第2話

 俺は放念の書庫と呼ばれるその本屋に足を踏み入れた。人通りの少ない路地裏をはいえ追われる身の自分はやはり屋内に入るとホッとする。その本屋には書庫と呼ばれるにふさわしい大量の書籍が所狭しと並んでいた。部屋の両脇に並ぶ本棚は薄暗い店の奥へと続き、まるで無限に続くのかにも思えた。多くの図書は整然と並び、きれいに整っているのではあるが、またしても俺は違和感に襲われた。なんだろう、本を数冊眺めているうちにあることに気づいた。すべての本はサイズ、装丁、紙質に至るまで一冊として同じ本がない。一冊の本を手に取ろうとした俺を咎める声がした。

「触れて欲しくない。」

 声のするほうへ向き直ると、店の奥から誰か現れた。うら若き少女か、声変わり前の男児か、透き通るような声の持ち主が見えた。体の大きさから10歳前後と見受けられる小さな体が目の前に歩み出た。薄暗い店内であるが、その目は輝きを放ち、黒瑪瑙をはめ込んだような漆黒の黒目が俺を映している。肌は顔料で塗ったように均一の茶褐色、ところどころに白いレースを散りばめ黒を基調とした上下揃えの礼服が薄暗い店内に冴えている。髪の毛は瞳と同じ漆黒であるが、頭の両脇にらせん状編み込まれ羊の角を彷彿とさせる。俺は自分の非礼を恥じらいつつも、店主であろう異形の少年に向き直った。

「お悩みがおありか?」

 透き通るような声には今一つ抑揚が感じられず、平坦な調子で続く。そんな感情の起伏に乏しい主人の代わりに胸に下がったネックレスが揺れ動く、円の中に普段見る五芒星とは上下が逆に嵌め込まれている、なんとも禍々しき雰囲気を感じずにはいられない。私の中に生まれ始めたこの幼く見える店主に対する恐怖を振り払うように訴えた。

「忘れたいことがあります。忘れさせて欲しいことが。」

 小さな店主は思案するように上を見上げた。

「つらいことか?」

 透き通る声の主、その声の出どころ、口角が初めて上がったように見えた。

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