第八文「ナシったら、ナシなんです」

「ナシだよ、ナシ。ナンパと一目ぼれはありえないね」


弁当のおかずであるタマゴヤキを飲み下すと、そう言い切った。


「出会いの一つのきっかけだって思えばいいじゃん!そんなだからアンタ未だにまったく男っ気ないのよー!」


向かいに座る同僚、サキコが、箸先を向けつつ呆れたような口調で言い放つ。


「で、いいオトコだった??ナンパしてくるようなヤツって、ある程度自分に自信持ってるってことじゃん?ルックスは並以上と見た。」


身を乗り出し、興奮気味に詰め寄る。まるで自分ごとのように嬉しそうである。


「顔覚えてないやー。興味なかったしウザかったしー」


「ちょっとー!」


椅子に掛けなおす。心なしか残念そうだ。


「アンタがNOでも、アタシがイケるかもしんないじゃん?」


ああ、そういうことか。


「じゃあさ、今度一緒にお店行ってみる?譲るよ」


いや、私の所有物でもないんだが。


「行く行く!や、ていうかさ、アンタマジ連絡しないの?」


「こっちの電話バレるじゃん。掛けて登録されたら嫌だ。かと言って、わざわざ公衆電話から掛けるのも、めんどくさいし・・・お金掛かるじゃん」


「あたりまえでしょーが。いいオトコ捕まえたいなら、ソレくらいのリスク負いなさいよ」


「えー」


その当たり前、が嫌なんだっつーの。ましてやリスクなんか背負いたくもない。


「だって相手もそれなりにリスク覚悟な訳でしょ?名前も書いてるし」


ああ。


携帯番号らしき数字の下に、確かに名前はあった。


制服のポケットからぐっしゃにした紙切れを取り出して広げると、改めて確認してみる。


その様子を見てサキコが「もー!なんでちゃんと折りたたんであげないの!」とブーブー文句を言っていたが、軽く流しておいた。要らないものだから、と言ったところで、怒りが増すだけだろうし。


「そうだね。個人情報だよね。返した方がいいよね。よし、今度の休みにカフェ行って来よう」


「なんでその発想なのよー・・・まぁ、いいわ。アタシが見極めてあげるから、それからにしなさいよ」


腕組みして、やる気満々といった感じで笑顔を見せた。


「まぁ・・・任せるわ」


そのあとはいつもの世間話の類をしながら、もくもくとランチを食べ進めた。





予想通りというべきか。




―面倒なことが増えたような気がする・・・




心の中で深く溜息をついた。


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