本当の気持ち
雨月 史
本当は君が好き
本といえば漫画が主だった。
それが変わったのは高校へ進学をしてからだ。家から1時間電車に揺られて通うのだ。
通学時間は暇で(本当はもっと勉強したら良かったのに(笑))漫画だけじゃ飽き足らず、姉の本棚にあった赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズを手にした……。
新書が入荷される手筈をつけるためにミステリーの本棚の整理をしながらそんな事を思い出してしまった。いやはや、まさか本嫌いの私が本屋で働くなんてね。
当時の私は友達も少なく、学校にも一人で通っていた。毎日朝6時に起きて、毎日同じ電車に乗っていつも同じ席に座り、どうしてホームズが犯人に辿り着くのかを楽しみにしながら学校に向かった。私にとって本を読む時間はその通学中の電車の中だけだったからだ。
はっきり言って勉強は嫌いだった。
学校に行くのも本を読む時間以外は苦痛だったのだ。その本を読むために学校に行っていたといっても過言ではなかった。ところがある日私の守る毎日のルーティンが崩された。
いつも私が座る席で学生服の男の子が本を読んでいたのだ。迷惑な話だ。でも仕方がない、今日だけ……そう思っていたのにその男の子は次の日もその次の日も私の席に同じ時間に座っていたのだ。私は一度決めたら同じ事をしないと気が済まない。椅子に座れなくてもいつも同じ場所に立っていた。
「馬鹿だなーと」
思いながらもいつもその席に座るその子の前で、「三毛猫ホームズ」を読み続けた。
そんなある日の事だった。
彼が話しかけてきたのわ。
「君、いつも赤川次郎だね。面白い?」
「え?あっうん。」
「僕はミステリーはね…少し苦手なんだ。」
「面白いと思うけどね。本当は漫画が好きなの。あなたはいつも何を読んでるの?」
「君も僕がいつもここに座ってるの知ってたんだね。僕は専ら村上春樹だよ。深いんだよ本当に、まー高校生には渋いかな。ふふ。」
「へー…どんな話なの?」
「読んでみて。はい。」
「え?」
そう言って村上春樹の「ノルウェーの森」
を渡された。
「これ、どうしたらの良い?」
「読み終わったら返してくれたらいいよ。」
「わかった。じゃー私の本と交換しとく?」
どうせ次の日もこの席に座るだろう。
そう思って安易に返事をして本を交換した。
けれども彼はその日以来その電車のその席にはいなかった。探そうか?とも思った。
時間や電車を変えようとかとも考えた。
でも私はルーティンを変える事は出来なかった。一つだけ変わったのはその日から赤川次郎が、村上春樹に変わった事だ。
「ガス・ヴァン・サントの『追憶の森』の原作本ておいてますか?」
「はい。少しお調べしますね。えーとそしたら左の奥の棚Fと書かれた棚を、探してみてもらえますか?」
本屋さんというのは迷路みたいな物だ。
いろんな本を探しているお客様にすぐに探して当てて案内するのは気持ちの良い物だ。
それに新しい発見も多い。自分が全く興味のないジャンルにも関心がわいてくる。
あの日あの彼が私に村上春樹を進めてくれたように。
「
「はーい。」
全く新人使いが荒いな。
それでも、なんでも「はいはい」言っとかないとね。発見も多いけどストレスも多いよ。
「すいません……赤川次郎の小説はどこらへんにありますか?」
「はい。あっすいません。今少し散らかっていてこちらの方に……。あっ!!」
驚きのあまり片付けていた売り物の本をばら撒いてしまった。あの電車の男の子が目の前に立っていたからだ。
「きみにようやく会う事ができたね。いろいろあってさ、あの電車には乗らなくなっちゃったから……。昨日この店で君を見つけた時にはびっくりしてね……帰ってから探したんだよ『三毛猫ホームズ』はい。これ返すね。
それで君の都合さえ良ければ、この後君の仕事終わりに聞かせてくれる?本の感想?」
「うん。」
end
本当の気持ち 雨月 史 @9490002
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
わたしがおもうこと/雨月 史
★27 エッセイ・ノンフィクション 連載中 10話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます