第8話 ダンジョンの雑魚モンスターに喝

飛頭蛮ひとうばんを召喚!」

「わはは、バカめ! 地割れのトラップで飛頭蛮は破壊じゃー!」

「それはどうかな! 飛頭蛮は飛行ユニットだから地割れ攻撃は無効!」

「な! そんなバカな!」

「ルネの勝ちデース!」


 今言ったこと、全部私のセリフ。1人2役をこなしてカードゲームするの楽しー。わー、すごくたのしー。この1人回しをすることによって、このデッキの弱点も見えてきたぞ。もっと強いデッキになった気がする。よし、また1人回ししてみよう。シャッフルして5枚ドロー。


 私は手札を見て絶望した。出せるモンスターが1体もいない。いわゆる手札事故。うん、見なかったことにしよう。篠崎さんが言っていたけれど、デッキを改造した直後にバランスを崩して手札事故を発生させるのはよくあることらしい。よくあることなら仕方ない。私悪くないもん。


 それにしても、折角1人回しでデッキの弱点を見つけて強化しても、誰とも対戦しないと何のためにこんなことをしているのかわからなくなる。大体にして、なんでボスモンスターはダンジョンの最奥で待ち構えてなければならないの!


 篠崎さん曰く、「ボスモンスターは探索者をダンジョンの最奥のフロアで待ち構えてなければならないって法律があります。しかも1人でです。特別な申請をすれば、部下をある程度は配置できますが、基本的にはボスは最後の砦を務めるものです」とかなんとか言っちゃって。


 まあ、探索者がダンジョンにいない状態ならば、自由に出歩いてもいいみたいだけどね。探索者がいつ来るかもわからないし。全然来ないけど、もしかしたら来るかもしれないし、その時にうっかり最奥のフロア以外で探索者と出会ったら、違反行為になっちゃう。


 ちなみに、篠崎さんがいる時に探索者は来ることはない。ボスモンスターのマネージャーがダンジョンに立ち入りする際には、入り口が封鎖されることとなっている。だから、篠崎さんが来てくれるんだったら、探索者と鉢合わせになる心配もない。


 うぅ……ダンジョン内にはモンスターがたくさんいるのに、どうして、ボスモンスターの私だけ隔離されているの。こんなのあまりにも不平等すぎる。もしかして、ボスモンスターって貧乏くじの別称なのではないかと思い始めてきた。


 1人はヒマ。でも、ボスモンスターは基本的に最奥のフロアで待機してないといけない。この絶妙な板挟みがなんとももどかしい。


「まあ、でも……ちょっとだけならいいよね」


 私はダンジョンの最奥フロアから出てみることにした。私室を出て、探索者と戦うバトルフィールドを横目にダンジョンの階段を上ってみた。


「やあ、みんなー! おはよー!」


 私は階段を上がると同時に大きな声で挨拶。うん、挨拶は大事だ。しかし、私が目にした光景は……


「だりー……」


「なあ、面白いことない?」


「あ? ねえよ、んなもん」


「コウキンコオロギうめー」


 だらけている雑魚モンスターたちの姿だった。この深緑のダンジョンでは、植物モンスターを中心に獣モンスターと虫モンスターが生息している。正に大自然に近い環境である。


「ちょっと! みんな何してんの! 探索者がやってきたらどうするの!」


 私は思わず声を張り上げてしまった。その瞬間、雑魚モンスターたちは私に気づいたのか、ハッと口を開けて驚き、すぐに整列した。


「ルネ様! どうしてこのフロアに!?」


「どうもこうもないでしょ! あんた達ねえ。探索者がいきなり襲ってきたらどうするの! そんなだらけていたら、すぐにやられちゃうよ!」


 私は、雑魚モンスターたちを叱りつける。まさか、私の見えないところでこんな風に怠惰な生活を送っていたなんて。情けなくて涙が出てくる。


「お言葉ですが、ルネ様。マネージャー以外の人間。即ち、探索者が来訪してきたら、すぐにわかります。ダンジョン全体にアラームが鳴りますからね」


 口が減らない雑魚モンスターがいたものだ。上司である私に口答えするなんて。


「いい? こういうのは気持ちの問題なの! 探索者がやってきたのに迎え撃つ準備をしなかったらどうなると思う? アラームが鳴った時点で大慌てでひっちゃかめっちゃかになって、もう! とにかく、すぐにダンジョンを攻略されちゃうよ? いいの? ボスモンスターである私がやられたら、ここの環境だって維持できないんだからね!」


