第4話 適切な報酬

「それでは、3つ目の人気の要素を言いましょう。これは2つ目の要素と連動する形にあるのですが、それはずばり素材や資源が良質で豊富なことです」


 篠崎さんが3本目の指を立てる。元々、探索者は素材を目当てにダンジョンに入ってくる。言われてみれば当たり前のことだ。


「このダンジョンにも結構良い素材があると思うんだけどねえ」


「ええ。基本的にダンジョンの難易度と素材の質は、片方が上がればもう片方も上がる相関関係にあると言えます。元Cランクの深緑のダンジョンもそこそこ良い素材はありますね。まあ、そこそこですが」


 元Cランク……嫌な響きだなあ。格上げならともかく、格下げされたんだし……


「ですが、必ずしも難易度と素材の質が一致するとは限りません。つまり、ランクが低くても素材の質が良かったり、逆のパターンもあります。幸運なことに深緑のダンジョンの素材はC相当ですが、今はDに落ちています。ここをアピールすれば良いと思います」


 篠崎さんがメガネをクイっと持ち上げてキリっとした表情で私を見つめる。そんな決まったみたいな顔されても……


「うーん……ダンジョンにある素材や資源か。確かにアピールしてみる価値はあるかもしれないね」


「ええ。ですから、素材・資源レビュー動画を作りましょう! 立地を変えられない以上は、難易度を適切に調整したり、素材の質を高めてアピールするしかないです」


 私は脳を回転させて考えてみた。Fランクのダンジョンが最も人気なら、難易度調整でそっちの方向に持っていけないだろうかと。


「篠崎さん。いっそのことダンジョンの難易度もFランクにしましょうよ。そうすれば、いっぱい探索者が来ますよ!」


「それは却下です」


「なんで!?」


 即答されて私はショックを受ける。なんで、この人は私の画期的なアイディアを即否定するんだ!


「却下した理由は2つあります。1つ目は、難易度を下げるには、ダンジョンに生息しているモンスターを弱くする必要があります。そして、弱いモンスターが適応する環境を作ると必然的に素材の質が落ちるのです」


「あー。そういうもんだったね。魔界の学校の授業で習ったわー」


 モンスターは周りの環境によって生息できるかどうかが決まる。上位種であれば、比較的どんな環境でも適応できる。けれど、下位種のモンスターは、上位の素材が放つ瘴気に当てられると絶命してしまう。


「素材の質が落とす方向で話を進めるのならいいんですが、折角C相当まで上がっている素材の質を落とすのはナンセンスです」


「うへえ」


「そして、2つ目の理由は……そもそも難易度が低いダンジョンだと探索者が命を落としてくれません。魂の回収をするには探索者が死ぬ必要があります。だから、難易度が低ければ良いってものではないんです」


 言われてみれば、確かに私の目的は、探索者の魂を回収して魔界に送って、魔界での要職のポジションを手に入れて魔界に帰ることである。ダンジョンに人がいっぱい来ても、死んでくれなかったら意味がない。


「ほへー。そうなんですね。篠崎さんって頭良いな」


「ええ。私は頭が良いのです」


 そう考えると、結構ダンジョンの難易度調整って難しいというか……面倒だなあ。


「とりあえず、急に難易度の調整をしようとしても上手くいかないと思います。現状では適切なバランスが取れていると思うので、難易度リスク報酬リターンのリターン部分をアピールしましょう」


「そうだね。ここのダンジョンの名物でもあれば、みんな来てくれるよね!」


 なんか観光事業みたいになってきた。よし、みんなにこのダンジョンの良さを知ってもらわないと。



「みなさん! こんにちは! アルラウネのルネだよ!」


 今日も撮影が始まった。元気よく挨拶。これは本当に大事!


