夢はかなえたけれど

夢をかなえて本屋を開いたのは、それから十年後だった。大手の書店に勤めながら、祖父の小さな地元の本屋の手伝いをしていたが

、祖父が店じまいを決めたのを機に書店を辞めた。祖父の店を大きく改装して、新しく喫茶スペースのある本屋をはじめたのだ。


「おー! 彰人、改めておめでとう! 念願の夢をかなえたなぁ」


開店セールが終わって落ち着いた頃、親友の哲希と久しぶりに飲みにいった。


「で、思い出の彼女には出会えそうか?」


哲希がにやにや笑いを浮かべていじってくる。酒が入るといつも思い出したようにこの話題を出す。


「同業者になったからって、必ず会えるとは限らないよ。彼女がもう本屋になってるかもわからないし」

「だよなぁ。今までのお前みたいに本屋に勤めてるって場合もあるしなぁ」


同じ夢を持っていれば、とあの時は思ったのだけど。よく考えてみれば、本屋なんて全国にいくらでもある。店主の名前なんて調べようもないし、哲希の言うみたいに店員ならなおさらだ。


そう。初恋はあくまで初恋だ。きれいな思い出としてあるだけでいい。そりゃあ、会えたら嬉しいっていうか、会えるなら会ってみたい気はするけど、それだけだ。


「お前がいつまでも女っ気がないから、初恋を引きずってるって思うんだろ」

「単に出会いがないだけだよ」


くいっと盃を傾け、冷酒を飲み干す。


「結構モテてるってウワサは聞いたんだけどなぁ」


彰人の勤めていた書店に知人の多い哲希は、かなり店内の恋愛内部事情に詳しかった。興味のない彰人よりもよく知っているくらいだ。

確かに、出会いがない、というのは嘘だ。女性社員は勿論大勢いるし、アルバイトの女の子もいる。彰人にそれっぽいアピールをしてくる子がいなかったわけでもない。

だけど、なんていうか、ピンとくる相手がいないのだ。そういう対象として見ようとしたとき、ふとあの時の橋の上での彼女のはにかんだ顔が思い浮かんでしまうのだ。


「そんなに話をしたわけでもないのになぁ」

「やっぱり引きずってるな」

「そういうお前の方はどうなんだよ」


ケタケタ笑う哲希にやり返す。


「おー! よく聞いてくれた! この前紹介してくれた、お前の幼馴染のの花菜ちゃん。いい感じなんだ」

「なんだ。今日は喋りたくて来たんだな」


哲希の盃になみなみと注いでやると、それをちびっと舐め、花菜とのことをペラペラ喋る。哲希の話だけ聞いてると、確かにいい感じ、なのかもしれない。こいつの思い込みでないならば。話半分に聞きながら、盃を重ねる。

と、哲希のスマホが鳴り出した。


「花菜ちゃんだ!」


嬉しそうに電話に出た哲希がデレデレとしばらく話した後、明らかにぶすっとした顔をしてスマホを渡してきた。


「お前にかわれって」


『彰にい? あのね、明日は店、休みよね? 彰にいはあいてる?』


受話器の向こうからぽんぽんと弾けるような元気な声が飛び出してくる。


『仕事で知り合った人と食事してたんだけどね、地元に新しく開店した素敵な本屋があるよって話をしたら、行ってみたいって言ってるの。だけど、明後日はもう次の仕事で移動らしくて、明日しかいないの。店を開けて見せてあげられないかな?』

「雑誌関係の人? 取材ではないんだよな?」

『うん、違う。意気投合した素敵な人』

「中を見せるだけでいいならかまわないけど、お前も来るんだよな?」

『もちろん』


『明日』『お前も来る』のキーワードに哲希が反応して、『オレもオレも!』と自分を指さしてアピールしてくる。


「哲希も来たいみたいだけど?」

『わーい。嬉しい。そのままデートできるかな』

「お好きにどうぞ」


自由奔放なのは花菜のいいところだ。その花菜と意気投合したってことは、結構な自由人なのかな? あんまりいい男だと哲希がうるさそうだ。

まぁ、今の感じだと、哲希の一人相撲ではなさそうだけど。それは二人でなんとかしていくだろう。


二人の幸せを願う気持ち半分、見つかりそうもない初恋相手への思いを断ち切れない自分への侘しさ半分で、ちびりちびりと盃を重ねてしまう。


いつか僕にも、こんな相手が現れるんだろうか。それとも、彼女にまた、巡り会えたりするんだろうか。


ご機嫌で飲む哲希の隣で、僕はこっそりため息をついた。

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