 基本的にダンジョンの環境はボスモンスターの持っている魔力によって維持されている。ボスモンスターの死後、すぐにダンジョンの機能が停止するわけではないものの、1ヶ月もすれば、魔界のモンスターが生息できる環境ではなくなってしまう。その1カ月間は実質、探索者にとってはボーナスステージみたいなもので、モンスターが弱っているのに、素材は採取し放題という状況になってしまう。それ目当てでボスモンスターを狩る探索者もいるのだ。


 そして、新たなボスモンスターが就任するまでは、ダンジョンは廃墟と化してしまう。空いたダンジョンには順次、魔界からのモンスターが追加で送られるものの、その頃には前のダンジョンにいた雑魚モンスターは環境に適応できずに全滅するのがオチである。


「そんなこと言ったって、どうせ探索者が来ないんですから、ルネ様も遊びましょうよ」


「ダメ! 探索者は来る! 今日か、明日か、明後日か。それはわからないけれど! 絶対来るんだってば」


 私は地団駄を勢い余って踏んでしまった。しまった。これでは子供みたいだ。


「そんなに怒らないで下さいよ。ルネ様。可愛いお顔が台無しです」


「え? 私ってかわうぇふへへへへへへえぇええへへへ」


 しまった。また変な声が出てしまった。部下の前でこんなだらしない声を出してしまってはしめしがつかない。急いでいつもの凛々しい声に戻さないと。


「とにかく、探索者がいつ来てもいいように! みんなしっかりと気を張って!」


「はーい」


 部下に注意をしたところで私は階段を降りてボス専用の最奥のフロアへと降りて行った。全く、最近の雑魚モンスターはたるんでいるから困る。


 あれ? 私は、なにしに上にまで行ったんだっけ? まあ、いいや。探索者が来るまでゴロゴロしてよっと。


 探索者が来るかもしれないという淡い期待を抱きつつ、バトルフィールドで寝そべっていると、コツコツと階段を降りる音が聞こえる。私がいるフロアまで降りてくる雑魚モンスターはいない。まさか探索者か!?


「おはようございます。ルネさん」


「なんだ篠崎さんか」


 探索者の来訪を知らせるアラームが鳴ってないから当然と言えば当然か。


「篠崎さん。上の雑魚モンスターたちの様子はどうだった?」


「そうですね。獣モンスターは、コウキンコオロギをむしゃむしゃ食べていて、虫モンスターは、雑草を食べていて、植物モンスターは擬似太陽で光合成をしてました。実に平和なダンジョンです」


「ダンジョンが平和でいいわけないじゃない! ってか、私が注意したのに、気を抜きすぎじゃないの!」


「はあ。私は平和が1番だと思いますけどね」


 篠崎さんが寝ぼけたことを言っている。


「いい? ダンジョンって言うのはもっと殺伐としていなきゃいけないの。いわば戦場。モンスターと探索者が命を賭けて戦うような、そんな場所なんだよ!」


 篠崎さんはマネージャーの癖になにもわかってない。ここは私がダンジョンとはどうあるべきなのかというのを力説して……


「あ、そうだ。ルネさん。ヒマつぶし用に漫画を持ってきました。ルネさんは女性ですので、少女漫画がいいかなと思って買って来たんですよ」


「漫画? そんなもので誤魔化されると思って――!」


「まあまあ、とりあえず読んでください。話をそれから聞きます」


 まったく。人がせっかくダンジョン論を熱く語ろうとしている時に……人間界には漫画という書物があるって聞いたことがある。けど実物を見るのが初めて。どうせ、ロクでもない読みものなんでしょ?



「ちょ、どうしてそこで追いかけないの! このヘタレ男! アンタは顔だけか!」


 ああ、もうこの2人の恋の行方がどうなるのか気になりすぎてもどかしすぎる。早く次のページをめくって確かめないと!


「ルネさんが漫画を楽しんでいただけたようで何よりです」

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