【KAC20231】みつき書房
リュウ
第1話 みつき書房
土曜日の午後。
青く澄んだ空を見上げる。僕は、軽く背伸びをし深呼吸をする。
道路には溶けかかった小さな雪山が、冬に別れを告げているようだ。
僕は、店に入ってラジオを点ける。店内に山下達郎の声が流れる。
店とは、コンビニとかではなく、古本屋だ。
今では、インターネット書店や大手チェーン店や通販の影響で、儲かるとは言えないが、何とか続いている。
この古本屋は、僕の祖父がある人から譲り受けたものだ。
本好きの祖父が、この古本屋に毎日のように通っていて、店主に気に入られたようだ。
店主は、生涯独身で跡継ぎが居なかったので、祖父にこの店を譲ったということらしい。
店名は、”みつき”そして、本屋なので”書房。
ひらがななので、何のことか正解がわからない。
アンティークな突き出し看板は、兎が使われていたので、”美月”ではないかと想像する。
広くはない店舗に本が所せましと並べられ積まれていた。その為、少々薄暗い。
僕は、この薄暗さと狭さが外界から取り残されたような感じが、結構好きだった。
僕は、生まれた時から、ここで暮らしていたと思えるほど居心地がよかった。
ここで音楽を聴きながら、薄暗い店内から外を眺めていると心が落ち着いた。
「おお、来ていたか」
店の奥の工房から、叔父が顔を出した。叔父は、会社に嫌気をさしてこの店で働いていた。
前の店主は、装丁もやっていたようで、奥の工房にはその為の道具も並べられていた。
スチームパンクみたいな世界も僕のお気に入りだった。
「こんなの奥の隅から出てきた。中を見てさ、売れるもんならキレイにしておいてくれ。俺はちょっと出かける」
僕の目の前に古い包みをポイと置くと、出かけて行った。
叔父の「ちょっと、出かけてくる」は、ちょっとで済まないことを僕は知っていた。
昔のジャズ仲間のところへ行き、今日は帰ってくるかどうか。
今日は、僕の一人で店番をすることに決定した。
机の上の包みに目を落とす。白い細かなホコリが机の上に広がっていた。
ホコリを何とかしないとと、包みを持って店の前でホコリを払う。
雑巾で机の上と包みを吹いた。
包みには、何か書いてあった。目を凝らして見てみる。
”ミサキさんに渡してください”と書かれていた。
本屋なので、お客様にリクエストいただいた本をなのだろうかとも思った。
包みの紐をハサミで切り、包みを外す。大切なものらしく三重の包みだった。
中から出てきたのは、キレイな本だった。
思わず両手で掲げるような本だった。
僕は、しばらくその本の美しさに魅入っていた。
何の本だろう?中身が見たかった。
しかし、この本には帯が巻かれ錠が付いていた。
包みを振ってみたが、鍵は見当たらない。錠を壊すには、もったいない。
どうしょうかと店先に目を移すと、一人の女性が店に入って来るところだった。
彼女は、長い黒髪と小さな花の刺繍が散りばめられた淡いグリーンのワンピース、白ソックスに黒いエナメルの靴、透けるような白いカーディガンを羽織っていた。
まるで春の妖精がやって来たようだった。
それとは、別に何か懐かしさを感じていた。僕は、この人に会いたかったのかもしれないと直感していた。
彼女は、真直ぐこちらに歩いて来たので、僕は立ち上がり軽く会釈した。
「あの、みつき書房さんですよね」僕は、はいと頷いた。
女性は、店の中を見渡し客のいないのを確認していた。
「お尋ねしたいことがあるのでが、よろしいですか?」
僕は、机に案内し椅子を勧めた。礼をするとゆっくりと腰かけた。
彼女は、バックから小さな包みを取り出した。そして、その包みを広げ、僕に手渡した。
”ミサキさん、元気になったら本を取りに来たください。いつまでも待っています。”
この店の名前と住所が書かれていた。
「これは、私の祖母のものです。ホスピスで亡くなったのですが、先日、そのホスピスから送られてきたのです。
何でも、ホスピスの職員が預かっていたものらしいのです。その職員が亡くなられ、その家族から私の元へと送られてきたものです。
祖母は、私が生まれる前に亡くなってしまい、逢えていないのですが、これが気になっていて」
僕は、”ミサキ”という名前に反応した。今、見たばかりではないか。
僕は立ち上がり、先ほどの本を彼女の前に置き、”ミサキさんに渡してください”と書かれていた包みを広げた。
彼女の持ってきたものと並べた。僕の反応に驚きながらも彼女も包みを見つめた。
「これです。同じ”ミサキ”です」
と言って、僕は、”ミサキ”という文字を人差し指で何度もなぞった。
彼女は、頷いている。そして、包みの上に本を乗せた。
「キレイな本」彼女の丸い目が本を見つめる。
「これが、鍵が掛かっているのです」僕は、錠を指さす。
「あっ、持ってます」 彼女は、バックの中から鍵を取り出した。
「開けてください」と彼女を促す。カチッと音を立て開錠できた。
僕と彼女は顔を見合わす。僕は、自分の椅子を彼女の横に置いて、一緒に本を見つめた。
彼女が、ゆっくりと本を開く。
最初にページには、”あなたを愛しています”と書かれていた。
ページを捲っていく。この本は、前の店主は”ミサキ”さんに宛てた想いを書き綴ったものだった。
二人でそれを読んでいくうちに、自分たちのことと錯覚してしまうほど、心に刺さっていた。
彼女の目から、涙が溢れていた。
「これだったの、おばあちゃんが取りに来たかったのは。多分、元気になって早く会いに来てということだったのね」
僕は、別のことを考えていた。
この本を知っている気がする。
そして、誰かをここで待っていた気がしていた。
彼女が、そっと本を閉じ、胸に抱きしめた。
僕の方を見て「やっと、逢えた」と呟いた。
山下達郎の歌が流れている。
「この歌、知ってるわ。映画の主題歌だった」
僕は、彼女の顔を見つめ、頷いた。
【KAC20231】みつき書房 リュウ @ryu_labo
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