9、助けに来てくれたのは
「っ……」
さすがにアメリアまでリス化するのはごめんだ。
妹弟に解毒剤が作れるとも思えない。
はっきりと顔を引き攣らせたアメリアにキースは満足そうな顔をした。
「あははっ、姉さんでもそんな顔をするんだね?」
これ見よがしにアメリアが作った薬の小瓶を振る。
「自分の立場を理解しなよ。セドリック様が行方不明の今、姉さんが死んだとしても誰も困らないよ」
「私を殺すの?」
「姉さんの態度次第だよ。生かしてやって欲しいのなら立場を理解しなくちゃね」
キースは愛らしい顔に悪魔のような微笑みを浮かべている。
「――そこまでだ!」
バン! と扉を開けて入ってきたのはセドリックだった。
リス姿ではない、人間の姿だ。
部屋の外には真っ青な顔のリンジー、そして継母までいる。
「セ、セドリック様……?」
キースは突然現れたセドリックにぽかんとしていたが、すぐに取り繕ったような笑顔を見せた。
「セドリック様! いったい……これまでどこにいたんです? 僕もリンジーも心配していたんですよ!」
「くだらぬ茶番はいい。アメリアを離してもらおうか」
「え? ああ、こ、これは、その、ちょっとした姉弟喧嘩でして……」
「いいからさっさと手錠を外せ!」
セドリックの剣幕にキースは慌てたようにアメリアの手錠を外した。どう言い訳したものかと考えているらしいキースに、セドリックは攻撃的に笑う。
「キース、貴様はアメリアの研究を盗んで論文を仕上げていたのだな。がっかりだよ」
「は? な、なんです、その言いがかりは……」
動揺するキースに構わず、セドリックは視線をリンジーへと移した。
「リンジー、きみがアメリアのドレスをずたずたに切り刻んだり、虐めをするような女性だったとは幻滅だ」
「い、いきなり何をおっしゃいますの? セドリック様……」
そして最後は継母だ。
「パーシバル夫人。俺はあなたがアメリアにした仕打ちを決して許しません。あなたたちのような人間はアメリアの家族ではない。父――セスティナ公爵にもすべて報告させていただきました」
「何を言っているのかさっぱりわかりませんわ」
突然セドリックに非難され、しどろもどろになった三人はアメリアを睨んだ。
アメリアが告げ口したと思ったのだろう。
「セドリック様、姉から何かを聞いたんですか?」
「だとしたら誤解です!」
「そうよ。この子は虚言癖があって……、セドリック様の気を引こうとしたのかもしれませんけど」
「――すべて、俺がこの目で見てきたことですよ」
セドリックはキースを殴り飛ばすと作業台にあった小瓶を手に取った。
調合したての薬瓶の蓋を外すと、痛みに呻くキースの口に無理矢理流し込む。
「うえぇぇっ、な、何を……」
「貴様が俺に盛ってくれた『リスの姿になる薬』だ」
「リ、リス? 何を馬鹿なことを言って……」
「心配するな。すぐにお前も体験できるさ。解毒剤の作り方を知っているのはアメリアだけだが……、いやいや、優秀なキース君なら自分でどうにかできるかもしれないな?」
凄まれたキースは青ざめている。
リス云々は信じられないだろうが、効能不明の薬を飲まされたのだ。セドリックが一週間も失踪する羽目になった、怪しげな薬だ。
「助けてほしかったら公爵邸まで土下座しに来い! 俺にじゃないぞ、アメリアに対してだ!」
セドリックはアメリアをサッと横抱きにすると部屋を出た。
「あの、セドリック様……。どうやって元に戻ったんです?」
なぜかセドリックに抱きかかえられたままキースの部屋を後にすることになったアメリアは尋ねた。キースの部屋はシンとしているが、数時間後には薬の効果が現れるに違いない。
「まさかとは思いますが……」
「……飲んだんだ。お前が作ったアレを」
ぼこぼこ沸いていたやばい薬を?
