小説みたいな恋

葵 遥菜

妖精の国

 握りしめた手のひらの中、スマホが震えてメッセージの到着を知らせてくれた。


「きた」


 待ちわびた彼女からのDM。

 返事は……


 『いいですよ』


「よし……っ!」僕は拳を強く握りしめて喜びを噛みしめる。


「やべ。着ていく服がない……」


 当日どうしよう、その前にこのメッセージに返信をしなければ。興奮で頭の中がごちゃごちゃになりながらも、気になるのはやはり自分の身なり。


 彼女とはまだ一度も会ったことがない。

 SNSで好きな作家が同じということで意気投合し、メッセージのやり取りで仲を深めた。

 

 文字のやりとりだけで僕は彼女に恋をしてしまったわけだけど。


 だから、意を決して送ってみたのだ。

『一度会いたい』と。

 

 その返事がさっきの『いいですよ』だ。


 どう返事をしようか、書いては消してを繰り返していたら、スマホが再び震えた。


『本屋で会いましょう。私たちが知り合うきっかけになった“妖精の国”の棚の前で』


 僕は手元に届いたメッセージを眺めたまま、ははは。と笑った。


「そうだね。それがいい。“妖精の国”の棚の前で」


 今度はすらすらと返事が書けた。


 “妖精の国”の主人公たちも、そこで初めて会って、お互いぶつかりあって、困難を克服して恋をした。


 彼女は僕のこと、どう思っているだろう。

 言葉のやりとりだけで好きになるって、気持ち悪いかな?


 でも、彼女と実際会って、気持ちが萎む気は微塵もしない。


 逆に、彼女の気持ちがどう動くのかが気になる。


「どうか、僕を好きになって」


 


 ――待ち合わせ当日。


 僕は緊張に胸を高鳴らせながら“妖精の国”の棚の前で、家から持参した“妖精の国”を読んでいた。

 もちろん文字を眺めているだけで、内容は頭に入っていない。


 人の気配を感じたので顔を上げてみると、そこには見慣れた人の姿があった。


「え?」

「え、うそ……」


「もしかして……」

 


 僕たちは小説のように出会い――


 これから、小説のような恋をする。

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