はらぺこべあー
井田いづ
第1話
そのぬいぐるみを初めてみた瞬間、私はこれが欲しいと両親に熱心に頼み込んだ。
おもちゃ屋さんの窓辺にいた「はらぺこべあー」のぬいぐるみは、悪夢が好きな食いしん坊とのことで、父は「そりゃバクだろう、クマじゃなくて」なんて言っていた。母は「もっと可愛いものがあるんじゃない?」なんて言っていた。
それでも、翌月の誕生日になると、可愛くラッピングされた状態でくまは我が家にやって来た。
*
ある晩、夢の中にくまが現れた。くまはダイニング・テーブルに座っている。私は何故かテーブルの上に座っていて、甘い砂糖菓子になっていた。
くまはぐぅうとお腹を鳴らして
「はらぺこ」
と一言。私はなんとなく指先を食べさせた。不思議と痛みはなくて、むしろ何も感じないくらいだった。怖い気持ちも一緒に食べられたような気分。
「はらぺこ」
くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。
*
その次の晩にもくまは現れた。
私は今度は怪我をした腕を食べてもらうことにした。体育の時間にぶつけてしまって痛いから。
「はらぺこ」
くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。
*
くまは毎日夢にいる。このところ夢は必ずくまの夢だ。
食べて貰った左腕は何も感じなくなったので、今度はものもらいの右目を食べさせた。
夢の中の話だ、痛みはなくて、ころころと飴玉のように転がして、くまはそれを堪能していた。
「はらぺこ」
くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。
*
右目は不調ごとなくなった。
毎日、私は具合の悪いところをくまに食べさせる。
肩。腕。胸。胴。指。脚。
食べられるたびに痛みも何も感じなくなって行くけれど、不思議と怖さは感じられなかった。
「はらぺこ」
くまは生首だけになった私を見上げた。
「はらぺこ」
くまは大きく口を開けて、私の頭を飲み込んでしまった。
「はらぺこ」
くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。
はらぺこべあー 井田いづ @Idacksoy
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