「だ、大丈夫ですか……?」
「飲んでしばらく気絶していた」
「わー」
「お前が作ってくれたものだから絶対に大丈夫だと信じたんだ」
結果としてアメリアの作った薬は成功していたらしい。目が覚めたころには人の姿に戻れていたという。
「お前には悪いが、先に公爵邸に帰って父上にすべてを報告させてもらった。またうっかりリスの姿に戻って鳴き声しか出せなくなっては困るからな」
「賢明な判断だと思います」
公爵に報告済みということは、パーシバル家は今後医学会で針のむしろにされるだろう。
セスティナ公爵は優秀な王宮医だ。
キースの論文がアメリアのレポートを盗んで作られたものだと分かればはっきりと糾弾するだろう。そして、パーシバル一家が嫌な集団だったと分かれば、親族になりたいなどと思うまい。
「セスティナ公爵はずいぶん心配しておられたでしょう?」
「ああ、だがアメリアのおかげで助かったと伝えてある」
「いえ。そもそも身内の不始末でセドリック様を危険な目に遭わせてしまったようですので……当然のことをしたまでです」
「……ふっ、リンジーは見ものだったぞ。一度公爵家に帰った後、どうやってパーシバル家に入ろうかと悩んでな。お前から飲まされた薬は惚れ薬もどきだと聞いていたから、リンジーに惚れているふりをして中に入れてもらったんだ」
なるほど。
リンジーは喜んで迎え入れるはずだし、継母も行方不明だったセドリックを保護したとなればセスティナ公爵の覚えもめでたくなるに違いないと思ったらしい。
中にさえ入ってしまえば、セドリックは既にキースの部屋の位置は把握しているのだからすぐにアメリアの元に駆けつけてくれたのも納得できた。
「助けてくれてありがとうございました」
「当たり前だろう。婚約者なのだから」
「……そうですね、今は」
「今は?」
「申し訳ないのですが、婚約破棄の手続きに関しては少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか? こんなことがあったばかりですので、事後処理で少しバタバタしてしまうと思うんです」
「ちょっと待て!なぜそうなる!」
セドリックは慌てていたが、アメリアとしては当然のことだと思った。
「だって、パーシバル家の私と婚約してもセスティナ家にメリットはありませんよ? 公爵は幻滅なさったでしょうし、それにセドリック様も私との結婚は嫌だとおっしゃっていたじゃありませんか」
「それはお前のことを何も知らなかったからだ! 俺は婚約破棄をするつもりなどない。むしろ、幸せにしてやりたいと思ってるんだ…!」
アメリアを下ろしたセドリックは跪いた。
俺様で偉そうなセドリックが、アメリアに、膝を……。
「アメリア。これまでの非礼、本当にすまなかった。心から詫びる。だから改めて……、俺と結婚を前提に付き合ってくれないだろうか?」
「……セドリック様……」
口に出したら絶対に怒られることをアメリアは考えていた。
(なんだろう。リスの幻覚が見えるようになってきた……)
こんな風に上目遣いで見られるとつぶらな瞳で見上げられていたことを思い出すし、大声で怒鳴っている姿を見ても、ぷんぷん怒りながら地団太を踏んでいた姿がよぎる。もし今リスの姿だったら、あのふさふさの尻尾がしょんぼり垂れ下がっているのだろうか……とか。
「そ、それとも、やっぱり俺のことは許せないか……?」
キュウ……と鳴かれているようでつい庇護欲が……。
「ご迷惑をおかけしたのはパーシバル家の方ですし、私から婚約破棄したいというつもりはありませんよ。でも……」
「俺のことが嫌い?」
「嫌いじゃないですよ」
「で、では! 友達からはじめるというのはどうだ?」
「友達……」
それはとても良い提案のように思えた。
私たちは婚約者なのに互いのことを知らなさ過ぎた。
恋愛感情があるかと問われると「ない」の一択なのだが、リスのセドリックと過ごしていた時間は嫌いじゃなかったし、友情と呼んでも良いような気がする。
アメリアは頷いた。
「そうですね。お友達からはじめましょう」
「……! ああ!」
セドリックはほっとしたように笑っていた。
ひとまず、アメリアは公爵家に向かうことになる。事の顛末を自分の口からもセスティナ公爵に説明しなければならないだろう……。
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