異世界の本屋さん 〜どんな願いも叶う本〜

明里 和樹

どんな願いも叶う本

 どうも! 気が付けば異世界に転生していたものの、特にこれといったチートも無ければ何なら前世の記憶も無かった飯屋の娘、デリシャです!(挨拶)


 でもわりと現代知識は覚えているようなので、それを活かしておいしいごはんを作れる料理人を目指しております! あとせっかく魔法のある世界に生まれ変わったので、便利な魔法を使えたらいいな〜と勉強中でもあります。特に料理に使える感じの!(ブレない) そんな夢と希望に輝く、栗色の髪の三編みお下げと飴色の瞳がトレードマークの、黙っていればそこそこ可愛い(身内談)、八歳の女の子です。


 これはそんなわたしが遭遇した、とある日のお話。




「あー、本が読みたいぃ〜……」


 読書で疲れた眼を労わるように、目と目の間を指でやわやわと揉み解しながら、家への帰り道をてくてくと歩く。


 いえね? 本自体はわたしが魔法を習っている先生のお屋敷でさっきまで読んではいたんですけどね? でもあれって現代でいうところの教科書とか学術書とかそういう感じのお堅い本でしてね。嫌ではないんですけどすっごく疲れるのですよね……。で、今のわたしは気分転換に雑誌とか漫画とか、そういう感じの娯楽の本がすごく読みたいのです。


 まあ、識字率がそれほど高くないこの平民街にはそんなものは無いんですけどね! ……悲しい。



「もし、そこのお嬢さん」


 ん? なんか聞こえましたね。誰か呼ばれてますよー?


 その声に辺りをきょろきょろと見回して見るものの、真っ昼間の住宅街なのに不思議と誰も見当たりません。


「そうそう、あなたですよ。お下げの可愛らしいお嬢さん」


 いい人かな?(チョロい)


 声のする方に振り向くと、ちょっとした公園(みたいに使われているいい感じに植物のある空き地)の隅っこで、黒いとんがり帽子とローブ姿の、声の感じからして若そうな女の人が、ちょいちょい、と手招きしていました。その後ろには屋台のような物が見えます。


「わたしは旅する本屋さんです〜。どうです? ちょっと覗いていかれませんか〜?」

「本屋さん……?」


 帽子とローブに隠れて顔や体型はよくわからないけど、たぶん見たことない人です。わたしが住むこのミネルラ島は観光地なので旅行客は珍しくないですし、冒険者とか吟遊詩人とかいろんな人がやってきますけど、旅する本屋さん(自称)というのは初めてですね。


「世界中の本が選り取り見取り……とまではいかないですけれど、面白い本から不思議な本まで、色々ありますよ〜」


 世界中の本か〜。うーん、気になる。……この島の住民の大半が暮らすこの平民街は、入るのにも出るのにも身分証が必要なので、たぶん、一応、怪しい人ではない……はず(自信はない)。


「例えば〜『読めば願いが叶う本』とか〜」


 その言葉に、好奇心と警戒心の間で揺れていたわたしの心は、一気に好奇心へと傾きました。いやいや、たぶん自己啓発とかメンタルトレーニングとか、そんな感じの本なのはわかりますけどね。でも──気になるじゃないですか!(素直)


 そのどこか気の抜けるようなセールストークにあえて引っ掛かり、ふら〜っ、と吸い寄せられるように近づいていきます。


 近づいてみると屋台のように見えたそれには棚という棚に、色とりどりの背表紙に多種多様な言語でタイトルが書かれた本がびっしり! と詰められており、確かにちょっとした本屋さんのような雰囲気です。


「いや〜、わたしは本が好きでしてね〜。世界を旅しながら本を集めたり売ったりしているんですよ〜。……まあ、この街ではびっくりするほど売れなかったんですけどね……」

「あー……」


 識字率がそんなでもないからね、仕方ないね。


「ですので〜そろそろ店じまいをして、次の街に行こうかと思っていたんですよ〜。そうだ、お嬢さん。これも何かの縁、何か好きな本を一冊差し上げますよ?」


 え⁉ くれるの⁉ ……と食い付きたいところですが、お父さんたちには「知らない人について行ってはいけません。物を貰ってもいけません」と言われていますからね。ここはしっかりとお断りせねば。

 ……でも、無料か〜(揺らぐ決意)。


「……い、いえいえ、無料でいただくのはさすがに……かといってお金もないのですが……」

「そう言わずにどうか貰ってやってはくれませんか〜? ……一冊も売れなかったとバレたらわたし、怒られてしまうので〜」


 おおう、世知辛いぃ……。というか一冊も⁉ 一冊も売れなかったの⁉ うーん、この街の住民としてなんだか申し訳ないのです……。どうしようかなぁ? とりあえずお話を聞くだけならいいかなぁ……?


「あー……じゃあ、料理の本とかってありますか? それとさっき言ってた『読めば願いが叶う本』ってなんですか?」

「『読めば願いが叶う本』ですか〜。それはですね〜、タイトル通り、読むだけで不思議と願いが叶うという本があるんですよ~。えーっと……確かそのシリーズで〜……お、あったあった、これなんてどうです? その名もズバリ『どんな料理も作れる本』!」 


 そう言って本屋さんが取り出したのは、ワインレッドのような深い赤色をした、しっかりとしたハードカバーの重厚そうな分厚い本でした。……辞書かな?


 というか……うん? どんな料理も……? どゆこと……?


「これはですね〜、この本を読むとアラ不思議、どんな料理もこの本のレシピ通り、一流料理人のようにすらすらと作れてしまうんですよ〜」

「…………それってつまり、どんなに難しい料理でも、その本通りに作れてしまうってことですか……?」

「そうですそうです〜。どんな不器用さんでも、どんな味音痴さんでも、これを読めばたちまち宮廷料理人もびっくりの、とってもおいしい料理を作れるようになるんですよ〜」


 どんな料理も……とってもおいしい…………。


 その言葉に、その本を読んで料理上手になった自を、しっかりと想像してみます。


「……すいません、その本わたし、受け取れません」


 少しの沈黙のあとに出したわたしのその答えに、本屋さんの纏うのんびりとした空気が固くなったような気がします。……相変わらず表情は見えないですけど。


「……理由をお聞きしても?」


 うーん、理由……理由かぁ。


「……確かにわたしは、おいしい料理を作れるようになりたいと思っていますが、その本の力で作れるようになるのは……なんか違うと思うので」

「あなたがこの先どんなに努力しても────この本を超える料理は作れないかもしれませんよ?」

「うーん……確かに、おいしい料理っていう『結果』は大事だと思います。それでもやっぱりわたしは、その本は読めません。わたしはおいしい料理を自分で作って、食べた人に幸せな気分になって欲しい。それはわたしの夢でもあり、自分のエゴでもあります。それはきっと傲慢な願いなのかもしれません。それでも──」

「それでも?」

「──わたし、料理を作るのが好きなんです。まだまだできないことの方が多いけど、ちょっとずつ上手くなって、前よりは成長したかな? 今度はもっと上手くできるかな? って。失敗したりすることもあると思いますけど、その『過程』も楽しみたいんです。それで誰かが喜んでくれたら────最高かな、って。だからその本は、わたしは、受け取れません」

「…………なるほど」


 一瞬の静寂。帽子とローブに隠れて本屋さんの表情はよくわからないけど、それでも彼女は確かに────微笑んだような気がしました。


「わかりました。……ではでは名残惜しいですが、店じまいといたしますか〜」


 一瞬で元の緩い空気感に戻った本屋さんは、そう言ってローブの下から木製の魔法の杖を取り出すと、屋台を撫でるように軽く一振り。すると、わずかな魔法の光の粒子を残し、今までそこにあった本の屋台が手品のように、パッ、と消えてしまいました。


 おお、収納魔法! いや……転移魔法の可能性も……?


 わたしが一人うんうん悩んでいる間に、本屋さんは杖を仕舞い、ぺしぺしと軽くローブの埃を払って、旅立ちの準備を整えました。


「それではわたしはこれで──お嬢さんに良き道を」

「はい──本屋さんに良き旅を」


 そう言って定形の別れの挨拶を済ませると、本屋さんは港のある方へと、てしてしと歩いて行かれました。



 ふーむ、嫌な感じはしなかったし悪い人ではないと思うけど、不思議な雰囲気の人だったなあ……。


 本屋さんの姿が見えなくなるまで見送っていると、ふと、わたしの手に文庫本サイズの本が握られているのに気が付きました。と同時に──


《ほんとのほんと〜に一冊も売れていないのがバレると師匠に怒られてしまうので、どうかそれを貰ってやってください〜。安心してください、それは"普通の本"なので〜。いい気分で次の街に向かえそうなので、お代はソレということで〜。それでは〜♪》


 ──という本屋さんの声が聞こえてきました。


 転送魔法に音声魔法⁉ しかもやっぱりあの本、不思議な力があるっていう"魔導書"だったんだ! 中には代償を支払う物もあるって聞くし……。もしもあの本を読んでたらどうなったんだろうわたし……。おおお、怖ぁ〜…………。


 ぶるり、と身震いしたあと一旦、すー、はー、とゆっくりと深呼吸。心を落ち着けてから──わたしの手にあるその"普通"であるらしい本を見ます。



 その本のタイトルは『どんな願いも叶う本』。



 内容は、どんな願いも叶うという魔導書を求めて世界中を旅する魔女の、笑いあり涙ありの冒険譚でした。娯楽本に飢えていたわたしは家に帰ったあと、夢中になって読みまくりました。とっても面白かった! 大満足です!


 そんな心地よい読後の余韻に浸るわたしを驚かせたのは────なんと、最後の空白であったろうページに『お下げの可愛らしいお嬢さんへ。自分の書いた本であなたが楽しんでくれたなら、わたしも最高に嬉しいです。素敵な出会いに感謝を。作者より』というメッセージと、作者さんの名前であろうサインが書かれていました。うん、流暢すぎて読めない!(サインあるある)


 …………というか……うん……? 『お下げの可愛らしいお嬢さんへ』……? 『素敵な出会いに感謝』……? ……………………………………え⁉ 待って⁉ 作者=本屋さん⁉ 本屋さんって作家さんだったの⁉ しかもこれいつ書いたの⁉ そんな隙なかったよねぇ⁉ え⁉ これも魔法⁉ なんの魔法ー⁉



 不思議な出会いのあとに降って湧いた、幸せな驚きと新たな謎は、しばらくの間、わたしの頭を悩ませたのでした。

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