第8話

 放念の書庫からさきほどの男が軽い足取りで姿を消した後、小さな店主は本屋のカウンターに腰かけていた。手元には出来立ての本、それをめくるたび店主は微笑み、吹き出し、挙句の果てに嬌声をあげる。

「そうか、そんなに苦しかったのか、あのカーディガン着てた女。」

「交通事故で無辜の親子を轢き殺してしまった。なんと悲しい話だ。」

「すべての記憶を消し去りたい気持ち、そりゃあそうだろう。」

「だから破り取ってあげた。奪ってしまった命のこと、交通事故のこと、そして交通ルールのすべてを。」

 カウンターから笑い転げ落ちんばかりに足をばたばたさせながら、喜びを爆発させていた。

「つらい記憶を破り取ってあげたのに、ずいぶん早かったな、本になるの。」

 小さな店主はようやく笑うのを止めて、本を閉じた。

「絶望、つらい記憶それを破り取ってもらい、幸せな人生を取り戻した。取り戻したはずの幸せの中断末魔を上げながら一冊の本になる。我々にとって最高の読み物だ。」

 店主は本棚に新しい本を並べた。冷めた顔に戻った店主であったが、カウンターを見て再び邪悪な笑みを浮かべた。さきほど破り取ったばかりの記憶が少しずつ形を変え、装丁をつけて本になり始めている。

「あいつも早かったな。今日は大漁だ。はやく読みたいなぁ。」

 店主は嬉しそうに何度もうなづいた。

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放念の書庫 Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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