛くないの?」


 魔界にも肉食のモンスターはいるし、彼らに話を聞いてみたら、やはり肉を食べないと調子が出ないみたいなのだ。


「まあ、宗教や思想上の理由が主な原因ですね」


 そんなにお肉が食べたくないなら、私みたいに光合成する方向に進化すれば良いのに。


「とにかく、この深緑のダンジョンで採取できる素材の中に野菜とかがあれば、ヴィーガンの探索者を呼び込めるかなって思ったわけです」


「なるほど。それじゃあ。私が普段食べているハーブを紹介するね」


 私はその辺に生えているハーブを3枚程引き千切った。


「私が食べているハーブは3色あるんだ。グリーン、ブルー、レッドの3種類」


「へー。青色のハーブって自然界にあったんですね」


「人間界の常識は知らないけど、ここは魔界だからね」


 私はグリーンハーブを篠崎さんに見せつける。


「私が1番好きなのはこれ。グリーンハーブ。食べると怪我の治りが早くなるの」


「ほう。それは凄い。ヴィーガン以外にも、医療関係者から需要がありそうですね。この研究が進めば医学会の発展に寄与する可能性も……」


 そういえば、篠崎さんの弟さんは医学部に通ってるんだっけ。篠崎さんもそういう医学の分野に興味あるのかな?


「次にこれ、ブルーハーブ。解毒作用があるんだよ」


「ん? ちょっと、待ってください? グリーンが怪我の回復で、ブルーが解毒?」


「うん。そうだよ? それがなにか?」


「いや、なんでもないです。まだ疑惑の段階ですから。私の勝手な想像で話の腰を折るわけにはいきません」


 篠崎さんがなにやらぶつぶつ言っている。なにか引っ掛かることでもあったんだろうか。


「最後にこれ。レッドハーブ。食べると美味しい。怪我が回復したり、解毒したりはしないよ。ただ他のハーブと」


「はい。ストップ!」


 篠崎さんが私の説明を遮った。ここから先がレッドハーブの凄いところなのに。


「大人の事情でそこから先の説明はできません。やめてください」


「えー。ここで説明終わったら、レッドハーブが何の効果もないアイテムになっちゃうじゃない。レッドハーブは本当は凄いんだよ? だって、調——」


「やめてくださいって言ったのが聞こえないんですか?」


「え? ご、ごめんなさい」


 なぜか強めに怒られてしまった。篠崎さんからかかる圧が、ここから先の話は非常に危険ハザードであることを暗に示している。篠崎さんよりもっと怖い人、いや、組織・団体に怒られる可能性があるからこの話はやめておこう。


「まあ、このレッドハーブはそのまま食べても良いけど」


「まだ言いますか!」


「ひ、ご、ごめんなさい。ハーブティーの話もダメなの?」


 私は思わず身をかがめてしまった。一方で篠崎さんは数秒の沈黙の後に――


「すみません。私が間違ってました。続けてください」


「あ、うん。ハーブティーにしても美味しいんだよ。水とハーブの栄養を一緒に摂取できるから効率的だし」


「なるほど。これは中々良い素材だと思います。このハーブをアピールすれば良いじゃないですか」


 篠崎さんが乗り気である。だが――


「やだ」


「え?」


 篠崎さんが鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしている。私としては当然のことを言ったまでだと思うけど。


「探索者がこのハーブを目当てに来るってことは、このハーブが勝手に持ってかれるってことだよね?」


「ええ。まあそうなりますね。探索者は素材を回収しないと利益を得られないので」


「そんなことしたら、私が食べる量が減っちゃうじゃない!」


「ええ……ルネさん。あなた、水と太陽光だけで生きていけるんですよね?」


 わかってない。このインテリぶったメガネはなにもわかってない!


「篠崎さん。あなた、お酒は飲むよね?」


「ええ。まあ、嗜む程度には」


 篠崎さんが顎を触りなにやら考え込みながら答える。


「人間だってアルコール摂取しなくても生きていけるのに、摂取しとるやろがい!」


「や、やろがい……?」


「それと同じ。私だって、このハーブが完全に生存に必要ってわけじゃないけど! 嗜好品として必要なの!」


「どうせ嗜好品ならいいじゃないですか。少しくらい減っても」


「篠崎さん。私がこのハーブをどれだけ大切に育てているかわかる?」


「いや、ここボスフロアじゃないですよね? 物理的にルネさんが育てるのはほぼほぼ不可能ですよね?」


 無粋なツッコミをする人だな。ここは、私が論破してやらないと。


「篠崎さん。あなた、〇〇城を建てた人は誰か? って訊かれて、大工さん! なんて小学生みたいな答えをするの? 大工さんに作らせた人の名前を答えるよね?」


「ええ、まあ、そうですね」


「なら、ハーブを作らせている私が、ハーブを作ってるのと同じでしょうが!」


「あ、はい。もうそれでいいです」


 ふふん。鮮やかな論破が決まった。もしかしたら、私も論破王ポジションの配信者になれるかもしれない。質問に答えるだけでお金もらえる配信とかしてみたいな。


「え? じゃあ、結局。このハーブは配信で宣伝しないんですか?」


「うん。その代わりにこのハーブを食い荒らすハッギンコウロギの宣伝を……」


「ルネさん。学習能力有りますか? コオロギは売れないって証明されたばかりじゃ……」


「いやいや。それはコウキンコオロギでしょ? ハッギンコオロギならいけるかもしれないじゃない!」


 それにハッギンコオロギを探索者が持って行ってくれれば、ハーブ栽培の量が増えるかもしれない。これは一石二鳥だ!


「はあ……まあ、ルネさんがそれでいいなら、私は従いますよ。どうなっても知りませんよ」



「ルネさん。まあ元気だしてください」


「うぅ……なんで、コメント欄で、コオロギダンジョンって言われなきゃいけないの。コオロギ以外にも魅力的な素材があるのに。でも、コオロギダンジョンはまだマシな方だよ。なにコオロギ女って! 私の主食コオロギじゃないんだけど!」


 完全にダンジョンにコオロギのイメージがついてしまった。でも、面白がられて再生数はきっちり増えている。違う! そうじゃないんだよ! 私は、再生数よりもダンジョンの来訪者を増やしたいんだよ!


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