真っ暗闇
そして俺とアディソン嬢は長屋に閉じ込められた。
そう、閉じ込められた。
昨日まではうっすらと月光が通る道が外界との間を繋いでいたのにそれはぱたりと閉じられ、更にキュウと空間が狭まったような感覚。恐らく土御門が宵の口に家の周りに張り巡らせた札とやらの効果が発動したのかな、と思う。
「んで、どうするんだ?」
アディソン嬢が俺を鋭くギロリと睨むものだから、思わず怯む。
「そう、ですね。とりあえず掘りましょうか」
「掘る?」
「えぇ。シュはこの隣の部屋との境の壁の下から現れましたからこの下にいる気がします」
「へぇ。掘るのは俺は手伝えねぇぞ」
「わかってます」
アディソン嬢の細い口は大きくへの字にひん曲がる。
畳は昼のうちに予め全て剥がして部屋の隅に寄せ、隣の壁際の床板は外されていた。明るいうちに見たときは
ヒュウと下から風が吹く。
いや、この下はすぐに土のはずだ。
意を決して飛び込むと、すぐに地面に着地してホッとした。やはり膝上程度の高さだ。
けれどもやはり踏み込んだ地面がぐずと揺れ、雲の上にふわふわと浮かんでいるように足元は心もとない。
けれども運び込んでいたスコップを手にして突き立てると、確かにそれはずぶりと埋まる。そして掘った土を板間の上に放り上げる。
一掬いするたびになんだか墓穴を掘っているような気分になる。そして真っ黒な何かが板間の上に積み上がる度、なんだかこの小さな部屋が地獄に侵食されていくような。
そう思っていると、ふいにパチという木がはぜるような音がした。
来る。
「おお、懐かしいな」
「懐かしい、ですか?」
「ああ。シュの部屋に行くとよくパチパチ鳴るんだ」
「シュとはよく会ってたんですか」
「んや。たまにだな。築地は狭ぇしあんま人を置けなくてよ。だから俺がシュを護衛する機会がたまにあったんだ。普段シュは内向きの護衛としか話したことがなかったみてぇだから色々聞かれてよ」
ザクザクとスコップの音だけが響いていた中でアディソン嬢の低いぶっきらぼうな声が狭い長屋の部屋に響く。その部分だけ人の領域を取り戻すような温かさがある。
「シュとはどんな子どもだったんですか」
「うーん、やっぱ変っちゃ変じゃねぇかな。疑いを知らねぇってかよ。馬鹿みたいなこと言っても信じてよ」
「へぇ。例えばどんなことを?」
「そうだなぁ。例えば足を切り落としたら体重が軽くなって足が早くなったとかよ」
足。義足。
何の気なしにポツリと出た言葉の意味がわからない。
……答えづれぇ。
異人特有の笑いどころだったりするんだろうか。
けれども丁度良く壁が徐々に振動し始めた。
「これも以前よくあったのですか?」
「そうだな、家が揺れることはあったがさすがにこんな揺れたことはねぇな。凄ぇなてめぇ」
「は? 俺が揺らしてるわけじゃないですよ」
「んなこたぁわかってらぁ。てめぇが
俺が揺らさせている? どういうことだ?
そして空間を
「おい、お前シュなのか? 返事しろや」
煙は一瞬だけアディソン嬢の声に反応したようにその増殖を止めたが、答えることなく天井に至る。
間近で見るシュの煙はやはり足元の暗がりから立ち上がっている。やはりこの下にシュは埋まっているのだろうか。そう思って更にスコップを突き立てると、今度は抵抗なくするりと入り込む。
穴が、あいたのか?
どこかに、つながったのか?
見上げる煙はもぞもぞと動き回っている。これは俺が鬼やら家鳴やらと思ったから、このような姿で現れているのだろうか。そうすると違う姿を思い浮かべれば、そのような姿になるのだろうか。シュ。シュの姿とはどういうものだろう。10歳程度の子ども。
そう思えば煙はどことなく真ん中以外が薄れ、子ども程度の大きさのものが残った。
「おお、シュか? お前、シュなのか?」
アディソン嬢は呼びかけるが煙は一向に答えない。これは俺がそう思ったからそう形作られたからで、本当のシュとやらとは異なるんだろうか。
「おいシュ。てめぇを守れなかった使えねぇ護衛は俺が叩っ切ったぞ」
叩き切った?
俺の動揺を表すように煙がざわめいた。
そうか、煙が俺の頭を反映するなら、シュの姿を想起すればシュに繋がるかも、しれぬ。
「アディソン嬢、シュはどんな姿だったんです?」
「うん? 普通の子どもだったぜ」
「体格とか、髪が長いとか」
「体格ぅ? どうだったかな。体が弱かったからな。ガリガリに細かった。もっと食えと思うが体が受け付けねぇらしい。それから髪はなかったな。抜け落ちると聞いた」
ガリガリの髪のない子ども。
なんだかそれは哀れだが地獄の亡者か
そう思うと何かが俺の右足首をガッと掴んだ。その突然の生々しい衝動に心臓が鷲掴みにされたように固まる。けれどもアディソン嬢はそれに気づかず続ける。
「あとはそうだなぁ? 病気のせいで全身
「それはなんだか、可哀想な」
心臓が次第にバクバクと揺れてきた。
「おう。痒ぃのは辛ぇよなぁ。だから爪もなかった。うっかりかくと血が止まらなくなるんでな。一度よぉ、皮膚を全部削ぎ落としてやろうかっつったんだけどよぉ。血が止まんねぇから死んじゃうとか言いやがるんだ。ハハ。まあそりゃそうかと思ってよ。それから炎症が起こるとかで歯は全部抜いてあったな」
ずどんと心が重くなった。
痩せこけて瘡蓋だらけで、髪も爪も歯もなく。やはりまるで亡者のようだ。そんな姿で生きることは果たして
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