第6話

 俺は安堵に包まれながらこの本屋にいる。素性のわからんガキがいるが、構わない。俺はここにいる限り、あの女には会わないで済む。きっと先ほどあった四十がらみの女性と同じように、俺も笑顔でこの店を出られる。そんな期待が産まれ始めていた。気に食わないがこのガキ、おそらくここの店主はまた無表情を繕っている。舐めるな、大人を。こいつが俺にあってからずっと笑顔を押し殺しているのが気に障る。だが良い。それでも良い。今までの狂おしいほど苦しい記憶を消してくれるなら、悪魔だろうがガキだろうがそれでよい。この店構え、このガキの雰囲気、なによりこの世のすべてから解放されたような自分の先客、間違いなくこの店は俺を救ってくれるだろう。俺が死に至らしめるまで苦しめたあの女から。まったく理不尽女だ、生殖活動の一環を不同意で行っただけ、お前に恨まれる理由など俺にないのだ。死んだのはお前の勝手、俺をこれ以上巻き込むな。


 ぼーっとしているうちに店主らしいガキが俺の頭に手を差し伸べた。俺はこいつを全幅の信頼で迎えた。頭皮に触れる感覚が違う、俺にはわかる、こいつは人外の生き物だ。悩める俺を救いに来た救いの主だ。俺は自分の頭がルーズリーフのノートのごとくパラパラと捲られている感覚を覚えた。俺の記憶をこのガキに読まれている、読むがいい、俺の人生を知るがいい、そしてその手で俺を救うがいい。俺は救済を受けたような優しい手の感触に酔い痴れた。なにかをびりびりと破き取る音が聞こえる、見れば俺の頭からあのガキが一枚一枚確かめながら、紙のようなものを破り取るのが見える。体は全く動かないが不安はない。こいつは俺の黒歴史を破り捨ててくれている。なぜか俺は確信していた。

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