はらぺこべあー

井田いづ

第1話

 そのぬいぐるみを初めてみた瞬間、私はこれが欲しいと両親に熱心に頼み込んだ。

 おもちゃ屋さんの窓辺にいた「はらぺこべあー」のぬいぐるみは、悪夢が好きな食いしん坊とのことで、父は「そりゃバクだろう、クマじゃなくて」なんて言っていた。母は「もっと可愛いものがあるんじゃない?」なんて言っていた。

 それでも、翌月の誕生日になると、可愛くラッピングされた状態でくまは我が家にやって来た。



 ある晩、夢の中にくまが現れた。くまはダイニング・テーブルに座っている。私は何故かテーブルの上に座っていて、甘い砂糖菓子になっていた。

 くまはぐぅうとお腹を鳴らして

「はらぺこ」

と一言。私はなんとなく指先を食べさせた。不思議と痛みはなくて、むしろ何も感じないくらいだった。怖い気持ちも一緒に食べられたような気分。

「はらぺこ」

 くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。



 その次の晩にもくまは現れた。

 私は今度は怪我をした腕を食べてもらうことにした。体育の時間にぶつけてしまって痛いから。

「はらぺこ」

 くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。



 くまは毎日夢にいる。このところ夢は必ずくまの夢だ。

 食べて貰った左腕は何も感じなくなったので、今度はものもらいの右目を食べさせた。

 夢の中の話だ、痛みはなくて、ころころと飴玉のように転がして、くまはそれを堪能していた。

「はらぺこ」

 くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。



 右目は不調ごとなくなった。

 毎日、私は具合の悪いところをくまに食べさせる。

 肩。腕。胸。胴。指。脚。

 食べられるたびに痛みも何も感じなくなって行くけれど、不思議と怖さは感じられなかった。

「はらぺこ」

くまは生首だけになった私を見上げた。

「はらぺこ」

くまは大きく口を開けて、私の頭を飲み込んでしまった。

「はらぺこ」

 くまは美味しそうに食べたけど、足りなかったみたい。

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はらぺこべあー 井田いづ @Idacksoy

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