3話 大切な事
「あああ……すっかり忘れていたわっ!?」
クロエは徐々に日常を取り戻し、2度目の生を受け入れ始めていた。幸せな人生を手に入れる為に、考えなければならない事はたくさんあるのだが、それ以上に両親やマーサと過ごす日々を楽しみすぎて、すっかり忘れていた。
「何をやっているの私!2度目の人生を楽しみすぎたわ、もう1ヶ月も経ってしまったわ!!」
お茶の時間を存分に楽しんだ後に、クロエは当初の目的を思い出し思わず頭を抱えた。子供らしからぬ苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えるその様は異様な光景ではあるが、幸いな事に、部屋の中にはクロエ以外はいなかった。
「と、とにかく考えなくてはならなわ。まず第一にこの人生の目的ね。それはもう決まっているわ、幸せになることよ。それでは幸せって何かしら?少なくとも巻き戻り前の人生ではない事は確かだわ」
むにむにと自分の顔をもみながら、考え込む。幸せになると決めたのは確かだが、何をどうすれば幸せといえるのだろうか。クロエだけが笑っていればそれは幸せなのだろうか。そんな事はないだろう。少なくとも、自分が幸せになるために周りを蹴落としては意味がない。もちろん、自分や自分の身内に手を出すような者は例外ではあるが。
では自分は一体どうすればいいのか。クロエは深く深く考え込む。長く考え込んでいたためか、入れてもらった紅茶はすっかり冷めてしまったが、それでもクロエは考えるのをやめない。
自分が幸せになるのは当然だ。人は誰しも幸せになる権利を持っている。もちろんそれはクリストファーや王家、敵対していた貴族にだって当てはまる。だからと言って攻撃されるのを大人しく受け入れる義理はどこにもない。積極的に攻撃する事はないが、反撃するのは当然の権利だ。
「あの頃、敵対していた貴族や王家と積極的に関わる必要はないわ。そんな事をすればまた嵌められてしまう。私も私の家族も同じ轍を踏む必要なんてないわ。だからと言ってこちらが攻撃する必要もない。だって彼らにも家族はいるもの。私だってそこまで鬼ではないわ」
あまり関わるような事はせず、怪しまれない程度に距離を置く。そんなことぐらいしか、クロエは思いつかなかった。
そもそもあの卒業式の会場にいた子息令嬢は本当に敵だったのだろうか。王家に逆らえなかった家の者もいたのではないだろうか。今となっては分からないが、分かったところで許す気は毛頭ない。だって彼らは、彼らの罪をクロエに着せたのだから。
確かにマリアンヌはいじめられており、当然その犯人はクロエではない。彼女をいじめていたのは、伯爵以下の令嬢が中心だった。伯爵家の人間でありながら聖女に選ばれ、第一王子の婚約者でもあり公爵令嬢でもあったクロエと仲がいい。そんなマリアンヌに嫉妬した令嬢たちが、彼女を攻撃していたのだ。許せないと、クロエは中心となっていた令嬢に直談判をし止めるように言ったが、惚けるばかりで何の意味もなかった。周りの人間も、クロエとマリアンヌを助けることはなくただ見ているだけだった。
出来る事なら解決をしたかったクロエだったが、数の暴力に敵う筈もなく、ただひたすらにマリアンヌを守ることしか出来なかった。
その結果が、冤罪による婚約破棄と断罪だったのだろう。クリストファーにとって、いじめの犯人が誰であろうと関係がなかった。ただクロエを排し、マリアンヌを手に入れる事が目的だったのだから。ならば、とクロエは心に決める。
「クリストファー様とは絶対に婚約しませんわ。絶対に。何が何でも。でも……」
王家と繋がりが深いオンブル家。どんなに避けようとも婚約の話はいずれ上がるだろう。彼らはオンブル家に対して敵意を持ってはいるが、同時に手放すのも惜しいと思っている。何せオンブル家にも王族の血が流れており、根強い権力を持っているのだから。
それでもクリストファーと婚約するなど、クロエには無理だった。もし結ばれでもしたら、その瞬間に舌をかみちぎってでも死ぬ覚悟だ。
「――私、今生はウルス様と結婚すると、もう心に決めているもの」
最後までクロエのそばにいた、いつもしかめ面をしていたウルス。牢の見張りは交代制ではあったが、その大半がウルスであり長い間牢の前にいた。とりとめのない会話しか交わしていないが、その会話の端々に感じる真面目で実直なところに段々とクロエは惹かれていた。
最後は処刑されてしまう身だった為思いを告げることはなかったが、巻き戻った今クロエは絶対にウルスと結婚したいと考えている。
「その為にもまず、王家とはなるべく縁を切らなくてはいけないわね」
家族そろっての夕食時、食事がある程度落ち着いた頃クロエは徐に口を開いた。
「お父様、お母様、お話があるのだけど、よろしいでしょうか?」
「改まってどうしたんだい、クロエ。何か欲しいものがあるのかな?」
「いえ、欲しいものではなく、そのお願いと申しますか、えと……」
「クロエ、ゆっくりでいいのよ。話したいことは何でも言って頂戴な」
「あの、ですね……なんといいますか、あまり城の行事に参加したくないなぁと思いまして……」
王家との交流を断ちたいなど両親から見ればクロエの我儘でしかない。その引け目を十分に理解しているので、クロエはどもりながらもはっきりと告げる。
「まぁクロエ、そんな行き成り。一体どうして?」
「えっ…と、関わり合いになりたくないと言いますか…その……」
「――それは言いたくない事かい?」
「そう、ですね……出来る事なら、言いたくないです」
「分かった。では、なるべくクロエの参加は控えていこう」
「いいのですか?」
「ああ、勿論どうしても参加しなければいけないときは、参加してもらうけどね」
「ありがとうございます!お父様!」
「良かったわねぇクロエ」
あっさりと不参加の許可を得ることが出来、これで少しは安心できると胸をなでおろす。残っていた食事に手を付け始めるクロエ。そんな彼女の様子を見て、両親はどこか不安げな様子で顔を見合わせた。
そんな両親の様子に気づく事なくクロエは次は何をしようかと考え始める。なにせクロエと彼女の大切な者たちとの幸せへの道はまだまだ始まったばかりなので。
死に戻り公爵令嬢は熊の様な騎士団長に恋をする 秘秘秘(ひみつ) @himithu_3
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