10、これからの関係
セスティナ公爵家に来てからは怒涛の展開だった。
まず、公爵はパーシバル家に対してものすごく、ものすご~く腹を立てていた。
息子がリス化していたことよりも「薬学会の頭脳を虐待していたなどありえん」とアメリアの境遇に怒ってくださったので恐縮してしまう。
セドリックは我が家に乗り込んできたときにアメリアの部屋の荷物の回収を命じていたらしく、部屋の荷物はそっくりそのまま――リスになった姿を戻せる薬も、会話ができるサンザシの薬も、それからアメリアが下処理をしていた材料やメモに至るまで公爵家に移動されていた。
パーシバル家はお手上げ状態だ。公爵家にすっ飛んできて、父、継母、リンジー、リスは泣きながら土下座していた。怒っている公爵とセドリックはパーシバル家に絶縁状を書かせ、キースを元に戻す解毒剤と引き換えに今後一切アメリアには近寄らないことを誓わせた。
泣いて詫びる家族が少しかわいそうに思えたアメリアだったが、……父が何の迷いもなく絶縁状にサインしているのを見て吹っ切れた。アメリアを縛るものは何もなくなったのだ。これからは引き籠もる必要もないし、雑用を押し付けられることもなく、自分のやりたい研究や仕事をすればいい……。
◇◇◇
「……あのう、セドリック様……」
もはや幾度目かもわからない豪華な朝食を前にアメリアは話を切り出す。
「なんだ」
「ええと、そろそろ公爵家からお暇したいと思っているんですが……」
パーシバル家と絶縁後、なぜかアメリアはいつまでもセスティナ公爵家に滞在させられていた。問題が解決したのだから出ていかせてほしいと何度も言っているのだが……。
「ダメだ! お前は危なっかしいから一人にしておけん。第一、女一人でどこへ行くつもりだ」
まるで過保護な父親のようにセドリックに断られてしまう。
少し前のセドリックでは考えられないくらいだ。アメリアは肩を竦めて返事をする。
「王立研究所の寮に空きがでたそうで、実は既に所長からも快諾をいただいております。あそこなら警備もばっちりですし、危険もありません」
「王立研究所の寮……⁉ あそこは男女同じフロアじゃないか! 絶対にダメだ!」
「では、女性寮のある研究室なら良いのですね」
「それは……。い、いや、お前を一人にしたら寝食も忘れて仕事に没頭してしまうだろう!」
うーん、堂々巡りだなあ……と考える。
アメリアとしては公爵家での暮らしは申し分ない。
とても良くしてくれるし、過ごしやすく快適だ。特に食事は――セドリックはアメリアのビスケット生活を見たせいで「しっかり食べさせてやらなくては!」というよくわからない使命感を感じているらしい。少食のアメリアは具だくさんのオムレツだけでお腹がいっぱいになりそうなのだが、あれも食べろこれも食べろと勧められている。
医学の家系だけあってこの屋敷には専門書も充実しているし、薬草を採りに行きたいと言えば護衛と手伝いまでつけてくれる。至れり尽くせりの暮らしだ。何か不満なのかと言われても不満など何もない。
だが、アメリアが早めに出ていきたい理由は……。
「――ここにいたらいいじゃないか。俺たちは、婚約者だろう」
セドリックの『切り札』にアメリアはぴくりと反応した。
(そうなのよね)
婚約者だから一緒に住んでいてもおかしくはない。無理に出ていく必要もない。
そう言われてしまうとアメリアは逆らえないのだ。
(その切り札を出さないで欲しかったというのはわがままよね)
自分でもよくわからないが、以前よりもセドリックに対し好感を抱いているのは確かだ。だからこそ、早く結婚しろだとか子どもを作れだとか言われたら――嫌だな、と思う。
きっと、言われるがままに結婚してしまったら、セドリックに対するこのふわふわした気持ちはなくなってしまうだろう。
アメリアはセスティナ家の『所有物』になり、枷はなくとも縛られたように感じてしまう――パーシバル家にいた時のように。
「だが」
セドリックは咳払いをした。
「俺たちは『友人』でもある」
「……友人?」
「そうだ。そういう話をしただろう。『まずは友達からはじめよう』と」
「そういえば言いましたね」
「困ったときは『友人』を頼るものだ。俺はパーシバル家と縁を切ったお前のことを助けたい。だが、どうしても出ていきたいと言うのなら……、尊重する。友人とは、対等な関係であるべきだ」
「セドリック様……」
セドリックは食事を手を止めて姿勢を正した。
「……聞いてほしい。俺は、これまで随分と傲慢な性格だったと思う。お前のことも、――俺より優秀な従兄のフレディのことも敵視していた。自分が劣っていると思いたくなくて、かなり視野が狭くなっていたんだ。これからは心を入れ替えて学問に励み、セスティナ公爵家の跡取りとして恥ずかしくないように邁進したい。それが俺の今の目標だ」
「目標……」
「ああ。アメリアは?」
「私は……」
私の目標はなんだろう。
あの離れを出たアメリアの目標は……。
「私、学校をスキップで卒業してしまったせいで、意見を交換し合えるような友人や知人がいないんです。同じ知識を持つ人たちと交流がしたい――研究室に入りたいです」
寮があるから研究室に入るのではなく、思う存分やりたいことをするために研究室に入りたい。
そんな自分の気持ちに初めて気がついた。
「わかった。アメリアはアメリアのしたいことをして欲しい。俺も友人として応援する。やりたいことをやって、もし、アメリアさえよければ……、時々はセスティナ家に帰ってきてくれると嬉しい」
最大限に譲歩してくれたセドリックの言葉に、アメリアは心があたたかくなった。
「……はい。ありがとうございます」
「食べよう。冷めてしまうな」
気を取り直したようにセドリックはパンケーキにナッツの糖蜜漬けをかける。
ごろごろと入っているクルミやアーモンドはおいしそうだが……、そういえばサラダにも砕いたナッツが入っている。
「……セドリック様、前からナッツお好きでしたっけ……?」
「いや。リスになってからというもの、なんだかやたらとナッツがうまく感じるようになってしまって……」
無事にリスの姿から戻れたセドリックは弊害として嗜好がやや変わってしまったらしい。
(今度、ナッツ入りのクッキーでも焼いてあげようかな)
あたたかくふわふわした気持ちの胸にそっと手を当てる。
いつかこの気持ちは恋に変わったりするのだろうか?
まずは友人として、セドリックと仲良くやれたら嬉しいと思うアメリアだった。
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