本の海での秘め事

黒幕横丁

溺れる

 ――文字に埋もれる。頁に埋もれる。


 ――紙に溺れる。本に溺れる。


「……」

 目を覚ますと、無数の本の中で埋もれていた。

「……また、寝てた」

 ボクはゆっくりと起き上がろうとすると、積まれていた本が崩れ、さらにボクの体を埋めていく。

『あ、また埋もれてる! 待ってて、今助けるから!』

 遠くの方で声がのち、その声がだんだん近づき、ボクの体を埋めていた本たちが次々と取り除かれていった。

『大丈夫かい?』

 いつもボクのところにお節介にやってくる、“あの子”がボクを本の渦から救い出した。

「なんとか平気」

『それならよかった。それにしても、ここはいつもたくさんのものが積まれていて、足の踏み場がないや』

「ここは昔大きな本屋だったんだ、本がいっぱいあってもおかしくはないさ」

『本……ねぇ。ここ以外の場所でその言葉を口走ったら、すぐに牢屋に入れられちゃう』


 そう。この世界では本は禁忌。人々の思想概念を固定するものとしてタブーとされている。

 この本屋だった場所も本が禁忌とされてから、たくさんの本を廃棄する廃棄場と化していた。

「そういった危ない場所だから、毎日来るのはいただけないと思うのですが」

『大丈夫大丈夫。外では言わないように気をつけてるし、それに誰が本に埋もれている君を助け出さなくちゃいけないと思っているの』

「いや、その気になれば自力で脱出できると思う……多分」

『本当に? 無理だと思うなぁ』

 あの子はボクの顔を見て訝しげな表情を浮かべるので、ボクは咄嗟に目をそらす。

『それは冗談として、毎日どんな本を読んでいるのか聞かせてくれる律儀な君の姿を見るのが好きだよ』

「えっ、す、好き!? 揶揄うのはよしてください」

 頬が紅潮するボクを見て、あの子が笑う。

『フフフ、わかったって。で、今日はどんな話を読んでたの?』

「今日読んでいたのは……」


 これは禁じられた場所から始まる。ボクとあの子の内緒話。

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本の海での秘め事 黒幕横丁 @kuromaku125

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