第5話 祝・収益化
「ブンブン、ハロー……」
「あー、また動画が止まったー!」
篠崎さんから貰ったタブレット端末とWiFi環境。どうやら、ダンジョン内で使えるように設計されているタブレットとWiFi環境はスペックとやらが低いみたい。だから、こうして、ただ単に動画を再生するだけで、止まってしまうことがある。
なにせ、ダンジョン内は人間界の電子機器や近代兵器の一部が使用不可となってしまっている。ダンジョンに対応できるように改造するだけでも、かなりのコストがかかるのだ。まあ、そのお陰で私たちモンスターは人間界で作られた兵器の餌食にならずに済んでるんだけどね。どっちにしろ、探索者がダンジョンに来てくれない私には関係のないこと……自分で言ってて悲しくなってきた。
「ルネさん。お疲れ様です」
篠崎さんは定期的に私のダンジョンに来てくれる数少ない人間。いや、唯一……やめよう。数少ない程度に留めておく。
「篠崎さーん。また動画が止まったよー」
「ルネさん。動画ばかり見てないでダンジョンの改革案とか考えているんですか?」
「あ、いやそれは……色んな動画をアップして宣伝してきてもらう! そのためには色んな動画を研究しないといけないの!」
本当は人間が投稿した動画が面白いから見ているだけだけど、それを言ったら篠崎さんに怒られそうな気がしてきた。
「はあ……そうですか。ところで、なにか動画の案は思いついたんですか?」
「うーん。人気の投稿者はみんな独自の挨拶をしているし、サムネでその人の動画だってわかるじゃん? 私の動画にもそういうのを取り入れようと思うんだ」
篠崎さんは私の意見を聞いてなにやら考え込んでいるようである。
「ふむ……サムネに関してはクリアしているでしょう。ルネさんのアウラウネの緑色の肌は人間界には存在しません。正に唯一と言ってもいい個性です。ルネさんの写真をサムネに使っている限りは、ルネさんの動画だと一目でわかってくれるでしょう」
「ほうほう」
「もう片方の挨拶ですか……まあ、それも考えるのも手ですね。具体的には挨拶の案はあるんですか?」
「え、急に言われても……」
全く考えてなかった。というか、挨拶の案もたった今思い付いたのだから言えるわけがない。
「そうですか。では、次に私が来るときまでに考えておいて下さい。そうすれば、なにか見えてくるはずです」
なにが見えるのかはよくわからないけれど、独自の挨拶を考えるのは大事だ。
「それより、篠崎さん。話を戻すけど、動画が止まってイライラが加速しちゃうんだよ。止まってるのに加速するなんておかしいと思わない?」
「そうですね。タブレットのスペックの問題は仕方ないにしても、WiFiを経由せずにオフライン環境で動画を再生すれば少しはマシになるかもしれません。私が地上に出てルネさんが見たい動画をダウンロードしてきます。そして、ルネさんのタブレットにデートを移して――」
「よくわかんないけどその方向で」
パソコンの専門用語をツラツラを並べられても私には理解できない。
「それで、誰の動画を見たいんですか?」
「うーん、まずはトップを走るクリエイターの動画は外せないね。ムカキンさんとか、おわりぶしょーさんとか」
私が次々に投稿者の名前を列挙する。篠崎さんはメモ帳にそれを書き止めてくれている。
「ええ。彼らの動画の人気なものをまとめてダウンロードしておきます。あ、そうそう。ルネさん、おめでとうございます」
「おめでとうって何が?」
「ルネさんのチャンネルの収益化申請が通りました。これで、動画を投稿する度にお金がもらえます」
「お金……? それって、ジャパニーズYENのこと?」
「はい、そうです」
篠崎さんがメガネをクイっと上げてドヤ顔を決めている。
「でも、私モンスターよ? ジャパニーズYENなんてもらっても仕方ないじゃない。金よりも欲しいのは人間の魂なの!」
「ところが、ルネさん。人間界のお金も重要ですよ」
