第7話 ルールは複雑そうだけど……

 今日は篠崎さんが来る日である。前回に篠崎さんはヒマつぶしの道具を持ってきてくれると約束してくれた。なにを持ってきてくれるんだろう。そんな期待に胸を膨らませていると篠崎さんがやってきた。


「ルネさん。こんにちは」


「篠崎さん。会いたかったよ。もう、ヒマでヒマで死にそうだったんだよ」


「はあ、相変わらず、このダンジョンには誰も来てないようですからね」


 私みたいな可愛い子に会いたかったと言われてもこの無反応。全く、可愛げがない人だ。


「もう、本当に人がこなさ過ぎてカビが生えそうだっての。草花で覆われた深緑のダンジョンじゃなくて、緑カビで覆われた深緑のダンジョンになりそうだよ」


「はあ、そうですか」


 私の渾身のギャグをまたしても流す。なんなんだこの人は。もっと笑ってくれてもいいのに。


「それはそうと……ルネさんに言われて、ダンジョン内でも遊べるものを持ってきましたよ。はい」


 篠崎さんは手にしていたジュラルミンケースを開けて、中身を私に見せた。ケースの中にはびっしりとカードが詰まっている。モンスターの絵柄が中心にあり、カードの上部と下部に文字が書かれている。


「これは何?」


「トレーディングカードゲームです。私が小学生の頃に集めていたものです。昔は、弟とよくこれで対戦したものですよ」


 篠崎さんでも遊ぶことってあるんだ……なんか意外。ずっと勉強一筋で生きてきたって真面目な顔しているのに。なんか騙された気分。


「このゲームは、モンスターを出して戦わせて遊ぶゲームですね」


「それをモンスターの私にやらせるの? 倫理的に大丈夫?」


「人間も、人間の兵士や王族を駒に見立てたゲームで遊んでいるのでセーフです」


「そっか。なら安心だね」


 流石、誕生してから数万年経っているのに、いまだに戦争している人間。創るゲームの発想も野蛮だ。


「とりあえず、ルネさんは初心者ですので、こちらのルールブックを用意しました。読んでみて下さい」


「うんうん。カードを40枚のデッキにして、最初は5枚ドローして、お互いがモンスターを召喚してパワァーが強い方が勝つ。なんか複雑そうなゲームだけど、やってみると意外とシンプルかもしれないね」


「ええ。習うより慣れろです。実際にやってみましょう。ルネさんは、まだどのカードが強いとかそういうのはわかってないと思います。なので、予めこちらで構築済みのデッキを用意しました」


 篠崎さんがケースの中からゴムで縛られたカードの束。つまり、デッキを取り出してみせた。


「なんかゴムで縛ってるのって貧乏くさいですね」


「仕方ないのです。これをやっていた当時の私は小学生。デッキホルダーを買うお金がなくて、仕方なく安物のゴムで代用していたのです。小学生環境ではあるあるなのですよ」


 小学生環境ってなんだろう。なんか、微笑ましい感じがするけれ度、篠崎さんの憂いを秘めた目を見ていると魔境のような感じがしてならない。


「とにかく、実際に対戦してみましょう。まずはデッキをシャッフルします」


 私は篠崎さんと同じようにデッキをシャッフルした。シャッフルし終えたらデッキを所定の位置に置いて対戦開始だ。


「それでは、私の先行から行きます。私は、手札から、松ボールを召喚します。それでターンエンドです」


 篠崎さんがターンを終了したってことは、私のターンか。


「私のターンだね。よし、手札からマンドラゴンを召喚するよ」


 とりあえず、1番強そうなドラゴンモンスターを出そう。なんか、マンドラゴラをモチーフにしているっぽいし、多分私の親戚かなにかだろう。そう思うとこのモンスターに親近感がわいてきた。


「あ、それは出来ません」


「え?」


「マンドラゴンはレベルが高い上級モンスターです。そのモンスターを出すには、場に出ているモンスターをコストにしなければなりません」


「コスト……そういえば、ルールブックになんか書いてあったような気がする」


「ええ。コストとなったモンスターは廃棄されてセメタリーゾーンへと送られます」


「なるほど。それじゃあ、低レベルのモンスターを出せばいいんだね」


 わかった。このゲーム、ルールは複雑そうだけど複雑なゲームだ! それにしても、マンドラゴラモチーフのモンスターを上級モンスターにするセンスは流石としか言いようがない。私の中でこのカードゲームは高評価となった瞬間だ。


「それじゃあ、私はこのイナゴの大群を召喚」


 これしか出せるモンスターが存在しない。しかもイナゴだと相手の松ボールよりもパワァーが低いから戦闘したら返り討ちにあってしまう。ここは大人しく壁にするだけにしておこう。


「私はターン終了だよ」


「では、私のターンですね。私は、アッポーを召喚します。そして、アッポーと松ボールがフィールドに揃ったことにより、この2体を合体! デッキからパイナッポーを召喚します」


「え? ちょっと、待って。召喚って1ターンに1度まで。しかも、手札からしか召喚できないんじゃなかったっけ? なんで、2回目の召喚、しかもデッキから出してるの?」


「それは、アッポーの効果ですね。アッポーと松ボールをコストにすることで、デッキからパイナッポーを召喚する効果があります。ルールによる召喚は1ターンに1度だけですが、効果による召喚は1ターンに何度でもできます」


 まるで意味が分からない。でも、まあ、モンスターの効果だと連続して召喚できるってことは覚えておいた方がいいかも。


「パイナッポーでイナゴを攻撃します。パイナッポーの方がパワーは上なので、イナゴは破壊されてセメタリーに送られます」


「うへぇ……でも、イナゴの効果のところに、イナゴの大群は破壊された時に、手札・デッキから、イナゴの大群を召喚できるって書いてあるよ」


「ええ。発動条件を満たしたので、イナゴを出しても構いません」


「やったー。それじゃあ、イナゴの大群を召喚するよ」


 これで、私の手札にいるマンドラゴンを出すコストが揃った。マンドラゴンの方がパワーは上。この勝負勝った!


「では、私はこれでターンを終了します」


「ふふふ。私のターンね。イナゴの大群をコストに、手札から上級モンスターのマンドラゴンを召喚!」


 イナゴの大群は破壊された時に同名モンスターを呼び出す効果があるけれど、これは破壊ではなくてコストである。よって、効果は発動しない。でも、上級モンスターのマンドラゴンを召喚できたから良しとしよう。このまま高らかに攻撃宣言だ!


「パイナッポーに攻撃!」


 私はかっこよく指を突き刺した。決まった。


「パイナッポーは破壊されますね。パイナッポーは戦闘で破壊された時、相手の場のモンスターを破壊する道連れの効果を持ちます……が、マンドラゴンは相手のカードの効果を受け付けない完全耐性持ちです」


「え? そうなの! あ、本当だ! 【このモンスターは、相手のカードの効果を受けない】って書いてある。ってことは、破壊も無効なんだ」


 パワーも高いし、耐性も持っているなんて流石マンドラゴン。ここから負けようがないってくらい完璧な布陣だ。


「じゃあ、私はこれでターンを終了。悪いね篠崎さん。この勝負、私の勝ちだよ」


「ルネさん……カードゲームの世界において、勝利宣言は敗北と同じです。それは今からわからせてあげましょう。私のターン。私は手札からスパイシードを召喚します」


「何言ってるの? そのスパイシードってカードは上級モンスターだよね? 篠崎さんの場にコストになるモンスターがいなければ、召喚できないじゃない」


「甘いですね。このスパイシードというモンスターは、相手の場に上級モンスターがいる時、それをコストにして召喚することができるのです」


 篠崎さんが変なことを言い出した。これは完全論破できるのでは?


「いやいや、マンドラゴンは相手のカードの効果を受けない完全耐性持ち。そんなもの効きませんよ?」


「これは、効果ではないのです。コストなのです」


 ……? なに言ってんだこの人?


「よって、マンドラゴンはコストでセメタリーへと送られてスパイシードを召喚可能。スパイシードでルネさんに直接攻撃しかけて、ゲームエンドです」


「篠崎さん。1つ言っていいですか?」


「はい、どうぞ」


「クソg「それは言ってはダメです」


 禁断のワードが出掛けたところを篠崎さんに食い気味に止められてしまった。

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