「本日はこの深緑のダンジョンの名物を紹介したいと思います。まず、比較的浅い階層に生息しているこれ!」


 私は、草の影に隠れて“鳴いている”虫を手で掴んで見せた。


「じゃーん、コウキンコオロギ!」


 黄金色に輝くコオロギをカメラに見せる。とてもキレイな色で魔界では爬虫類種のモンスターの主食だ。ちなみに、爬虫類と親戚のドラゴン種も結構食べているみたい。


「このコオロギはとてもタンパク質が豊富でね。たった1匹で1日分のタンパク質が補給できるんだ。その他にも色んな栄養素が豊富で、魔界では貴重な食料なの。しかも、コウキンの名が示す通りに、このコオロギは地球のコオロギと違って、菌を持たない無菌なの。正に抗菌蟋蟀ってこと!」


 コウキンコオロギのメリットを説明して改めてこのコオロギは凄いと思った。人間界も食料問題が叫ばれていると聞く。コウキンコオロギを持ちかえれば、食料問題も解決できるはず、つまり、このダンジョンにいっぱい探索者が来る! 完璧な計算だ。


「というわけで実食してみたいと思います。残念ながら、私は草食系のモンスターなので、虫は食べられないの。だから、この魔界のハエトリグサ君に食べてもらうよ」


 ハエトリグサの口の中にコウキンコオロギを落とす。するとハエトリグサの口がパクっと閉じて、コウキンコオロギをむしゃむしゃと食べる。魔界のハエトリグサは人間界のそれとは違ってかなり凶暴。なにせ、陸のサメとも呼ばれるくらいなんでも噛みついて食べてしまう。でも、私はそんな陸のサメより上位種なんだけどね。ふふん。


「ハエトリグサ君も美味しそうに食べるねえ。みなさんもコウキンコオロギはいかがですか? コオロギの食感が苦手な人でも、すりつぶしてパウダーにすれば美味しく食べられるよ! では、本日の動画はこれまで。また次回の動画でお会いしましょう。またねー!」



 動画を公開して数日が経った。しかし、一向に誰もダンジョンに訪れない。どういうこと? みんなコウキンコオロギが欲しくないの?


「ねーねー、篠崎さん。どうなってるの? 誰もダンジョンに来てくれないんだけどー!」


「動画自体は高評価ですね。攻略動画ほどの伸びはありませんが、ルネさんのファンが堅実に増えている証拠です」


「え!? 私のファンがいるの? うぇへええええ」


 またしても変な声が出た。


「しかし、コメントを見れば、探索者が来ない理由が明らかかと」


 篠崎さんはタブレットの画面を私に見せた。そこには、私の動画に寄せられたコメントがピックアップされている。


『コオロギってエビみたいなもんだって。じゃあ、エビ食うわ』

『イナゴの佃煮を食う俺でもコオロギは引くわ』

『ルネちゃんは可愛いけど、コオロギは食べたくない』

『コオロギのタンパク質効率が良いって? じゃあ、チキン食うわ』


「なにこれ……え? 人間界って食料危機じゃないの?」


「はい。人間界全体で見れば、食料が足りてないと言えるでしょう。しかし、深緑のダンジョンは日本にあります。日本ではむしろ飽食。食べるもの欲しさに、わざわざDランクダンジョンに入らないでしょう」


「世界全体では、食糧危機なのに、地域によっては飽食……? 人間って変なの……?」


「ええ、人間は愚かです」


 と人間の篠崎さんが言っている。


「それじゃあ、コウキンコオロギは探索者にとっては魅力的ではないってこと?」


「はい。そういうことですね」


 あまりにもアッサリと言う篠崎さんに私は疑念を覚えた。


「篠崎さん。質問しても良い? もしかして、コウキンコオロギが人気出ないって知ってた?」


「はい。私も、コオロギは食べたくないなあって思いながら撮影してました」


「なんで、それを言ってくれないのー!」


 いつもそうだ。この人は肝心なことを言わない! ダンジョンがある日本では飽食だなんて、外に出られない私が知るわけないじゃない!


「ギャグでやっているかと思ってましたから。私は他人のギャグを指摘するほど無粋ではないので」


「ギャグでやるか!!」

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