「重要って何が?」
「ルネさんに買い与えられる物品は、人間界と魔界が決めた予算の範囲内、それも経費で落ちるようなものしか購入することができませんでした」
「ふむふむ」
「それが、自分でお金を持つことによって自由に人間界のものをお買い物をすることができるのです」
「な、なんだってー!」
人間界のものを自由に買える!? それって凄いことじゃないの? だって、人間が魔界の素材や資源を欲しがるのと同じように、私たちモンスターも人間界にあるものが欲しい。
「今まではモンスターは人間界のお金を稼ぐ手段はなかった。なにせ、ダンジョン内で死亡した人間の遺品は人間界に返さなければならないというルールがあります。モンスターが得られるのは人間の魂だけ。つまり、モンスターは人間界のものを限られたものしか手に入れることができない」
「そうだね。だって、モンスターは経費で落ちる範囲内のもの。つまり、人間が決めたものしか買うことができないもの」
「しかし、動画を投稿して得た収益はルネさんのものです。ルネさんの財産なら、その範囲内で自由に買い物ができる……!」
「じゃ、じゃあ……! ペットボトルロケットや丸いアルミホイルも手に入る……!?」
「そういうことです」
凄い! 収益化凄い! これで、私も人間界のトレンドにおいてかれずに済む! ダンジョンに引き籠っているのに世間と繋がれるなんて良い時代だなあ。
「よーし! それじゃあ、収益化もしたことだし、動画投稿がんばるぞー!」
「ルネさん。目的忘れてませんか?」
「あっ……」
そうだよ! 私は人間をぶちのめして魔界に帰らないといけないんだった。なに、人間界の毒されてんの!
「完全に浮かれぽんちになってた……」
「はあ、浮かれぽんちですか」
「とにかく、これまでの動画投稿が無駄じゃなかったってことだね!」
「そういうことですね。例え、ダンジョンの宣伝でお滑りしてもお金は入ってきます」
お滑り……なんか嫌な響き。わざわざ丁寧な言い方をしているせいで余計に嫌味に聞こえるのは気のせいだろうか。
「篠崎さん。収益化記念に動画を撮影したいんだけど良いかな?」
「え?」
「いや、だって。みんな収益化したらそういうのやるじゃん。私もやりたいじゃん?」
収益化記念動画。それは、コメント欄が「おめでとう」の一色に染まる優しい世界。この厳しくも辛いダンジョンのボスモンスター生活に癒しが欲しい。もっと優しくして欲しい、甘やかして欲しい。そのために必要なんだ。
でも、私の提案に篠崎さんは鼻の頭をかいて困ったような表情を見せる。そして、綺麗な角度で頭を下げた。
「申し訳ありません。ルネさん。今日は機材を持ってきてないんです」
「ええ……」
「だって、撮影のスケジュールはなかったじゃないですか」
「いや、確かになかったけど……」
予定にないことを頼んでいる以上は無理は言えない。でも、収益化記念動画撮りたかったなあ。
「撮影用の機材ってこのダンジョンに置きっぱなしにできないの?」
「できませんね。基本的にダンジョンでも作動する機材は高価なものです。だから、私たちが普段使っている機材もレンタルしたものなんですよ。撮影が終わったら、返さなくてはなりません。ちなみにレンタルならギリギリ経費で落ちる金額ですから購入は無理です」
「ええ……あ、そうだ! じゃあ、私って収益化したじゃないですか。そのお金で買うっていうのは……」
「ハハハ。弱小投稿者が調子に乗らないで下さい。あなたの現状の月の収入では、駄菓子を2、3個買って終わりですよ」
うわあ。今までは褒めて伸ばすスタイルだったのに、急にハシゴを外されたー。
「失礼。ちょっと口が滑りました。すみません、なにせ、こちらも予算をギリギリでやりくりしているものなので。つい」
「篠崎さんも……大変なんだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます