第三文「きっかけ」
試験休みに入って最初のバイトの日、店長さんからしばらくの間だけ、土日の昼の数時間だけヘルプで入ってほしいと頼まれた。もちろん、その分平日に代休がもらえるという条件で。
特に予定も無かったし、夏休みの間に稼げるだけ稼いでおけるチャンスだとも思ったので、僕は快く引き受けた。
店には何人か常連のお客さんがいた。だいたいの人は、決まった時間、同じ席に必ず腰掛けて、同じものを注文したりするので、覚えやすい。
彼女もそんな常連客の一人だった。
まったく同じ席に、とまではいかないまでも、お気に入りのスペースがあり、空いていれば迷わずそこを選んで腰掛けていた。そして、季節ごと月替わりの新商品が出ると、先ずそれをオーダーしてくれる。
女性客特に若い人にはよくある傾向なので、最初のうちは気に留めていなかったのだけれど・・・ある日を堺に、僕の中でとても気になる存在になってしまったのだった。
有難うございましたの掛け声を合図に、僕はいつものようにカウンターからたった今お客様の退席したテーブルを片付けに向かった。そこは丁度、彼女が座る席から真向かいに位置していたのだ。
グラスや皿を脇によけながらテーブルを拭きつつ、何気なく視線を前に移動させて上げる。
彼女はいつものように、書店でカバーを付けてもらったらしい文庫本を読んでいた。
-わざわざ買ってくれているんだなぁ。本が好きなんだなぁ。
僕がそう感心するのには理由がある。
駅前のビルの二階部分をワンフロアとして営業している複合型書店、その一角に、僕の働いているカフェがある。
明確な間仕切りは無くオープンになっている為、書店側からはカフェが丸見えになっているし、こちらからも、フロアのほぼ全体を見渡すことが出来る。
その利点を生かしてか、はたまた最初からそういうシステムを試験的に運営する意図があったのか、カフェに書店の本を持ち込むことが出来るのだ。
カフェで何かしらオーダーをすることで、会計を済ませていない本を試し読みできるのだ。あえて購入して持ち込まなくていい。
読み終えた本は、気に入ればレジに持って行って購入してもいいし、買わない場合は、専用の返却ラックに戻せば、書店側がまとめて棚に戻してくれるというシステムになっている。
だから、わざわざ購入してカフェに持ち込んで読むということは、よほど本が好きで、家に持ち帰るまで待ちきれないという人たちなのだ。
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