後日談(セドリック視点)

 王宮に勤める医官が集まる学会に参加していたセドリックは落ち着かなかった。

 この場には一応婚約者のアメリアがいる。

 ……一応、というのは、自分たちの婚約関係は未だ継続中ではあるが、今は「お友達」なのである。人に話すと「???」という顔をされる。


(俺が無理矢理にでも結婚を迫ればアメリアは承諾するだろう。だが、それではダメなんだ)


 それでは、アメリアの愛情は一生手に入らなくなる。

 結婚させられたアメリアは唯々諾々とセドリックに従う嫁になろうとしてしまう。


 アメリアを虐げてきた家族と同じようにはなってはいけない。彼女のやりたいことを尊重し、自由に楽しく暮らしてもらうことがセドリックの望みだ。

 だからまずはお友達として彼女と交流していき、そこから徐々に恋愛関係に移行すればと思っているのだが……。


 新薬の発表を控えたアメリアと研究所の面々は楽しそうに話をしている。

 中でも、若い研究員の男はかなり親しそうだった。


(誰だあの男は!)


 もし今リスの姿に戻れたら、あの男の素性を暴くのも簡単だっただろう。

 こっそり寮の部屋に忍び込み、靴の中にドングリを仕込んでやることだって……。


(しっかりしろ。あまり狭量な男はみっともないぞ)


 自分を叱咤する。


(しかし……。せっかくドレスを贈ってやったというのに、アメリアは一度も着てくれたことがないな)


 ずたずたに破かれ、ベッド下に隠されていたピンク色のドレス。

 セドリックはできるだけ似たものを贈った。ふんわりとしたオーガンジーやレースのドレスを何着か、それから髪飾りやアクセサリーなど、「これまで無視してしまった誕生日プレゼント」をこまめに贈っているのだが、今日もアメリアは地味な色のドレスに白衣を羽織っただけの姿だ。


「よう、セドリック!」

「フレディ……、来ていたのか」


 従兄のフレディに声をかけられる。

 快活な性格の二つ年上の従兄は、再来月に結婚式を挙げる。子犬のように人懐っこい笑顔を見せたフレディは頷いた。


「セドリックの婚約者の晴れ舞台だ。見に来ないわけがないじゃないか」

「ああ、ありがとう……」

「暗いな。どうした。喧嘩でもしたのか」

「いや、そういうわけではないが……」


 気づけばセドリックはアメリアが贈り物を身に着けてくれないことを話してしまっていた。フレディは肩を竦める。


「気に入らなかったんじゃないか?」

「……やっぱりそうか……」

「女っていうのは難しい。俺達には同じに見えるドレスも、やれリボンの位置がダサいだの、ここにレースがあると太って見えるだのといろいろあるんだ。次はアメリア嬢の好みをしっかりリサーチして贈ればいいんじゃないか?」


 確かに、アメリアは好き好んでフリフリした服を着そうなタイプではないし、そもそも仕事をするのに適した格好でもない。TPOをわかっていない男だと思われていやしないかと不安になる。


 ふと、遠くにいるアメリアと目が合った。

 彼女は小さく手を振った。――セドリックに向かって。

 セドリックも手を上げて応える。

 自然と笑みがこぼれたセドリックを見たフレディは笑った。


「お前、変わったよな」

「ん?」

「いや。なんで公爵がお前の相手にアメリア嬢を選んだか、知ってるか?」

「アメリアが優秀だったからだろう?」


 優秀なセスティナ公爵家の跡取りを産むために、と聞いている。

 同年代でずば抜けて頭のいい令嬢といったらアメリア・パーシバルだからだ。


「それもあるけどさ。十三歳だったアメリア嬢の論文発表を聞いた後、公爵が話しかけたらしい。うちに嫁に来てくれないか、と。そうしたらアメリア嬢――きっぱり断ったんだってさ。『私に結婚は不向きです』って」


 結婚は不向き……。


「それで公爵はアメリア嬢を気に入っちゃったんだよ。『そりゃあいい。うちのバカ息子の頭を引っぱたいてくれるような娘ではないと』って。『セドリックの言いなりになるような夢見る女の子ちゃんじゃ困る』って、すぐにパーシバル家に婚約を申し込んだんだよ」

「……お、俺は父上から期待されていたわけではなかったのか⁉」


 優秀な自分に期待してくれていたからこそアメリアを宛がってくれたのだと思っていたのに、言うに事欠いて「バカ息子」……⁉ いや、実際バカだったわけだが……。


「で、ここ最近、セドリックは変わったからさ。アメリア嬢に頭を引っぱたかれちゃった?」


 くすくす笑うフレディにからかわれる。アメリアの尻に敷かれているとでも思ったのだろう。

 セドリックはむすっとした顔で壇上に向けて顎をしゃくった。


「そろそろはじまるぞ」

「ああ、いけない。静かにしないとな」


 アメリアが登壇する。

 頭を下げた角度で、後頭部にきらりと光る何かが見えた。


(あれは……)


 セドリックが贈った髪飾りだ。普段は一切身に着けないくせに――今日は特別な日だからつけてくれたのだろうか、と思うと口角が上がってしまう。


 ああ、そうだとも。

 セドリックはアメリアに頭を引っぱたかれた。目も覚めるような衝撃的な事件によって、自分の性格が大きく変わってしまった。


 そして、恋を知った。


 アメリアを大切にしたい。

 もっともっと喜ばせたい。


 緊張しながら発表を終えたアメリアに盛大な拍手を送ると、大勢の傍聴客の中でセドリックに向けて笑いかけてくれた。その笑顔をもっともっと見られるように、これから二人の時間を重ねていこうと思うセドリックなのだった。




fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リスになってしまった婚約者が、毛嫌いしていたはずの私に助けを求めてきました。 深見アキ @fukami_a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